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一輝と和影  作者: 在江
序 章 輝重と影久
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1 青柳当主の復員

  われら、その昔よりかの者を守りてここに至る 

  われらはかの者の為にあり

  われらかの者を光と為し、自らを影と為す

  光なくして影のあることなし

  われらはかの者の為にあり


 怜悧にして冷徹。青柳蓮(あおやぎ れん)は、畏まりながらも目の前で帳簿を検分している兄を内心でそう評した。

 守護人と呼ばれる影久(かげひさ)が、青柳家の真の当主である。求められれば全財産といえども差し出さねばならない。幼い頃から繰り返し説かれて身体に染み込んでいる。


 しかし兄にならば、教えられなくても全財産を差し出すだろう、と蓮は思っていた。

 こんな田舎の出とは信じられないほど線の細い、やや神経質とも見える整った顔立ちは色気があり、すらりとした体つきと優雅な立ち居振る舞いに、行く先々で女性を騒がせる。

 蓮はそんな兄を密かに自慢に思っていた。


 尤も青柳家の宿命で、蓮と影久が連れ立って歩くことは殆どなく、距離が遠い分だけ蓮の憧憬も募ったのである。だから、復員船の名簿に青柳影久の名前があるのを知った時には、まず嬉しさが先にたった。

 蓮の夫は徴兵されてすぐに戦死したと知らされたし、藤野家の嫡子である輝重(てるしげ)もどうやら戦死したらしいと聞いて、影久のことも諦めかけていた矢先である。


 近在の男衆は根こそぎ召集されて、復員してくる者もぽつぽつあったが、やはり知った顔の男手が戻ってくるのは心強い。たとえ帰宅するなり青柳家の財産を見せろと言われようと、嬉しいことには違いなかった。


 しかし、蓮の心には、幾ばくかのわだかまりがあることも事実であった。

 喜びの蔭になっているものが、妹としてなのか、一児の母としてなのか、それとも女としてなのか、蓮は突き詰めて考えてみようとはしなかった。

 ただ、青柳家の長子につけられる影が、兄の存在そのものと交じり合い、本領を発揮しているような漠とした印象を持つのみだった。


 「娘だそうだな」


 影久が、ふと帳面から顔を上げた。蓮ははっとして身を引き締めた。


 「はい。和影(かずえ)と名付けました」

 「ほう」

 「あの、兄様」


 再び帳面に目を落しかけた影久に、思わず声を掛けたのは顔を見たかったからかもしれない。


 準備する間に風呂でもどうぞ、との蓮の勧めに素直に従った影久は、湯を浴びても戦場の垢を全て落せなかった。

 整った顔には大きな傷跡が残り、よく見れば右腕の動きが不自由だった。

 それでも、残った部分が傷跡さえも色気として魅力的に見せていた。南方に行っていた、とだけ聞いている。影久はそれ以上詳しいことを語るのを避けた。


 「あの。手紙、読ませていただきました。それで……」

 「知っている。先に、藤野家へ挨拶に伺った」


 蓮の言葉を遮った影久が、やや躊躇ってから告白した。


 「(ふく)殿、いや、お館様(やかたさま)に叩かれた」

 「まあ。それで」


 帰ってきた時、真っ黒な顔でもはっきりとわかるほど、手の跡がついていた。風呂上がりの頬にも、幾分残っている。傷のある側と反対の頬だ。


 蓮も、福に兄が叩かれるのは、当然だと思う。

 影久が出征する際、蓮に託した手紙の中には、藤野輝重の妻である福を探し出すように、という簡単な内容しか認めていなかった。

 蓮は藤野家の大お館様と相談した上、終戦を待って和影を母に預けて上京し、福を探し出したのであった。福は、輝重の子を産み落としていた。

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