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古生物召喚少女


 海野芽吹がその力に気づいたのは、ある日の深夜。遅めの風呂に入っている時だった。

 風呂の蓋にスマホを立てかけて、推しの古生物紹介系のV tuberの配信を見ていると、体の脇を何かが通り抜ける感覚があった。


 ゴキブリでも泳いでいるのか?

 怖くなって、その主を探していると手の先に人差し指ほどの大きさの何かがいることに気づいた。


 よく見るとその生き物は、モンハナシャコのように緑色をしており、頭からは真っ赤なノズルのようなものが生えている。そして、同じく真紅の目らしきものが5個ついているのが見えた。体の脇からはたくさんのヒレが波打っている。


 これは昔NHKの番組で見たことのある生き物だった。

 しかし、その生き物はもうカンブリア紀に絶滅したはずだった。信じられなかった。この生き物はオパビニアではないか。


 とっさに手で掬い取って、手のひらの中で泳ぐ様を見ていた。

 私はどうしたのだろう? 幻覚でも見るようになってしまったのか。


 ちょうどV tuberはオパビニアの説明をしていた。続いて、ハルキゲニアの説明にうつる。チューブ状の体に7対の棘と細いたくさんの足を持つ有爪動物というグループに分類される古生物だ。


 すると、芽吹の手のひらから光が湧き出した。

 やがて光が消えると、そこにはハルキゲニアの姿があったのである。ハルキゲニアはあっという間にオパビニアのノズルの先にあるハサミで捕らえられて食べられてしまった。


 彼女はイメージしただけで、古生物を生み出すことができるようになってしまったのだ。



 これは自分だけが見ている幻ではないのか。

 彼女は口が固くて信頼できるだろう人物に相談することにした。同じ生物部の友人である西谷譲という男子だった。


 生物部には今のところ芽吹を含め2人しかいない。他にたくさん人がいるところで相談するのは気が引けたのでちょうどよかった。


 彼も古生物オタクなところがあり、部活動の最中は新しい古生物の発見やらの情報で盛り上がる仲だ。そんな彼も目の前で起きていることが信じられなかった。


 プラスチック製のたらいの中に入れた水に芽吹が手を入れると、手のうちが光り、古代の生き物が生み出されていった。

 最初にオレネルスという三葉虫の一種、そして次に少し前にミームとして定着したオルドビス紀の古代魚サカバンバスピス、最後にシルル紀のウミサソリ。大きさはどれも両の手のひらに収まるほどの大きさだったが、本物としか思えないほど精巧な姿をしていた。


「一体どうなってるんだ、これは」


「私にも分からないんだよね。つい先日気づいたばかりで・・」


「このこと他の人にも伝えたりした?」


「ううん。風呂に現れたオパビニアも15分くらいしたらいなくなってたし、私自分の目がおかしくなったんだとばかり思ってた」


 芽吹のいうとおり、たらいに生み出された古生物たちは15分ほどで溶けて消えてしまった。


「一体どういう原理なのかさっぱり分からない。無から生命が生まれるなんてそんなのありえない・・」


「でもこうやって現に何かは生み出されてるわけじゃない」


「2人して幻を見てるんじゃ? ううむ、そうに違いない」


 芽吹はこの突然開花した能力に戸惑った。

 どうしたものか考えていると、西谷がそういえばと、尋ねた。


「この前、海野は船の沈没事故に巻き込まれたって聞いたけど、それが何か原因してるんじゃないか?」


「ああ、あれ!」


 一ヶ月前、芽吹は旅行で四国から瀬戸内海の島嶼部に向かう連絡船に乗っていた。その船が沈没したのだ。幸い、犠牲者は出なかったが、芽吹はそのとき溺れてしまい、気づいたら近くの浜に漂着していたのだった。

