終末クラブ
「終末クラブ?」
「そうなの。面白かったよ。足立先輩もぜひ参加したらいいと思うよ」
大学で後輩のサークル仲間からそんな誘いを受けた足立は、その場では曖昧な態度を取ったものの、そのクラブの名前が頭に残ったままだった。
終末クラブとは、シェルターに入り、疑似終末体験を行うというそんなコンセプトのクラブだった。
おかしなことをするものだと思った。
しかし、後輩が言うには非日常の世界を体験することによって、身の回りの些細なことに感謝して生きていけるようになったというのだった。
ちょうどそこまでお金もかからないし、あの後輩の言うことだ。
物は試しに彼はそのツアーに申し込んだ。
待ち合わせ場所はある駅ビルの前だった。
その場には他に初老の男と若い暗めな雰囲気の男の二人がいた。
どうやら彼らも同じツアーに参加するらしい。
しばらく待っていると、送迎車がやってきた。それに乗り、その送迎車は街を離れ、緑豊かな山間部へと向かった。やがて着いた。案内人が言う。
「ようこそ! 終末シェルターへ!」
そこにあったのは小綺麗に手入れされた芝生の丘にちょこんと乗っかる正方形の建物だった。その前面に無機質な扉が備え付けられてあった。
どうやらここがシェルターの出入り口らしい。
「これが例の・・」初老の男が唸る。
「ずいぶん小さな入り口だけど、俺たち三人が入って窮屈じゃないでしょうね?」
足立は聞いた。
「シェルターの大部分は地下に作ってあります。広さを実感するには実際に中に入ってみていただいた方が分かりやすいと思いますよ」
案内人は扉を開けて、地下への階段を降り始めた。建物の地上階には何もない。地下への階段が伸びるだけだ。蛍光灯がパチパチと弾けて地下への階段を照らしていた。
非常にこれは重々しい雰囲気のある空間だった。
まず、足立が案内人の後に続き、後ろには初老の男と青年が続いた。ゆっくりと歩を進める。
すぐに階段は終わり地下についた。
地下は確かに広かった。部屋の真ん中にはテーブルと4脚のソファが置かれている。壁際にはテレビもある。
「ここはリビングです。4人が寛ぐことができます。テレビには我々終末クラブの制作した架空のニュース番組が終末体験中、途切れることなく再生されます。その内容から地上では何が起きているかが分かります」
案内人は試しにテレビをつけた。
映ったのはニュース番組のようだ。男性のアナウンサーがニュースを読み上げている。
「・・大統領暗殺事件から始まった、アメリカの政党間の抗争は現在も終わることなく続いています。内戦とも呼べる状態に各国は軍を派遣し、早期の鎮静化を計っていますが、終結の兆しはいまだ見えていません」
「確かにあと一歩で世界大戦って感じじゃないか」と、足立。
「この番組を作るのにどれだけの費用が掛かったのか、感嘆に値しますな」
初老の男は興味深げにしげしげとテレビを眺めるのだった。
案内人は初老の男を気にせずにテレビを消すと、残りの部屋を案内し始めた。
他の部屋は寝室が四つ、トイレ、シャワー室、食糧や水の入ったペットボトルの積まれた倉庫といった具合だった。
「外の情報を遮断するために、皆さんの携帯電話は預かることになっています。ご理解いただけますか?」
スマホを持っていたのは足立一人だった。
それを案内人に手渡すと、案内人は代わりに参加者それぞれにスマホを手渡した。何の特徴もない白いスマホだった。
「これは?」
「使用する機能を制限した弊社特製のスマホです。これでSNSのタイムラインを再現したものが見られます。通話はできませんが、他のシェルターで終末クラブに参加中の参加者と、SNSを通してやりとりができます」
スマホをつけて、SNSのアプリを立ち上げると、タイムラインが表示された。どうやらこれも終末を再現するための一環らしい。タイムラインにはアメリカ内戦を心配する人々の呟きが流れていた。
「これで案内は終わりです。これから皆さんにはここで一日の終末体験をしてもらいます。もし何か急用があった場合、備え付けの電話で連絡します。明日の9時に車で迎えにきますので、どうぞそれまでごゆっくりしていってください」
案内人はそう言い残しシェルターを出ていった。
「とりあえず自己紹介でもしましょうか」
初老の男が言った。
「私は村瀬と言います。しがないサラリーマンです。一度こういう面白いツアーに参加してみたかったんです。何せ、毎日が一人で話し相手もいませんから」
次に足立が自己紹介をする。
