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7、騎士とウィリアム

 飼育小屋に現れたのは、リズの父親と母親。つまりこの国の国王とそのお妃だった。

 ウィリアムは、王の前なのでひざまずこうとすると、止められたのだった。

「やめてくれないか。リズと同じように、今の私はエドワード王ではなく、ただのエドだ」

「同じく私もただのアン」

「わかりました」


 そしてその二人の後ろにもう一人、最初にリズと出会ったときに、顔を合わせたメイドさんがいた。

「私はエリザベス様のお世話係のマーガレットです。初めましてかしら?」といたずらっぽく笑った。

 前にリズを探しに来た時に、ここにはいないと嘘をついたので、ウィリアムは気まずかった。

「マーガレットさん、この前はすみません」

「いえいえ。あれはエリザベス様に頼まれて、ああ言ったのでしょう」

「そうよ。ウィリアムは悪くないんだから」とリズが口を挟んだ。

「エリザベス様、反省しているのですか。いつも軽率な行いばかり」

 マーガレットが言い聞かせるように言うと、

「はい、してます」とリズは大人しくなってしまった。


 初めて会った時に、リズがマーガレットがお母さんであると言っていたことを思い出した。そのことをリズに聞いた。

「なんとなく本当のことを言いたくなかったの。王女なんて言うと、仲良くしてくれないんじゃないかと思って。私もはじめ、あなたのこと召使いだと思ってたし」

 確かに、マーガレットに召使いだと勘違いされた時に、訂正していなかった。リズもそれを聞いていたのだろう。



「この小屋は本当に綺麗になったな。俺もここにははじめて足を踏み入れる」

 小屋の中を見渡しながら、エドは満足げに言った。

「動物たちはそちらか」

 そう言って動物たちに近づいたエドは、仰天したような声をあげた。

「なんとこれは」


「どうかしましたか?」

「ウィリアム、この方々は聖獣ではないか」

 そして、エドは三匹の動物にむかって頭を深々を下げた。

「これまでのご無礼をお許し下さい」


「大丈夫よ、お父さん。その子たち、『許す。貴族たちはいけ好かないが、リズには世話になっているからな。その父ならば良いやつに違いない』だって」

「こらこら、エリザベス。聖獣様を勝手に喋らせてはいけないよ。恐れ多い」

「勝手じゃないもん」

 リズが不満そうに言った。

「あのエドさん」

「なんだい? ウィリアム」

「そのリズが言っていること。本当です。僕にも、そう聞こえました」

「なんと。お前たちは聖獣様の言うことがわかるのか」

「そうみたいです。というかリズも?」

「ウィリアムこそ。あなたにも聞こえてたの?」


「聖獣様っていうけど、私にはただの犬と蛇と馬にしか見えないんだけど」

「こらそんな言い方は失礼だろう。この方々は、ケルベロスとヒュドラ、それにペガサスだ。みな、まだ子どもで特別な姿には見えないがな」

「変なの。この子たちは、茶々とニョロとハクって名前があるし」

「なんだそれは」

「エドさん。それは僕が付けた名前です。すみません、そのような高貴な方々とは知らずに勝手に名を付けてしまい」

「いや、知らなかったから構わないだろう。聖獣様たちは許してくれるはずだ」

「お父さん、この子たち、茶々は茶々だし、ニョロはニョロ、ハクはハクでいいって言っているよ。むしろそう呼んで欲しいって」

「むう。聖獣様たちがそうおっしゃるのなら、そうした方がいいだろうな」


「聖獣様の言葉がわかるということは、エリザベスとウィリアムには聖獣使いの資格があるということか」

「この子たちが言うには、ご主人はウィリアムだって。私はウィリアムの友達として認められているらしいわ」

「なるほど、ウィリアムが聖獣使いということだな。聖獣使いの騎士といえば、王家に伝わる話があるな。それは私たちの祖父母」

「ひいおばあ様。救世の聖女アンね」

「そう。エリザベスが昔から大好きなアンお婆ちゃんは、聖獣使いの騎士ジェームズと一緒に、危機に瀕したこの国を救ったのだ。そしてジュームズは祖父でもあるのだが。ウィリアムもその話は知っているか」