 彼女に溺れた後の記憶は存在しない。


「でも何があったっていうのよ」


「そうだよなあ。さっぱり思いつかない」


「これから私どうしたらいいんだろう。やっぱり誰か偉い人に調べてもらったほうがいいのかな?」


「とりあえず親には話したほうがいいかもしれないな」



 芽吹は家に帰ると両親に自分の能力を実演してみせた。

 たらいに現れた三葉虫に両親は最初目を丸くして驚いていた。


「こんなの見たこともない」と、父。


「いつからこんなことができるようになったの?」と、母。


 その表情には驚きとともに恐怖の色もあった。

 説明すると両親は考え込んだ。


「大学の研究者にでも見てもらおうか?」


「そのことなんだけど、やっぱり公にしたら騒ぎになるかな?」


「そりゃなるだろう。もし何か新発見なりあったりした頃にはもう取材の人も仰山くるだろうなあ」


 芽吹は船の沈没後に押し寄せてきたマスコミの人たちのことを思い出して、ゲンナリした。好奇の視線にも晒された。だから、彼女は決心した。


「考えたんだけどこの能力はしばらく秘密にしたほうがいいと思うの。前みたいになったら面倒だから」


「そうか。まあ芽吹がそういうんならそうしようか」


「何か体におかしなことが起こったら教えてね」


「うん。分かった」



 それからの日々、芽吹は持っていた古生物図鑑をめくって、姿を見てみたい古生物を誕生させるのを楽しむのが日課になった。

 生物部の部室には顧問の先生も来るから、もっぱら生み出すのは彼女の家で、だ。


 西谷もその「錬命術」に参加していた。

 古生物好きとして生きて動いている古生物を見ないという選択はなかったのである。


 2人の実験の結果、分かってきたことがあった。

 まず第一に、生み出せる古生物の大きさには限りがあった。容器の水に浸かる範囲内で大きさが決まっていた。たらいや水槽ではせいぜい手のひらサイズの古生物しか生み出せないのである。


 そして、第二の法則として大きな生き物ほど消えるまでの時間が長いということが分かった。


一度浴槽でエーギロカシスという大型のアノマロカリスの仲間を出現させようとしたことがあった。2mのサイズだと聞いていたが、浴槽にぴったりハマるくらいの大きさのエーギロカシスが誕生した。


 ところがなかなか消えず、親に叱られる羽目になった。結局姿が消えたのは深夜になってからだった。


 芽吹と西谷は最初自分たちだけでその創造を楽しんでいたが、やがてどちらともなくこの奇跡をたくさんの人に見て欲しいと思うようになった。


「YouTubeでチャンネルを開いて公開してみようよ」


 ある日、芽吹はそう言って相談してみた。


「大丈夫か? 大騒ぎにならない?」


「大丈夫でしょ。これはCGですって前置きしとけば誰も本物だとは疑わないって」


「それもそうだな。じゃあ、アカウント名は何にする?」


「有名な本からとってロスト・ワールドとかどう?」


「著作権でアカウント消されそう」


「じゃあ、古世界の使者は?」


「とりあえずそれでいいんじゃないか」


 2人は早速アカウントを開設して投稿する動画を撮影にかかった。

 やはり一番目は有名でインパクトのある古生物がいい。ということで、再びオパビニアの登場となった。


 水槽の中で蠢くその姿をスマホで撮影して、投稿。

 

「さて、どれくらいの再生数になるかな?」


 芽吹はワクワクしながらその日を終えた。

 


 就寝中、芽吹は不思議な夢を見た。

 自分は海の中にいる。上の方から青白い月の光が差し込み、海底の方はどこまでも続く暗闇だった。


(何で海にいるんだろう?)


 そんなことを漠然と思いながら波間を漂っているとどこからか声がしてきた。


「帰らなきゃ・・」


 芽吹は不思議に思い尋ねた。


「誰? どこへ帰るの?」


 すると声は一言。


「故郷へ」


 そうして目が覚めた。

 普段ならよくある夢の一つとして片付けることができた。しかし今、芽吹が手にした不思議な能力のことを考えると、何らかの意味があるのではないかと彼女は思案せざるには負えなかった。



