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流星雨

 男はとある小さな山の道ばたにある、これまた小さな原っぱに腰を下ろして、夜空に目を向けていた。眼下には街明かりが、夜空には星が静かに輝いていた。


「お兄さんも獅子座流星群を見に来たんですか?」


 声を不意にかけられ、青年は振り返った。

 道路のガードレール脇に一人の少女が立ってこちらを見下ろしている。


「ああそうだが。君も観察しに来たのか?」


「はい、そうなんです。でも珍しいですね。先客がいるなんて」


「その口ぶりじゃ何回もここに来て、星空でも見てるって感じだな」


「星を見るのが趣味なんです。最近じゃあまり見る人も少なくなりましたが」


「そもそも見られる星が少なくなっている。仕方のないことだろうね」


「一人で流星群見るのもアレなんで、横いいですか?」


 少女は斜面を降りてきて、尋ねた。


「ああ構わないよ」


 珍しいこともあるものだと、男は思った。

 こんな夜に見ず知らずの人間にこんなに親しく。人間の感情というのはやはりよく分からない。

 少し間をとって少女は原っぱに腰を下ろした。


「今日はものすごい流星雨になるよ」


 男は言った。

 少女は不思議そうに首を傾げた。


「へえ、なんで分かるんですか?」


「勘だ」


「勘で分かるんですか?」


「そんな予感がするんだ」


 実際は予感ではなかった。

 しかし、彼は理由を明かすことはしなかった。この地球上の人類に対する宣戦布告がまさに今日、流星群の夜に行われるとはとても口が裂けても伝えられまい。


 彼は宇宙人だった。

 有名なフェルミのパラドックスというものがある。そのパラドックスによれば宇宙人が地球に訪れていなければおかしいらしい。

 

 そう、すでに宇宙人は地球に訪れていたのだ。

 彼は某惑星系の出身の知的生命体に雇われている潜入スパイのようなものだった。


 彼ら宇宙人は前々からこの地球を手に入れようと画策してきた。

 人間は邪魔だが、なるべく環境は荒らさずに手に入れたい。そこで、彼らはウイルスを使うことを考えた。


 致死性のウイルスだ。かかれば数日でお陀仏の代物だ。それを怪しまれないように上空からばらまく。流星の核は本来宇宙にあるチリや砂つぶであるが、この計画では核となるのはカプセルに詰め込まれたウイルスだった。


 ウイルスは大気圏に突入すると、風に乗り地球上のあらゆる場所に運搬される。


 カモフラージュのため、今日この日獅子座流星群と時期を合わせた。

 これで、大流星群にはなるものの、地球人にはその意図は分からずじまいだろう。


「予感だなんて不思議な人ですね」


 男は少女の相槌で我に帰った。

 少女は夜空を眺めたまま言葉を続けた。


「実は、母親が病気になってるんです。明日手術で。それで流星に母親の無事を祈ろうと思ったんですけど、たくさん降るならたくさんチャンスがありますね」


 そうだったのか。

 男は少女が不用意に声をかけてきたのは、不安で誰かと会話したかったのではないかと予想した。


 酷な話だった。

 手術どころの話ではない。しかし、仕方のないことだ。


 我々宇宙人側にとっては小さな小さな出来事の一つにしか過ぎない。罪悪感など持ってはいけないのだ。


「あ、流れた! 今流れましたよ!」


 少女が声を上げる。

 夜空に一つ、二つと光の筋が流れ始めた。


 そしてそれはすぐに数を増し大豪雨のように天球を覆い始めた。

 夜空のどこを見ても光の筋が流れ落ちていく。時折、月よりも明るい大きな火球が横切る。まさに、大流星群だった。


 男は思った。

 これで地球人はおしまいだ。


 横を見ると、少女は見せられたように瞳を輝かせていた。

 

 その時、男の脳内にテレパシーが送られてきた。

 地球上空で待機する母船からのものだ。


<計画は成功しましたね>


<いや、計画は中止だ>


 男は面食らった。


<どういうことですか? 中止とはいったい?>


<惑星連合が地球の生態系の保護を申請してきた。ついさっき、法律で、保護区に指定されたから地球人殲滅計画は中止となった>


<しかし、流星群がすごいことになってます>


<我々のものではない。おそらく自然現象由来のものと思われる。君の任務は終わりだ。速やかに戻ってくるように>


 それだけ言い残して、テレパシーは途切れた。

 なるほど。自然現象か。


 男は過去にも似たような大流星群が起きていることを知っていた。

 世紀の出現と言われているものが、今日偶然に起きたのだ。


 少女を見る。手を握り合わせて、目を閉じている。これだけ降れば、星に祈りを届けることなど容易いだろう。


「母親が元気になるといいね」


 男は言った。


「きっと大丈夫だと思いますよ。こんな奇跡が起きたんですから。それにしても、よく分かりましたね、すごいです」


 少女は隣にいる男に目を向けた。

 しかし、そこには誰もいなかった。


 不思議そうに周りを見渡すも、男の姿はもうどこにもなかった。

 


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