3、動物たちとリズ
メイド服姿の女性は動物小屋を見ると目を見張り、つぶやいた。
「おかしいですね。ここはたしか非常に不潔な場所だったはずですが、綺麗になっていますね」
それからウィリアムの姿を見つけると、話しかけてきた。
「ここは、あなたが綺麗にしたのでしょうか」
「はい、飼育係なので」
「それは感心です。あなたのような方を雇ったご主人は安泰ですね」
ウィリアムは貴族の召使いだと思われているようだった。それも無理はない。貴族は自分で働くことはないのだから。すべて召使いにやらせるのが普通だ。そのため優秀な召使いを抱えることが、貴族の評価となるのだった。
「ところで、このあたりで女の子を見かけませんでしたか?」
「女の子ですか?」
「背丈はこのくらいで、白いシャツに青いスカートを履いた子なんですが」
「見かけませんでしたね」
「そうですか。こちらだと思ったのですが……違ったのですね。ありがとうございます」
そういってメイドさんはどこかに行ってしまった。
少しすると隠れていた女の子がロッカーから出てきた。
「行ったわね。ふう、助かった。ありがとう。えーと」
「僕はウィリアム」
「ウィリアムね。私はリズ」
「リズか。さっきの人は君のお母さん?」
「え? あー、うん、そうだよ」
ということは、どこかの貴族に雇われた召使いの子どもなのだろう、とウィリアムは思った。
「ねえ、ウィリアム。この子たち、あなたがお世話しているの?」
リズは三匹の動物たちの方に近づいていって言った。
「うん」
「かわいいわね。名前とかあるの?」
「一応、付けてはいる。思いつきで付けただけだから恥ずかしいけど」
「教えて」
「いいよ。この白い馬が、『ハク』。こっちの蛇が『ニョロ』。で、こっちの茶色の犬は『茶々』。ね、そのままでしょ」
「いい名前だと思うわ」
そう言うと、リズは動物にちょっかいをかけはじめた。最初、動物たちはリズに興味なさそうだったが、だんだんリズと打ち解けて仲良くなってしまった。
「でも王宮の中にこんな場所があったなんて知らなかった。王宮には生まれてからずっといるのに」
長く王宮に仕える貴族の召使い一家ともなると、ずっと王宮暮らしなのだな、とウィリアムは思った。着ている服もシンプルながら上等で、リズは、田舎の貧乏貴族であるウィリアムよりずっと洗練されて見えた。
「ここのあたりは、人の全然来ない場所だからね」
「このあたりは近づかないようにって言われていたから、隠れるのにいいと思って来たのだけれど。でもみんなが私に近づくなと言うのもわかる。こんなかわいい子たちがいたら、私、夢中になってしまうもの」
「そうなんだ」
それはウィリアムが掃除する前の、不潔だった小屋に近づかせたくなかったのだろう、とウィリアムは思った。
「ねえ、ウイリアム。また私、ここに来てもいい?」
「もちろん」
それからたびたび、リズが飼育小屋に遊びに来るようになった。
今までは、つらい日常を動物たちに話していたがそれもしなくなった。リズにはそういう話を聞かせたくなかったのだ。
いつも明るく天真爛漫なリズに暗い話は似合わなかったし、他の貴族の関係者でもあるので、貴族の悪口にも聞こえる話はしない方がいいと思った。
王宮でのウィリアムに対する周囲の扱いは変わっていなかったが、以前より我慢できるようになっていた。慣れもあるが、動物たちやリズという友達ができて、楽しいことが日常に増えたおかげだ。
貴族からの嫌がらせも、嫌味とか無視とか仲間はずれとかがほとんどで、暴力とか直接的なものではなかったので、心を無にして耐え忍べばなんとかなるのだった。
ただ、なんとかならない嫌がらせもたまにはあった。