 YouTubeのチャンネルはその本物のような古生物の姿に、誰もが驚いているようであった。しかし、いまいち爆発的拡散がなされているようではないようだった。


「みんな生成AIだと疑ってるみたい」


 コメントからしてその手の人たちが多いのは明白だった。


「誰も本物だとは信じていないな。ま、逆に都合がいいじゃないか。大騒ぎになることなく、この驚きを共有することができるんだから」


 西谷は愉快そうに笑った。

 2人はそれからも怪しまれない程度の頻度で動画を投稿していった。西谷の言っていた通り、センセーショナルな事態にはならなかった。


 芽吹はしばらくは小さな古生物を生み出すのを楽しんでいたが、やがて一度は大きな古生物を召喚してみたい欲が出てきた。


 そこで芽吹は西谷に相談し、2人は夜、家からすぐ近くにある砂浜にやってきた。

 夏になると海水浴客で賑わう場所だが、冬の今は誰の姿もなかった。


 住宅街との間には松林があり、国道を通る車や人の目からも隠される。人目につきたくない実験にはぴったりの場所だ。


 さっそく芽吹と西谷はなんの古生物を召喚するか話し合った。


「モササウルスを出してみない?」と、芽吹。「この間映画で見て、実際にはどんな姿をしていたか知りたくなっちゃった」


 西谷は首を横にふった。


「却下」


「えー、なんでよ?」


「危なすぎる。一つ間違えたら俺たちが喰われる可能性があるだろ」


「じゃあダンクレオステウスや、リオプレウロドンとかもダメ?」


「危ない古生物は出さない方がいい。というかこの浅い場所でそんなでかいの召喚させたら座礁するんじゃないか?」


「大きな生き物を召喚するのってなかなか制約があって難しいね」


 芽吹は考えた。大きくて、インパクトがあって、安全で、座礁しない古生物・・。

 そして閃いた。


 海水に両手を突っ込み、その古生物をイメージした。手のひらが明るく輝き、その光が波打ち際に広がり、その光は一つの大きなシルエットを形作った。

 そして、海水が持ち上がり、こんもりとした山のようなものが現れた。


 西谷は何が現れるのか固唾を飲んで見守った。

 山の向こうから細長い首と小さな頭部がそそり立つ。月明かりを背景にその頭がこっちを向いた。


「フタバスズキリュウだよ」



 2人はフタバスズキリュウの背中に乗って浅いところを泳いだ。


 ひとしきり楽しんだ後、砂浜に降り立つとフタバスズキリュウは体を反転させて沖の方へと泳いでいき、月明かりに煌く海へ去っていった。


「夢のようだ。首長竜の背中に乗って泳ぐなんて、漫画でしか見たことない」


「その割に西谷めっちゃビビってたじゃん。私の背中にしがみ付いてたのはどこの誰だったかな?」


「仕方ないだろ! この寒い中海に落ちるなんてまっぴらごめんだったからな」


 そこでふと西谷は疑問を呈した。


「海野は怖くなかったのか? ほら・・、前に沈没事故に巻き込まれたって言ってたじゃん。そういうトラウマとかないようだったけど」


「そういえばそうだね。なんでだろ」


「やっぱりあの事故に何か秘密が隠されているんじゃ・・」


「秘密って何よ」


「分からない。例えば海に住んでいる未知の存在と接触して、力を授かったとか」


「未知の存在かあ。・・そういえば不思議なことが一つあるんだよね」


「何?」


「私が救助された時、服を何も身につけてなかったんだって」


「服を? つまり裸ってことか?」


「そう。病院の先生が言うにはもしかしたら低体温症のときに起きる矛盾脱衣なんじゃないかって」


 西谷はその言葉を聞くと考え込んだ様子で口を閉ざした。


「あ、もしかして変なこと考えた?」


 芽吹がからかうと西谷は動揺したようにかぶりを振った。


「そんなんじゃない・・。ただちょっと嫌な想像をしてしまった」


「嫌な想像?」


「多分俺の杞憂だろう。気にしないでくれ」


 そうして2人は家路についた。



 芽吹の日常はいつも通りだった。

 高校に行き、家では西谷と古生物を召喚して、YouTubeに公開する生活。


 そんな日が続いていた、ある休日の午後。芽吹が部屋でくつろいで本を読んでいると、下から階段を登ってくる足音が聞こえ、難しい顔をした母親が入ってきた。


「芽吹、さっき警察から連絡があって・・」


 母親の声は低く、わずかに震えていた。

 

