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引きこもり宇宙旅行2


 地球がどんどん小さくなる。最初はバスケットボール大だったのが、テニスボール大、そしてついには一円玉ほどの大きさになった。


 翠は小さくなった地球を見て、言いようのない孤独感にさらされた。

 人類の大半があの小さな球の上にいる。月に移住した人も少しいるが、100億人のほとんどがいまだに地球の上であくせく暮らしているのだ。そこからたった一人切り離され広大な宇宙へと放り出された。それはとても心細いものだった。


 トイレに行く以外の時間はずっとコックピットに座り窓の外を眺めたまま過ごした。人工重力発生装置のおかげで、宇宙といえども部屋にいるのと同じように過ごしていられる。


「今の気分はどうですか、阿久津さん」


 AIを搭載したアンドロイドが6時間ごとに翠に話しかける。


「ああ最悪な気分だよ」


「私は患者の精神分析をすることも仕事の一つです。そろそろ阿久津さんがどうして引きこもりになったのか、理由を聞かせてもらえませんか?」


 同じ質問は前からあったが、所詮はAIだと話してこなかった。

 しかし、話し相手が彼以外いないので寂しさからつい口が語り出した。


「昔読んだ漫画に品行方正なお嬢様がとんでもない性癖の持ち主で、やっちゃいけないことをやっちゃいたくなる衝動が抑えられないっていうのがあってさ。例えば学校のテスト中に突然大声を出して騒いで見たらどうなるかって感じで。まあその漫画の中では執事がどんな手段使ってでもそれを阻止するんだけど。その漫画のことを知ってしばらく経った頃に、不意に授業中にその漫画のことを思い出して、俺も主人公と同じことを考えた。もしあの漫画みたいに衝動が抑えきれなくなったらどうしようって思ったら、なんか喉の奥から声が迫り上がってくる感覚があって、抑えきれなくなってたまらずに教室を飛び出した。そして不登校になった」


「その症状は今でも続いているのですか?」


「今もだ。不登校になってもしばらくは外出できていたんだが、そのうち大声が出そうな衝動の代わりに、背中がゾワっとして、それがどんどん強くなって、何かが来そうな感覚に襲われるようになった。薬はいくつか試したけど、どれもそのうち効かなくなって、それで外にも出られない引きこもりの誕生だよ。賢いAIくんはこの症状をどう判断するんだ? ネットにすら同じ症状の人がいないんだぞ。分かるわけないか」


「私のデータベースには確かに類似の症状はありませんね。ただ脊髄空洞症の症例に似たものがあります」


「家にいるときは一切症状が起きないから体の問題ではないだろう。いわゆる予期不安の問題だと俺は考えているけどね」


 窓の外に七色に光るキラキラしたものが漂っているのが見えた。

 流星だろうか。しかし、そうではないらしい。


 とても綺麗な光景で、翠はそれをしばらくの間眺めていた。


「宇宙ホタルですね」


 AIが言った。


「ホタル? 宇宙にホタルなんかがいるのか?」


「いいえ。これは宇宙船内部から排出された液体が宇宙空間で瞬時に凍りつき、微小な氷の粒になったものです。NASAのアポロ計画でも同様の現象が見られました」


「液体が漏れ出ているのか!? 飲料水は大丈夫なんだろうな!」


「あれは尿です。排泄物は宇宙空間に廃棄する仕様になっているのです」


「雰囲気が台無しだよ」


 やがて3日が経ち、翠をのせた宇宙船は月へと辿り着いた。


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