太陽に飛び込んだ男
男は死が怖かった。
そこである企業を訪れた。
「おたくでは永遠の命を手に入れることができるということで訪問したのですが・・」
「はい。我が社では機械への意識のアップロードにより、永遠の命を顧客に提供することができます。それをお望みですか?」
「具体的にはどんなことをするんですか?」
「まず脳を半分に切って、片方の脳半球を機械半球に置き換えます。残った方の脳半球から意識や記憶を機械半球と融合させます。やがて体が死を迎えるときに残った方の脳半球も機械半球に置き換え、二つの機械半球をつなげます。これで意識の機械へのアップロードが完了します」
男はそれを実行した。
機械脳半球を手に入れてから数十年後、男の体が寿命を迎えるときに残りの半球も機械に置き換え、さらにその機械脳を機械で作られた体へと移植した。
永遠の命を手に入れた男は、同じ機械脳の人たちが作った会に入った。
そこの会長のリリックは世界で初めて機械脳移植を行った人物で、彼が今の体を手に入れてからすでに100年が経っている。会の活動はリリックの家で行われる毎週土曜日のパーティだった。
そこに何人かで集まり、それぞれが話を持ち寄り歓談をするのだ。
機械の体であることを利用して月や火星に行ってきた者、遠い昔の歴史的な出来事の目撃者を気取る者、機械の体を持ったことで起きる特有の悩みを吐露する者、様々だ。
リリックは口数が少なく、会話はもっぱら聞き役に回ることが多いのだが、彼の話す内容は実に面白いものがあった。
何回目かのパーティで男はリリックと一対一で会話する機会に恵まれた。
「どうかね? 機械の体にはもう慣れた頃だろうか?」
「ええ、もう自分の体も同然ですよ。こんなにも違和感なく活動できるなんて、技術の進歩には驚かされます」
「時代も随分変わったからねえ。私が機械脳に移植した頃はまだ人々は、自分の肉体で活動してこそ人間だという、そういう偏見が残ったままだったから、それなりに批判もされたものだ」
「リリックさんも死が怖かったのですか?」
「ああ。当時はそんな悩みを抱いていたな。私は幸いなことに事業で手にした莫大な金を持っていた。運が良かったのだよ。私の昔の知り合いや家族は偏見から抜け出せずに皆死んでいったがね」
「寂しくなりますね」
「子や孫の最後を看取るのは実に悲しいものがある。しかし、それもまた運命なのだろう。君は永遠の命を手に入れて幸せかね?」
「そうですね、望んでなければこんなことはしませんよ。いろんなところに行けますし、体は丈夫だから多少の無茶もできる。充電は必要ですが、個人的にはトイレの心配がなくなったのがよかったですね。食事も食べたつもりになれるデバイスもあって満足してますよ。幸いなのかどうか、私にはもう身内はいないので離別の悲しみも体験しなくて済みますしね」
「そうか。だが、問題は他にも・・」
「問題?」
「いや、なんでもないさ。それよりも今度私は、自家用宇宙船で太陽系一周旅行に行ってくるつもりなんだ。だから来週の活動はお休みというわけで」
その後も二人で会話を続けて気づいたら窓の外が暗くなっていた。
「もう夜か」
リリックの呟きでその日のパーティは終わった。
いつもと同じ朝だった。
体に充電をしていると、机の上のスマホが鳴った。
かけてきたのは会員の一人だった。
「リリックさんが死んだらしい」
相手の第一声に戸惑った。
「何を言っているんだ君は? 私たちは永遠の命を手に入れたじゃないか」
「ああ、そうだが、どうやら彼は太陽に宇宙船ごと飛び込んだらしい」
「太陽に?」
「状況的に自殺の可能性が高いって・・」
信じられない話だった。
なぜ永遠の命を手に入れたのに、死ななければならないのか。男は混乱していた。ふと頭にリリックと最後に話した時のことが蘇る。
「別の問題」。それが彼を死へと追いやったのか。だが、それは一体なんなのか。
葬儀はリリックの家でつつましやかに行われた。
集まったのは彼の親戚の人と、会のメンバーだけだった。遺書があったのだ。そこにはあまり大きな葬儀にはしないで欲しいとの願いが書かれていた。
遺書には子や孫のいない世界で生きながらえることに虚しくなったとの文があった。
葬儀後、多くのメンバーやリリックの親戚が残っていたが、男は一人二階のリリックの書斎へと出向いた。
死の理由が知りたかった。
書斎の机の上に男が見つけたのは一冊の手帳だった。
パラパラと開くと、途中までびっしりと文字が書かれているのが分かった。
最後のページ。
故人のプライバシーの問題を考えて、一瞬躊躇ったが目を通す。
そこに書かれていたのは思いもよらぬ内容だった。
「明らかにここ最近時間が経つのが早くなっている。ジャネーの法則によれば、人生における1日の相対的な長さが短くなることにより、体感時間が早くなるとされているが、私は永遠の命を手に入れた身。もしこのまま体感時間が無限大に早くなっていき、臨界点を超えた場合私の意識はどうなるのか。永遠の命とはすなわち一瞬の命。私はそれが怖い」




