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引きこもり宇宙旅行1

普段は一話完結のショートショート ですが、今回の話は6話分になります。

忘れなければ6日連続で投稿していくつもりです。


 

 阿久津翠は引きこもりだった。

 高校中退、それ以来外出もほとんどせず家に引きこもっていた。


 ある朝。

 翠が目を覚ますと、何やら様子がおかしいことに気づいた。昨日家の布団で寝たはずなのに、いつの間にか椅子にもたれかかった状態になっている。


 さらに何やらその椅子にはシートベルトのようなものがあり、それで翠は括り付けられていた。

 

「どうなってんだこりゃ。外れない!」


 翠の意識が覚醒してくると、やがてこの状態がとてもおかしなことだということが理解でき始めた。翠の目の前には大きな窓があり、そこには青空が映り込んでいる。雲がどんどんと下の方へ流れている。


 大きな振動もあった。

 やがて青空は濃紺の色を帯びてきた。


「おいおい、これって、まさか・・」


 その時、窓の下にあったモニターが自動で点いて、母親と知らない男の姿が映し出された。モニターのある場所の周りにはたくさんの計器やスイッチの類がある。これはまさにコックピットと言った様相ではないか。


「翠、ごめんね。お母さんね、翠のことを考えてNPOの人に頼んである治療を試してみようと思ったの」


「ある治療?」


 母親の隣の男が口を開く。


「人類がダークエネルギーを活用した新しい宇宙ロケットを開発してから久しい。もはや月に行くことでさえ簡単になった時代だ。たくさんの人たちが宇宙に行っては帰ってきている。我々はそう言った人たちには共通した、大きな内面的変化があることに気づいたんだよ。その変化は人生を変えるほどの力を持っている。そこでそれに着目して、我々は精神に問題のある人を宇宙に送り、宇宙での体験に触れれば精神に良い影響があるのではないかと考えた。そこで立ち上げたのがこのNPOなんだ。手荒な真似はしたくなかったので、君が寝ている間に宇宙船に移動させてもらったよ。今はもう大気圏外へ上昇中と言ったところだね。安心したまえ、宇宙船には人工知能を搭載した優秀なアンドロイドがいるから、困った時は彼に話しかけてみるといい」


 翠は気が気ではない。今まさに宇宙船に詰め込まれ宇宙へ放たれようとしているのだ。


「僕これからどうなるんですか! というかなんなんすか! 本人の同意もなしに無茶苦茶な! 家に返してください!」


「じきに宇宙空間に出て、そこから月まで3日間かけて向かう。そして、月面着陸をして、また3日かけて戻ってくる。これまでにも我々NPOでは同じような境遇の人たちにも同様の治療を行なってみんな良くなって帰ってきているんだ。きっと大丈夫。我々を信じて」


「月!? 冗談じゃないですよ!」 


 翠はなんとかしてシートベルトを外そうとした。だが、無駄だった。

 窓の外の景色は様変わりして、青と緑の美しい地球の姿が眼下に埋め尽くさんばかりのパノラマの如く広がっていた。


「せめて地球周回軌道だけにしてくれー!」


 もはや遅かった。

 これが世にいう宇宙療法というものである。

 


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