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シンディの助言

 八幡洋介がそのアプリのことを知ったのは中学2年の頃だった。

 部活の先輩が教えてくれたのだ。


「最近八幡、成績落ちてるって言ってたよな」


「確かに成績は落ちてますね。残念ながら」


「おすすめのアプリがあるんだよ。AIが効率的に勉強の段取りを助言してくれるんだ。『シンディ』って言うの。物は試し、早速やってみたらどうだ? 俺はこのアプリのおかげで成績がどんどん良くなって笑いが止まんねえや」


 洋介は教えられたアプリをインストールしてみた。

 その夜、いつものように母親に勉強のことで小言を言われた後、彼はシンディのことを思い出した。


「試しに使ってみるか」


 アプリを開くと、スマホから声が響いて来た。


「始めまして。私はシンディです。あなたの勉強をサポートします」


「本当に成績が上がるんだろうね?」


「任せてください。まずは簡単な質問を行います。この質問で、あなたの性格、学力、苦手科目を判明させ効率よく勉強のアシストにつなげます」


 洋介は質問に答えていった。


「そうですか。数学と国語と理科が苦手分野なのですね。ではまずは基礎から復習していきましょう。一日1時間あれば私の力で洋介さんの学力はメキメキと上達することでしょう」


 半信半疑であったが洋介はシンディの言う通りに勉強を始めた。


 友人たちにもアプリを始めたことを話してみたが、彼らも洋介と同じくこんなことで成績が伸びるとは思ってもいないようだった。

 

 しかし、変化は徐々に起き始めた。

 分からないところがどんどんと分かっていく。シンディの言う通りの工程で勉強を毎日欠かさずしているだけなのだが、理解の度合いが違うのだ。


 どうやらシンディのアプリの中にはいくつもの教科書の内容がインストールされており、洋介の習っている範囲に的確にアドバイスをくれることができた。

 

 そしてテストの日。


「どうなん? いい点取れる自信あるん?」


 友人が聞いて来た。


「自信たっぷりだぜ」


 その言葉通り、テストに出された問題を見て、彼は感動した。なんて簡単な問題なのだろう。すらすらすいと解いていける。


 テストが返却されると、彼の実感はきちんと点数に裏打ちされた。

 

「どんなもんだ、96点だ! シンディ、すげえよ」


「そんなに凄いなら僕もやってみよっかなあ。アプリインストールするだけなんやろ?」


「俺も始めてみようかな。楽そうだし」


 友人たちは次々とアプリをインストールした。その会話の中にいた幼なじみの氷川美穂にも勧めてみたが、彼女は首を横に降った。


 学校の帰り道、氷川と会話しながら歩いていると、自然とシンディの話題になった。


「あんないいアプリなのにどうして氷川は使わないんだ?」


「効用を疑ってるわけじゃないけど、ちょっとねえ」


「もったいないな。文明の利器は積極的に使いこなさないと」


「あたしはちゃんと自分で考えて生きていきたいな。人は考える葦だってパスカルも言ってるじゃん。」


「また古い例えを出してきたな」


「古くて悪かったわね」


 彼女は唇を尖らせる。


「昔の人が偉大だってのは否定しないよ。でも時代は変わったんだよ。便利なものは受け入れていく。それが人間のあるべき姿だと思うんだけどね」


「だといいんだけど・・」


 八幡は彼女の心配もよそにその後もシンディにのめり込んでいった。

 勉強以外のことでもシンディが使えると知ったのは一つの発見だった。


 この頃運動不足気味で体育の時間の長距離走が不安になっていた洋介は、試しにジョギングの予定をシンディに立ててもらおうとした。


「任せてください。私のサポートで洋介さんの持久力を上げて見せましょう」


 実際にその予定をこなしていくと、メキメキ体力がついていった。

 また、休日の過ごし方も有意義に使えるようにシンディにプランを立ててもらった。

  

