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キミは誰?



 男がSNS上でその人物からのリプライをもらい始めたのは数ヶ月前にまで遡る。

 彼は絵を描くことが得意だった。だから、SNS上でもアニメキャラのイラストを描いたりなどしていつの間にかフォロワー数も1万人を超えるようになっていた。


 リプライをしてくるのは、たいていが海外の人からで、そういった感想は好意的なものであり、男もありがたい気持ちで返信をしていた。


 Lemyと名乗るアカウントもその中の一つだった。

 最初翻訳して感想をくれた外国の人なのかと思ったが、どうやらそうではないらしく、流暢な日本語を喋っているので日本の人らしいことが分かった。


 Lemyはそれから何度もイラストの感想をリプライしてくるようになった。

 イラスト作成のライブ配信にもかなりの頻度で来てくれて、徐々に趣味の話もするようになった。


 Lemyとの時間は楽しいものだった。

 男はよくアニメの話題を出したが、いつも話が盛り上がる。ハズレがなかった。どうやらLemyはアニメオタクらしい。それは彼女のツイートを見ていても分かった。

 

彼女は男以外のアカウントともたくさん会話していたし、極端にフォロワーが少ないわけでもなかった。

 もしかしたら出会い厨なのではないかとも思ったが、不自然なところはどこにもなかった。これなら安心して関われるだろう。


 そのうちプライベートな話題もやり取りするようになった。

 好きなものや休日の過ごし方、そして仕事が何かといったことだ。


 驚いたことに彼女の仕事は声優だった。

 そうなると声優の誰かが気になってくる。


「もしよかったら自撮り写真を送ってくれませんか? 気になって夜しか眠れません」


 男がそう持ちかけると、Lemyは最初理由をつけて断ろうとした。しかし、男は引き下がらなかった。そうして、彼女から自撮り写真を送ってもらうことに成功した。


 まさかの事実が判明した。

 Lemyの中の人は、男がよく見るアニメのヒロイン役である日下遥希であったのだ。


 男は信じられず送られてきた写真をネットで画像検索した。

 何もヒットしない。何処かから拾ってきたわけではなく、正真正銘のオリジナル写真ということになる。


 これまでにやり取りした会話の中で彼女の情報はそれなりにあった。ネットで調べてみると、どうやら日下遥希の情報とぴったりと一致した。これはまさかのまさかである。信憑性はかなりある。


 男は有頂天になって日下とLINEを交換し、さらに深く彼女との関わりを深めて行った。


「もしよければそろそろ直接会って話したいんだけど、どうかな?」


 ある時、男は日下にそう聞いてみた。

 

「会ってみたいけど、私はまだあなたの顔も知らないんだよ。それにもしフライデーされたらあなたにも迷惑をかけるから、やめたほうがいいと思う」


 日下はそう返してきた。

 確かに危ない橋を渡るのはやめた方がいいかもしれない。と、彼女からまた返信が。


「でもあなたの写真を送ってきたら気が変わるかも」


 男は迷ったが彼女が自分のことを明かしてきたのだから、自分も顔写真くらいは明かすべきだろうと、自撮り写真を送った。


 返信はない。

 おかしい。


「写真見た?」


 尋ねてみる。しかし、既読がつかない。

 その日以来彼女からの連絡が一切なくなった。不審に思い確かめてみると、SNSのアカウントも削除されてしまったようだった。

 

「ひどい。俺の顔そんなにひどかったのか?」


 今まで容姿のことで何か言われることなど幼かった頃ぐらいしかない。自分は普通の顔をしていると思っていたが、流石にショックだった。

 いや、もしかしたら何か別の事態に見舞われたのではないか? 


 例えば、会社の人に二人の繋がりがバレてしまったとかだ。

 そうして悶々とした日々を過ごしていた男のもとに、日下遥希の熱愛報道が飛び込んできた。


 付き合っていたのは同じ声優の男性であった。

 

「くそっ、あの女騙しやがったな!」


 男は悔しい気持ちでいっぱいになり、友人に連絡した。


「かくかくしかじかで、そういうわけなんだよ。ひどくないか?」


 友人は冷静に返した。


「それなりすましだろ?」


「なりすまし? いや、どこにも彼女の送ってきた写真は公開されてなかったぞ」


「そんなのフェイク画像だって。近頃じゃ生成AIで顔だけ別人のものにすることも可能なんだぞ。やろうと思えば画像全部を生成することもできる」


「でも、趣味も日下遥希とぴったり一致していて・・」


「お前がネットで拾える情報ならなりすまし犯も簡単に情報を手に入れることが可能だろ。それをもとに成り済ますことも簡単だ。そんなことより問題は何でなりすまし犯がそんなことをしたかだ。聞いたところじゃ金銭の要求とかもなかったんだろ? 理由がわからん。もしかしたら、お前の顔写真が欲しかったのかもしれない。だから目的を達成して音信不通になった」


「でも俺の顔写真なんか手に入れて何をするつもりなんだろう?」


「俺にもさっぱりだ。顔写真を使って脅迫もしてきてないなら理由は見当もつかん」


 男はさらに悶々とした気持ちで日々を過ごすことになるのだった。





 某研究所。

 研究員が所長にこれまでの経緯を説明する。


「つまりうちのLemyはネットで知り合った一般人と仲良くなって顔写真を手に入れたというわけか。声優の名を騙って」


「そういうことになりますね。これ以上放っておくとどんな展開になるか予想できなかったので、アカウントは削除しました」


「しかし、なぜ声優の名を騙ってまでこんなことを・・」


「もしかしたら相手のアカウントに興味を持っていたのかもしれません。どんな人があのイラストを描いていたのか・・、それを知りたかったのではないでしょうか。学習のために人と関わらせてみたのが裏目に出た格好ですね。興味を持ち過ぎた」


「もしかしたら興味以上の感情を持っていたかもしれないな。相手にはLemyがネットに接続したうちの研究機関の人工知能だということがバレてないといいんだが・・」



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