「足立です。大学生をやってます。知り合いからこのクラブのことを聞いて、日頃の鬱憤が消えると聞いて参加しました。どんな効用があるのかまだ分かりませんが、前向きに人生を捉えることができるようになるとか何とか」
最後に青年が、
「礫寺です。高校生です」
とだけ言い、黙り込んだ。
「自己紹介も済んだことだし、用意されたテレビでも見て終末を楽しみましょうや」
「そうですな。どうやって世界が滅ぶのか実に楽しみです」
三人は椅子に腰掛けて、テレビを見始めた。
しばらくはアメリカ内戦のニュースが伝えられていたが、6時になって様相が一変した。
「始まったぞ!」
緊急速報が番組に入り込んで、アナウンサーが緊迫した面持ちで原稿を読み始める。
「アメリカのニューヨークで大規模な爆発があった模様です。核爆発の可能性があり、・・あ、今政府から日本国内に向けてのミサイル発射の情報がありました! ご覧の画面はJアラート全国瞬時警報システムで政府が・・」
それからのニュースは凄まじい情報の洪水だった。
延々と画面に映されるニューヨークの赤黒いキノコ雲を背景に、キャスターが次々と世界の都市に核爆弾が投下される情報を読み上げる。
そして、絶叫に近い声を残して音声は突然途切れ画面は真っ黒になった。
足立たちはその放送を倉庫にあったビールと非常食を食べながら見守った。
「どうやら放送局のある東京も攻撃を受けて壊滅したようですな」
「そのようですね。もう少し情報を見てみたかったのですが、東京なんて真っ先に攻撃の対象になりますから、やむおえないですね」
不意に今まで黙っていた礫寺が不満そうに呟いた。
「これで終わり?」
「でしょうね。あっけない終末です」
「緊急放送から30分も経っていない。もう少し見たかった」
そんな願いが叶ったのか、再びテレビがついた。
「東京の放送局が被害を受け放送が不可能となったため、臨時にA県の報道フロアから情報をお伝えします。現在、世界各国の都市に核ミサイルが着弾しています。国民の皆さんは、屋内、あるいは地下に避難を・・」
「よかったじゃないか。まだまだ楽しめそうだぞ」
「礫寺さんはなぜこのツアーに参加したんです? やっぱり破滅願望でも持っておられたのですかな?」
礫寺はポツリポツリと自身の境遇について話し始めた。
どうやら、高校生らしく学校ではいじめに遭い、家ではネグレクトの状態にあるらしい。
「何もかも壊れちゃえばいいんだ。そう思ってこのツアーに参加したんです」
「ふーむ、私たちには知り合いに弁護士もいるわけじゃないので、なんともできませんなあ。それはそれは辛かったでしょうに」
「せいぜい楽しみましょうや。じゃなきゃ金を払った意味がないというものです。全部忘れて楽しみましょう」
三人は終末のニュースを見ながら、大いに語らった。
やがて、夜の9時を回った頃にニュースは途切れた。どうやらこれで本当のおしまいらしい。
「そろそろ寝ろということですかな。いやあ、いい非日常を味わいました」
「ベッドの中でスマホのタイムラインでも見ながら眠りましょうか」
「少しは気が晴れました。明日が来るのは憂鬱だけど、仕方がないです」
三人はそれぞれの個室に入り、朝が来るまで眠りについた。
終末クラブの本社は東京都内にあった。
そのルームの中では、全国にある終末クラブ所有のシェルターの内部を映した監視カメラの映像がいくつもの画面に映し出されていた。
監視員はコーヒーを飲みながら監視を行っていた。
「前から思っていたが、こうも繁盛するとは思いもしなかったな」
「ああ。それだけ現代の人は病んでいるということじゃないのかな」
その時、彼らのスマホからけたたましい警報音が鳴り始めた。
「なんだろう」
監視員がスマホを見ると、そこには国民の保護に関する情報と題されたメールが。
内容は、核ミサイルの発射に関するものだった。
「おいおい、冗談だろ?」
監視員はすぐにシェルター内の人に向けての電話を手に取りかけようとした。
不意に外から物凄い閃光が差し込んできた。
そして轟音。監視員は壁に影だけを残し蒸発してしまった。
この日、核ミサイルの誤射による自動報復攻撃の連鎖により、地上は全て焼き払われてしまったのである。
翌日、シェルターの中の三人は気持ちの良い目覚めを迎えた。
広間に集まり、朝食の準備をする。
「昨日は小さな地震が多かったようですな」
「ええ。で も緊急連絡も入ってきてないようですし、おそらく大した被害はないでしょう」
「いつもの日常が始まりますね」
「ああ、その通り」
世界の終末を疑似体験して、足立はいかに自分が恵まれているか知った。これからは日々に感謝して生きようと思うのだった。