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一輝と和影  作者: 在江
序 章 輝重と影久
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2 福と影久の出会い

 お蓮様、とおっしゃるのですか。青柳影久様のお妹さんなのですか。ご兄妹で面差しが似ていらっしゃいますね。

 はい、確かに私が福でございます。私を迎えに来てくださったのですか。


 まあ、わざわざそのような遠い所から。あちこち転居致しましたので、さぞかし見つけるのにお骨折りされたことでしょう。

 はい、息子がおります。一輝(かずてる)と名付けました。影久様は息災でいらっしゃいますか。ははあ、それはご心配でしょう。

 え、藤野様はお亡くなりになられたのでございますか。それで、私を迎えに。


 本当に私などが参ってよろしいのでございますか。失礼ですが、お蓮様。私を迎えにこられるのに、どうして藤野様のお家の方がいらっしゃらないのでしょう。影久様も、いつも藤野様とご一緒で。

 ああ、藤野様のお母様がご高齢でいらっしゃるのですか。はい、詳しいことはあちらへ参りましてから伺いましょう。


 結構なお話でございます。空襲で家も両親も失いまして、息子と二人で今日まで生き延びて来られたのは奇跡のようだと思っておりましたが、これもお蓮様と巡り合うための仏様のお導きなのでございましょう。

 いいえ、今日初めてお会いした人を呼び捨てになどできません。私のことも様などつけずにお呼びくださいませ。はい、ではお蓮さんと呼ばせていただきます。


 どのようにして藤野様と結ばれたのか、でございますか。初対面で影久様のお妹さんにこのようなことをお話し申し上げるのもどうかと思われますが、私が藤野様の財産目当てで子を成したのではない、とわかっていただくためにも、私の話を聞いていただきとうございます。


 影久様はお蓮さんに手紙で書かれていたそうですが、私は青柳影久様と藤野輝重様が下宿されていた下宿屋の娘でございます。

 父は一応勤めを持っておりましたが、付き合いが多くて、とてもやりくり出来ませんでしたので、幸い大学にも近い、先祖から受け継いだ家屋敷の部屋数ばかりは多うございましたから、母が女中たちと下宿屋を営むことにしたのだと聞いております。


 下宿される方は大学に通う人に限らせていただきましたので、影久様と藤野様がいらした頃も、ほかに二人ばかり部屋を貸しているにすぎなかったのでございますが、母は父の世話もしなければならないので、私も嫁入り修行方々お手伝いをしておりました。


 藤野様は、本当に良家の御子息といった感じで、いつも爽やかにいらして周囲も明るくするような方でした。藤野様とご一緒していらっしゃるのに明るくならない唯一の方が影久様で、いつも眉間に皺を寄せているような印象を受けておりました。


 戦時中のことで、殿方が少ないこともございましたが、お二人とも女の方にはよく好かれまして、付け文なども多うございましたが、特に決まった方とお付き合いをしている噂はございませんでした。

 といいますのは、良家の御子息をお預かりする以上、悪い虫がつかないようにするのは下宿の役目である、というのが母の言い分でございまして、恥ずかしながら女中ともども噂の仕入れを怠らなかったのでございます。


 ところが戦争が長引いて、父も徴兵され、影久様と藤野様しか殿方が残っていなかったせいもありましょうか。下宿屋の娘である私が、影久様に想いを寄せるようになってしまいました。

 お蓮さんには申し上げにくいのですが、あのように明るい藤野様を毎日側で見ていながら、どうして影のように寄り添っている影久様に惹かれてしまったのか、自分でもわかりませんでした。


 もちろん、大事なお客様でもあります影久様に気持ちを伝えるつもりはございませんでした。行き会えば明るく声を掛けてくださる藤野様とは違い、影久様は礼儀正しくはございますが、必要最低限の挨拶しかされず、私などに興味がないことは明白でございました。

 もし想いを知られてしまえば、鬱陶しく思われて下宿を出てしまわれるかもしれず、そうなればお世話をすることが叶わないばかりか、我が家の家計にも影響することになるからでございます。


 しかし戦争は一向に終わらず、学徒動員が始まり、影久様と藤野様にも赤紙が来てしまいました。

 私は心を決めました。私の気持ちがどのようであろうとも、影久様はこの下宿を出て行ってしまうのでございます。

 それでも、私は母や女中に知られまいと目を盗んで、影久様の元へ忍び入りました。


 影久様は珍しくお一人でいらっしゃいました。私は勢い込んで、私の気持ちを申し上げました。影久様は黙って私の話をお聞きになっておられました。

 最初、私は自分の気持ちだけ申し上げたら、すぐに部屋を出ようと決めていたのですが、影久様があんまり無表情なので不安になり、身体が強張ってその場を動けなくなってしまいました。


 影久様は私が一心に見つめていたので何か言わなければならない、と思われたのでしょう。

 「福殿は、ほかの男の人から好かれたことはないのですか」と聞かれました。そうです、藤野様や他の下宿人の方たちはお福ちゃん、と呼んでくださっていたのに、影久様だけは福殿、と呼ばれていたのです。


 私は言下に否定しました。私が好きなのはあなただけです、と繰り返しました。影久様は考え込まれたようでございました。

 私は、もしかしたら色よいお返事を頂けるのではないかと期待に胸が膨らむのを感じました。やがて影久様は、本当に自分のことを想ってくれるのであれば、出征する前に夫婦の契りを交わしたい、とおっしゃられたのでございます。


 仰天する私に影久様は、この度の戦争は勝てるかどうかわからないこと、戦争は勝ったとしても自分が戻ってこられる可能性はほとんどないこと、男子として生まれて天皇陛下の御為に散華するのは本望であるが、子孫を残さずに出征することだけが唯一の心残りであること、自分を想ってくれる私が後継ぎを守ってくれると考えれば、戦地においても大いに慰めになることなどを懇々と説かれました。


 これまで、必要最低限というよりは、冷淡と感じられるような態度をとられ続けた私にとって、影久様がこれほど長くお話しされること自体が天にも昇る喜びでございました。

 それからは私は夢うつつの状態で、逢引する場所と日時、契っている間は名前を呼ばないこと、大きな声を出さないことなどを約束いたしました。


 もう出征まで日にちがないので、きちんと式も挙げられなくて申し訳ない、とまで影久様はおっしゃってくださいました。名前を呼ばない、というのは変に思いましたが、万が一辺りを通りかかる人があっても、どこの誰かわからないようにするためだ、と説明されて納得致しました。当時は密告で身代を失うことも多うございましたので。

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