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2、王宮での日々と動物たち

 ウィリアムは地方の弱小貴族の一人息子だ。

 王宮に子女を送り込むことは、この国の貴族にとって一つのステータスだ。王宮での仕事を経験した貴族の子どもは将来、出世できると言われている。


 ウィリアムの家のような地方の弱小貴族にとって、王宮に自分の子どもを送り込むことは、通常、手の届かないことだ。相当額の寄付が必要となるからだ。ではなぜウィリアムが王宮に来られたかというと、家族が祖父の代から地道にお金を貯めてきたからだ。

 両親や祖父母が、何十年もこつこつ貯めて、ようやく子どもを王宮に送り出せるだけの額になったのだった。


 家族全員の長年の夢がついに叶うということで、ウィリアムが出発の前には、領民を呼んで、大々的な宴会が開かれた。そこでは、ウィリアムの出世がもう決まったような雰囲気で、みなから祝福されたのだった。

 出発の朝の家族や領民たちの晴れやかな表情が忘れられない。

 だが現実は、出世の見込みのない動物の飼育係だった。


 そもそも寄付と言っても、ウィリアムの家が出した寄付の額は、ここに来ている同期の貴族の子供たちのなかでは最低額だ。他の者たちは、服装も含めた持ち物も高級なものばかり、召使いだって何人も連れている。それに対して、ウィリアムの家は寄付だけで精いっぱいで、他に使えるお金がない。


 召使いも連れず、なんとか買えた数枚の服で過ごしているウィリアムは、周囲から、あいつはなぜこんなところにいるのだ、という目でいつも見られている。


 ウィリアムが着ている服を見て、

「ああ、ウィリアムさん、服の裾がほつれていましてよ。お替えになったほうがよろしいのでは?」

 と親切そうに声をかけてくれた貴族の令嬢がいた。でもウィリアムはどうしていいかわからない。なぜならば……

「ああ、お替えをお持ちではなかったのでしたね。可哀想に」

 そう言った令嬢は扇子で顔を隠してふふふと笑っているのがわかった。周りからもくすくすと笑い声が聞こえる。

 ウィリアムは着替えるだけの枚数を持っていない。買いたくても買えないのだ。令嬢も、ウィリアムに金銭的な余裕がないことを知っていて、わざわざ声をかけてきたのだった。

 ウィリアムはどうしようもなく、赤面しながらその場を立ち去る。


 こんなことが毎日のようにあった。

 ウィリアムにとっては辛い日々で、実家への手紙に何度、帰りたい、とか、こちらの生活は辛いです、と書いたことか。しかし、それを実際に出すことはない。途中で破り捨てて新しく書き直す。

 こちらの生活は順調です。貴族の家の人たちは、みな優しいです。と書く。

 全部嘘だ。

 家族に心配をかけたくないのだ。実家の家族や領民は、ウィリアムのことを誇らしく思っている。輝かしい未来に突き進む若者だと思っている。その思いをどうしても裏切りたくなかった。

 でも本当は苦しい日々で、しかもそれを誰にもいえないのは本当に孤独だった。


 救いだったのは、飼育小屋にいる動物たちだった。

 ウィリアムが小屋に来ると、三匹の動物たちが飛び跳ねるように走り寄ってくる。

 体を洗ってやったり、毛(づくろ)いしてやったり、小屋を掃除したり、ウィリアムは毎日一人でそれらをやった。そのため小屋の中はいつも清潔で、動物たちは生き生きとして立派だった。

 一通り仕事が終わると、ウィリアムは三匹の動物たちに話をするのだった。今日あったこと。たいてい貴族から受けた嫌がらせの話だったが、それを動物たちは静かに聞いてくれて、話が終わるとウィリアムを慰めるように体を寄せてきてくれた。

 そうするとウィリアムは癒されて、なんとかまた明日も頑張るかという気になれるのだった。

 ウィリアムが話をしている間の様子を見ると、動物たちは彼の言葉を理解しているように思えた。最近は、逆に動物たちの気持ちや、鳴き声で言おうとしていることがわかるような気もしていた。

 

 動物の飼育係は出世の望みはないかもしれないけど、かえってこれでよかったのではと思うほどだ。この仕事をしている間は一人になれるし、動物たちに元気がもらえる。動物たちがいなかったら、きっとこの日々に耐えられないと思うほどだ。

 ただ、実家の人たちには申し訳ない気持ちで一杯だ。

 どんな顔をして家に帰って両親に顔をあわせればいいのだろう。貴族からの嫌がらせよりも、それが一番憂鬱で毎日気が滅入ってしまう。

「ごめんなさい」とウィリアムが一人飼育小屋で呟くと、三匹の動物たちが心配そうに近寄ってくる。

「君たち優しいな。君たちと一緒にどこか遠くにいけたら楽しいだろうな、なんて」

 動物たちはそれに鳴き声で応えるのだった。ウィリアムにはそれが「おう、俺たちいつでも一緒に行くぜ」と言っているような気がするのだった。

 そうすると、ウィリアムは嬉しくて、毎回涙がこぼれるのだった。


 そんなある日、変わったことがあった。

 動物小屋の近くで、「ここなら隠れられるかも」と声がして、一人の女の子が小屋に走り込んできたのだ。


「ちょっと、かくまってくれない?」

 ウィリアムは急なことに驚いたが、少し考えて、

「隠れんぼでもしているのかな?」

「えっと、うん。そう」

「それならここはどう? 少し汚いかもしれないけど」

 ウィリアムは掃除道具を入れるロッカーを開いて見せた。

「構わないわ。ありがとう」と言って、女の子はそこに隠れた。

 ほどなくてして、メイド服姿の女性がやってきた。

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