「海岸で芽吹の服を着た誰かの遺体が見つかったって・・」


「え?」


 芽吹は本を閉じ、思わず身を起こした。


「母さんもよく分からないのだけれど、芽吹、助かった時に服を着てなかったじゃない。その時に着ていたのと同じ服装の人の遺体が見つかったらしくて」


 全く想像もしていなかった事態に、芽吹は困惑した。

 

「それ誰なの?」


「警察の言うところじゃあ遺体の損傷が激しいから誰なのかは分からないから、とりあえずお母さんとお父さんに来てもらって、確認して欲しいって・・。だから今からお母さんとお父さんは警察に行くから、芽吹は1人で留守番しててね」


 1人家に残された芽吹はベッドに寝転んだ。

 私の服を着た何者かの死体・・。一体誰なんだろう。


 その時、声が聞こえてきた。


「帰らなきゃ・・」


 それは今までに何度か夢の中で聞いた、あの泡のような声だった。

 どこからしているのか。芽吹は飛び起きると周りを見回した。


 どこにも誰もいない。じゃあこれは幻聴なのか?

 いや、これは違う。どこからこの声はしているのか・・。それは芽吹の中からしているのだった。


「もう帰る時間がきたんだよ」


 私の中にもう1人いる。

 芽吹はゾッとした。


「幽霊?」


「そう・・、私たちは海の幻。そして、あなたもその1人・・」


 自分の中の声から聞かされたのは信じられないことだった。

 

芽吹は全てを知った。

 この能力は何なのか、自分が一体何者なのか、そしてこれからどうなるのかも。


 

 芽吹はフタバスズキリュウを召喚したあの砂浜にたたずんでいた。海の向こうに赤い夕日が落ちていく。


「芽吹!」


 背後から声がした。

 彼女が振り向くと、松林の方から西谷がやってくるのが見えた。


 西谷は彼女の近くに駆け寄ると大きく肩で息をした。


「親が心配してたぞ。家にいないしスマホも置いたままだったし・・」


「西谷、私もう帰らないといけないみたい」


「帰る? 何を言ってるんだ?」


 芽吹は後ろ手に組んでいた腕を西谷に見せた。


「あ!」


 その両腕は消えてしまいそうに透けていた。


「まさか・・」


「あの嫌な想像ってこのことだったんだね」


「・・ああ。あの日、芽吹から話を聞いて考えたんだ。今、目の前にいる芽吹もまた古生物たちと同じように復元された存在なんじゃないかって・・。じゃあやっぱり見つかった芽吹の服を着た遺体ってのは、あれが本物の・・」


「そうみたい。もう私って死んでたんだね」


 芽吹の口から囁かれた言葉に、西谷は目を見開きその瞳に悲壮な色を浮かべた。


「帰らないといけないってことは、つまり自分が何者で、あの能力が何なのかもう知ってるんだよな。教えてくれ、一体あの力はなんなんだ?」


「そうね。あれはとてもとても大昔から海に住んでいたある生命体が持ってた力。その存在は生き物のDNAを記憶し、その姿を再現することができたの。それ自体は偶然の産物なんだけど、私と言う人間が復元されて、その偶然の力を思考することによって自由に使うことができたわけ」


「そうだったのか・・」


「私が消えて寂しい?」


「寂しいに決まってるだろ! 事故で亡くなってたなんて今更受け入れられるかよ」


 西谷の目から涙がこぼれた。


「両親には手紙を残しておいた。机の上にあるから伝えてくれない? 顔を合わせると別れる決心がつかなくなるから」


 芽吹の体はどんどんと透けていき、夕日がその体を通り抜けていく。

 西谷は手を伸ばしたが、指は空を掴んだだけだった。


「古生物を創りだしたの、本当に楽しかったよ。ありがとうね、西谷」


 最後に芽吹は小さく笑った。

 波が寄せ彼女の足元を濡らす。波が去ったときに残されたのは彼女の服だけだった。


 西谷は膝をつきいつまでも海鳴りを聞いていた。


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