「はい、幼い頃に、よくそのお二方のお話はよく聞きました。ジュームズ様に憧れない少年はいません」

「聖獣使いの騎士というのはそれ以来なのだ。ウィリアム」

「同じ聖獣使いと言っていただけるのは光栄なのですが、英雄騎士のジュームズ様と私とではあらゆる点で天と地ほどの差があります。それに私は準騎士ですから」

「そうだな、すまない。気が(はや)った。でもいつかは」


「ウィリアムがジェームズだとすると、私は聖女アンね。素敵だわ。でも、ひいおばあ様とひいおじい様が、私とウィリアムだとすると。私たちって……」

 リズは一人で何やら真剣に考え込んでいた。

「ははは。エリザベスも気が逸っているようだ。流石私の娘だな。ウィリアム、娘を頼むぞ」

「え? どういうことですか?」

「もちろん準騎士としてだよ」

「あ、そ、そういうことですか」

 エドは、ウィリアムの慌てた様子を見て笑った。


「さて、冗談は置いておいて、ウィリアムは、本来は王家自らしなければいけない聖獣様のお世話をやってくれている。何かお礼をしなければいけないな」

「これ以上ですか?」

「準騎士はエリザベスの希望を聞いたもの。これはまた別だ」

 ウィリアムが希望と聞いて頭に浮かぶのは、自分の家に帰りたいということだった。


 貴族たちの嫌がらせに耐える日々だったし、それが反転してちやほやされる今もそれはそれで疲れるのだ。正直、一度安心できる場所でゆっくり休みたい。

 しかしせっかく王女様の準騎士に任じられたのだから、今それを言うことはできないと思った。


 ウィリアムのそんな気持ちを、聖獣たちが察したようだった。そしてそれを、

「ウィリアムは実家に帰りたいみたいだよ」とリズが伝えたのだった。

「おお、そうなのか? ウィリアム」

「そういう気持ちがあるのは確かです。しかし、準騎士の任を受けた今はそうも言ってられないかと……」

「いやいや、良いではないか。たしかに騎士を志すものに王宮は窮屈であるな」

「そういうものですか」

「そうだ。ウィリアムよ。まだお前には力が足りない。一度、じっくり鍛え直すのがいいのではないか? そのために集中して取り組める場所がいい。ウィリアムにとって、実家はうってつけだろう」

「そういうことならば、私にとってこれ以上なく嬉しいことですが、ただ……」

 心残りはいくつかある。たとえば、聖獣たち。

 すると、三匹の聖獣はウィリアムの足下に走り寄ってきて、「俺たちもいくぞ」と言うのだった。

「もちろん聖獣様たちも一緒に行けばよろしい」

「いいのですか?」

「ああ」

 それからリズの方を見た。

「もちろん私もウィリアムと一緒に行くわ。私の準騎士だし。それにウィリアムのご両親にご挨拶をしないと」

「いや、それは流石に。うちは王女様が来るような場所では」

「うん。エリザベスも一緒に行くのがいいだろう。アンもいいだろう」

「いいと思うわ」

 アン王妃は、ハクの体を撫でながら言った。ハクは気持ち良さそうに体を彼女に預けている。

 王妃は話すのをエドワード王にまかせて、ずっと聖獣たちと遊んでいたのだった。結構呑気な性格みたいだった。


「うちの実家に王女様を迎えるなんてことができるのだろうか」とウィリアムはぽつりとつぶやいた。

「なに、表向きはウィリアムの友人の貴族を逗留させるということにすればいい。それにマーガレットもいる。彼女に任せておけば、だいたいなんとかなる」

 マーガレットはそれに答えるように、ぺこりと頭を下げた。すごい信頼だ。彼女は、相当有能なのだろう。

「王様がそういうのなら安心しました」

 ウィリアムは王女様の準騎士として、実家に胸を張って帰れることが嬉しかったが、同時に変な気もした。ずっと自分が期待を裏切って実家に帰る姿ばかりを思い浮かべていたから、こうして栄誉ある立場で堂々と帰る自分の姿を、うまく想像できないのだ。


 話はとんとん拍子に進んだ。

 エリザベス王女がウィリアムの家に滞在することは、今この場にいる人以外にはなるべく知られないようにすること(表向きはウィリアムの友人の伯爵令嬢が滞在することにする)。ウィリアムの訓練のために必要に応じて、教師が派遣されること。などが取り決められた。


「ウィリアムよ。強くなりなさい。エリザベスを守れるくらいに。そしてできればこの国を守れるぐらいに」

「はっ」

 ウィリアムはエドワード王の前でひざまずいてそう言った。

「楽しみにしておるぞ」


 それから五年ほど後に、この国の王女が聖獣使いである騎士を引き連れ各地で活躍する話が、国中で語られることになる。そしてさらにずっと後、この国に存亡の危機がおとずれたときには、二人の存在が希望となるのだが……

 でもそれは未来の話。


「何をもっていこうかしら」

「エリザベス、必要最低限にしなさいよ。遊びに行くのではないのだから」

「わかってる」

 今はまだ、実家に帰ることを楽しみにする少年と、初めて王宮の外での暮らしを楽しみにする無邪気な少女、その二つの姿があるだけだ。

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