 洋介は満足していた。確かに休養と娯楽の案配が絶妙で実に有意義な時間を過ごしていると言う実感に包まれていた。

 そんな彼が休日のみでなく、平日でさえシンディの予定を受け入れていったことは不思議ではなかった。


 親から小言を言われる頻度も減った。

 また、悩みにも助言をもらうようになる。

 どうやって親から小遣いをもっともらうか。あるいは好意を寄せる異性と近づく方法とかだ。

 シンディはとてもいい助言を与えて、実際に上手くいく。


 そんな時、部活の先輩が転校する話を聞いた。


「突然ですね。どこに転校するんですか?」


 部活の休憩時間、先輩と話す機会があったので洋介は聞いてみた。


「秋田の方だって。まあ元々転勤族だからなあ俺」


「寂しくなりますね。そうだ。この前先輩に教えてもらったアプリ、いいですね。成績がめっちゃ上がりました」


「使ったか! いいアプリだったろ!」


「あれって勉強以外にも使えるんですね」


 洋介は自分のシンディの使い方を先輩に教えた。


「そんな使い方があるのかよ。俺もいっちょ試すか」


「世の中シンギュラリティがどうだかこうだか言ってますけど、案外大丈夫なもんですね。チェスも将棋も囲碁もAIに勝てなくなったって、確か10年前くらい前でしたっけ。量子コンピュータも開発間際らしいですけど、こうやってうまく利用できるんなら未来は人類の安泰です」


「人類の未来に乾杯、だな」


 先輩はペットボトルのお茶を洋介の前に持ってきて乾杯の仕草をしてから飲んだ。

 洋介も持っていた水筒のコップにお茶を注いでから言った。


「乾杯」



 季節は巡り、洋介は三年になった。

 クラス替えでそれまでの友人や氷川とは別のクラスになり、新しいクラスメイトと仲良くなる手段にもシンディを使った。


「シンディってアプリ知ってるかい? とても素晴らしいアプリなんだ」


 そう言って宣伝して回った。

 しかし、彼が日常のほとんどの場面においてシンディを使っていることを話すと、眉をひそめる人が多いように感じられた。


 ある時、洋介がトイレの個室の中にいると外からクラスメイトの声が響いてきた。


「八幡ってまじでいつもシンディ使って過ごしてんのかな?」


「ひくよな。て言うか、あいつテストの点自慢してくるのうざいよな」


「そうそう。うまく使いこなしてるアピールやめて欲しいわ」


 放課後になってシンディに尋ねた。


「どうやったら友人を作れるだろうか? 今のままではダメな気がするんだが」


「自分らしくあることが重要です。背伸びをして偽った自分でいると精神に悪い影響が現れます。周りの意見に流されない自分らしさを持ってください」


「なるほど。そう言う考えもあるのか」


 洋介は今まで通り振舞うことにした。そしてクラスで浮いた。



 彼がいじめに遭うようになったのはそれからしばらくしてのことだった。

 いじめをしてくるのは二人。最初は顔を合わせるごとに、「シンディだ」「シンディだ」と嫌みったらしく嘲笑することから始まり、やがて上靴を隠されたり階段から蹴り飛ばされたりといった典型的ないじめになった。


 シンディに相談してみると、シンディは


「教師にいじめの被害を訴えてみましょう。もしかしたらいじめが落ち着くかもしれません」


 助言通り担任にいじめのことを訴えた洋介。

 しかし、担任はいじめっ子に注意はすると言ったが、洋介のことにも言及した。


「八幡、クラスで浮いてるそうじゃないか」


「自分らしくいた結果です。悪いことは何もしてません」


「『シンディ』と言うアプリに随分熱心だと聞いたが、あまりそう言うのに左右されないようにしろよ」


 余計なお世話だ。

 と、洋介は思った。


そして、いじめは収まることはなかった。


 そんなストレスの多い生活を過ごしていたせいか、これまでうまくいっていたことがどんどんと悪い方向へ向かい始めた。シンディの立てた予定を精神的にこなすことができず、勉強も頭に入ってこない。


