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夜明けと幽霊

 午前4時。

 道の駅で仮眠をとっていた男は、車の窓を叩く音で目が覚めた。


 こんな時間に誰だろうと、男は目を外に向けた。

 そこにいたのは一人の女だった。ベージュのコートを着たセミロングの髪をした女性だ。


 年はまだ若い。20代くらいと思われた。

 男は窓を開けて尋ねた。


「どうしましたか?」


 女は申し訳なさそうに言った。


「家に帰りたいんですけど、乗せてってもらえませんか? お金もなくてタクシーも呼べないんです」


 男はその申し出に数秒迷った。

 彼は車上生活者だった。家族との折り合いが悪く、家にいるのが苦痛になったため、随分前から愛車に乗り込みあてどなく放浪しているのだ。


 今いる道の駅にたどり着いたのはつい昨日のこと。

 郊外に立地した広めの駐車場にコインランドリーまでついた実に過ごしやすそうな道の駅だった。


 彼は話しかけてきたのが道の駅の管理者でないことにホッとした。

 たまには人と会話する機会もあっていいかもしれない。男は女の要望を受け入れた。


 しかし、何かこの女、違和感がある。

 何がおかしいのか、その時の彼には分からなかった。


「家はどこですか?」


 女は住所を教えた。

 カーナビの表示ではざっと一時間もすれば着く距離だった。


 男は道の駅を出て、女の自宅まで向かうことにした。

 たわいもない世間話でもしようかと思ったが、彼は口の上手い方ではなかったので、結局車内は沈黙状態になっていた。

 

 しかし、何か話題を提供しなければ。

 男は不意に思った疑問を尋ねた。


「なんでこんな時間に道の駅にいたんですか? 何か事情でも?」


「出かけたのは覚えているんですけど、いつの間にか夜になってて。乗ってきた車も見当たらないし、とりあえず家に戻った方がいいかなって」


 その返答に男は違和感が膨らんでいくのを感じた。 

 何かおかしい。


 男の車はちょうどトンネルを抜けた。

 太陽が今まさに山の稜線から登ろうとしているところだった。


「夜明けですよ。久々に見たなあ」


 後ろからの声はなかった。寝たのかと思って、彼はルームミラーを見た。


「!?」


 そこには女の姿はなかった。

 振り返ると、後部座席はもぬけの殻となっていた。


 

 彼は道の駅に戻り、自分の身に降りかかった出来事を思い返していた。

 その時になって男はようやく違和感の正体に気づいたのだった。あの女、夏だというのに、あんな暑そうなコートを着ていたと。


 要するに服装が冬なのだ。

 

 スマホでこの道の駅のことを調べてみると、12月にこの道の駅でトラックの暴走事故があり、一人の女がはねられて亡くなったことが分かった。


「家に帰りたかったのか。悲しい話だ」


 よく、タクシーの怪談として女を乗せると消えていたという話を聞く。

 実際に起きるとは思わなかった。そして、複雑な心境のまま道の駅で再び夜を迎えた。


 男が寝ていると、また窓をノックする音が聞こえた。


「すみません。家まで乗せていってもらえませんか?」


 その声にそれまでの眠気は完全に吹き飛んだ。窓の外に立っていたのは、紛れもなく昨日の女。


 どうしたものか。

 男は恐怖心もあったが、同情の心もあった。この不運な女の幽霊を家まで送り返すことはできないだろうか?


 少しの間迷い、再び男は女を車に乗せて道の駅を出た。


 男は女が幽霊であることを教えてあげようかと思った。

 しかし、もしそうであることを告げるとどんな反応が返ってくるか分からない。


 結局、またあのトンネルに差し掛かった。

 出口から光が差し込んでくる。夜明けだ。


 男の車はトンネルを抜ける。

 後ろを見ると、女の姿はまたも消えていた。


 その後も男が道の駅で寝ていると、毎夜、同じ時刻に女の幽霊が訪ねてくることが繰り返されたのであった。何度も女の幽霊を車に乗せて家に送ろうとした。


 そして、決まって夜明けになると女の姿は消えてしまうのだった。


 男は道の駅を変えることにした。

 幽霊の願いを叶えてやれないことに気持ちが参ってしまったのだ。


 また男は当てどもなく全国を放浪した。様々な道の駅で寝泊りし、やがて季節は巡り、女の幽霊のことも忘れかけてきた。

 そんな時に、男は再びあの道の駅に戻ってきた。


 体の冷える夜だった。エンジンをかけて寝ることはできないので、防寒のため毛布を羽織って寝ていた。

 するとまた、4時になりドアをノックする音がした。


「すいません。家まで送ってもらえませんでしょうか?」


 男は記憶が蘇り、夜明けとともに消える幽霊のことを思い出した。

 まだあの幽霊はこの道の駅にとどまっていたのか。


 なぜ俺ばかり。多分波長とやらが合うのだろう。

 だが、どうすることもできない。申し出を断ろう。そう思った。しかし、彼はある事実に気づいた。


 今日なら家まで送り届けることができるかもしれない。


「いいですよ。家に帰りましょう」


「ありがとうございます」


 女の幽霊を車に乗せ、男は道路を走った。

 そして、あのトンネルを抜けた。外は真っ暗で、まだ太陽は山の稜線から現れていなかった。


 そう、今日は冬至だったのだ。


 男はミラーで後ろを見る。女の幽霊はまだそこに座っていた。

 

 それから10分ほどで男は女の幽霊の自宅に到着した。

 

「ありがとうございます」


「やっと帰れましたね。よかったです、ほんと」


 女の幽霊は車から降りて、自宅の門を潜ると、ドアの向こうに消えてしまった。

 その光景を見てから男は車を発進させた。

 

 太陽が山の稜線から今まさに顔を出そうとして、空が白みかけている。

 これであの道の駅でゆっくり過ごすことができるだろう。男は清々しい気分で元来た道を戻っていった。


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