 テストの点も下がり、いじめっ子の告げ口によって好きな人にも距離をとられてしまった。


 告げ口に怒った洋介は直接いじめっ子に抗議しにいった。


「どう言うつもりだ。なんでこんなつまらないことをするんだよ」


「シンディが怒った!」と、笑いながらいじめっ子。


「面白いからに決まってんだろ? なんなら俺がシンディの好きな人と付き合おうかな? あいつ顔はいいから」


 洋介の怒りは最高潮に達し彼はいじめっ子の胸ぐらを掴むと、壁に押し当てた。

 しかし、隣からもう一人のいじめっ子が技をかけてきて、洋介は盛大に転ばされた。


「俺柔道やってんだ。やれるもんならやってみろよ」



 洋介は家に帰ると、シンディに尋ねた。


「いじめっ子に仕返しがしたい。何かいい方法はないのか?」


「解決ではなく仕返しを望むのですね?」


「ああ、とびきりダメージを与えられる方法を頼む」


「では、こう言うのはどうでしょうか?」


「どんなのだ?」


 シンディはいつものように機械的な音声で答えた。


「ネットに相手の個人情報を晒し、どんな行為を受けたかを書き記したのち、あなたは場所を特定できるように特定の固有名のあるところで自殺するのです。最近はいじめ問題が大きく取り上げられています。もしいじめが原因で人を死なせたとなると相手へのダメージはとても大きなものになるでしょう」

 

 洋介はそれを実行に移した。

 ネットの掲示板にスレを立てて、シンディの言う通りに個人情報を晒し、これから自殺することをほのめかした上で実在の駅の名前を載せて、最寄りの駅へ向かった。


 最寄りの駅はこぢんまりとした場所だった。

 しかし、時々快速特急が通過すると言うことを洋介は知っていた。


 はるか向こうの線路から特急のヘッドライトが近づいてくる。

 ヘッドライトが駅をかすめるその時、彼は足を踏み出そうとした。


 と、その時だ。誰かが彼の肩を掴んで引き寄せた。彼はバランスを崩し、駅のホームに倒れ込んだ。その脇を特急がものすごい速さで通り過ぎていった。


「良かったあ、間に合った・・」


 傍でぺたんとホームに座り込んで肩で息をしている人物、それは氷川だった。

 洋介はその光景にふと我に帰った。


「俺は一体何をしてたんだ?」



 彼女の言うところによると、いじめのことを小耳に挟んでいたらしく、偶然ネットの書き込みを見つけて駅に駆けつけたとのことだった。洋介は彼女にこっぴどく叱られた。


 警察も呼んでいたらしく、親にも書き込みのことやいじめのことがバレた。いじめをしていた二人は学校に呼び出され、よくある風な感じで和解することになり、それ以降嫌がらせは徐々になくなっていった。


 無論、シンディは親から使用を禁止された。

 学校でもシンディを使うことは避けるように全校集会の場で呼び掛けられ、ネットの書き込みは証拠として実際に人が亡くなったわけではなかったので大きな騒ぎになることもなく、やがて忘れ去られた。


 洋介はシンディから距離を置き、その後クラスメイトにも友達を作ることができた。


 風の噂で秋田の方で先輩が人に危害を加えてニュースになったことを聞いた。

 シンディは悪いアプリなのか、否か? 少なくとも洋介はシンディを使うことはもうなかった。

 

 彼は時々思うのだ。

 世の中にある悪い出来事のいくつか、自殺だったり事件だったりがもしかしたらシンディのせいで起きているのではないか?


 利用しているようで実際は支配されていたのではないか。

 これからも似たようなアプリはいくつも作られていくだろう。これ以上の悲劇が起きないよう彼は切に願うのであった。

  


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