S級冒険者の指導③
昼食を終え、午後は模擬戦と座学が交代。
サーシャは、ガイストと二人で演習場にいた。ハイセはミイナと、ヒジリはプレセアとペアになり、午後は座学を担当する。
サーシャはガイストに言う。
「ガイストさんハイセはともかく、ヒジリに座学…できるんでしょうか?」
「心配あるまい。何度かヒジリと話す機会があったが……あの子は聡明だ。それと、戦いにおけるカンはお前に匹敵する」
「そ、聡明?」
「普段の言動からは想像も付かないだろうがな。まぁ、ワシは信用してるよ」
ガイストはニコッと笑う。
サーシャにとって、ガイストは師であり父のような存在だ。
ガイストの言うことに間違いなどない。そう思っている。
前を見ると、教師が生徒たちに話をしていた。
「皆さん、これから戦うのは、S級冒険者の中でも特に有名なお二人です。持てる全てを出し、悔いのないように戦うこと」
武器持ちはサーシャ、徒手空拳はガイストが担当することになった。
意外にも、徒手空拳の七割は女子だ。男子は武器持ちが多い。
模擬戦が始まり、サーシャは闘気を少しだけ発動。剣を構えた。
ガイストも、右手をスッと上げ、左手は腰に当てている。
グラブを付けた女生徒がビシッと構え、「お願いします!」と叫んだ。
「……なんだか微妙な雰囲気がするな」
サーシャは、ガイストをチラッと見た。
女生徒がなかなかの速度で拳を振るい、ガイストを追い詰めているように見える。
だが、ガイストは女生徒の攻撃を躱し、最後に正拳にそっと手を添えて威力を殺して受け流し、腰に当てていた左手を少女の喉へ突きつけた。
静かなやり取り、静かな勝利。
「力任せな部分が多い。若い子に多く見られがちな『勢いに任せた攻撃』が目立つな」
「う……」
「だが、鋭くいい拳だ。手数を増やし、丁寧に動くように。やり方は追って指導しよう」
「は、はいっ!!」
「さ、少し休みなさい」
「あ、ありがとうございます……」
ガイストはにっこり微笑み、女生徒に手を貸した。
サーシャは「あー……」と思った。ガイストは初老だが、老いを全く感じさせない動きや、歳を重ねた者にしか出せない雰囲気、そして渋さを持ち合わせた「イケメン」だ。今の女生徒も「おじさま、カッコいい……」と、キラキラした目でガイストを見ている。
意外にも多いのだ……ガイスト目当ての女性冒険者は。
「お願いします!!」
「うむ、かかってきなさい」
これはまた、ファンが増えそうだ……と、サーシャは内心で苦笑した。
◇◇◇◇◇
ハイセは、困っていた。
事前に打ち合わせをしたとはいえ、やはり大勢の前で喋るのは緊張する。
『で!! アタシの拳法でギッタンギッタンにして、捻りあげて内臓潰しやったら盛大に吐いちゃってさー……』
『『『『あははははっ!』』』』
隣の教室からは、ヒジリの声と笑い声が聞こえてきた。
ハイセは思う。模擬戦での指導といい、座学といい、もしかしたらヒジリは教えることに向いているのかもしれない、と。
ガイストからは、『体験談』を話せと言われているが、能力に覚醒してからは苦戦したことがあまりない。撃って、爆発させれば大抵の魔獣は死ぬ。
ヒジリやサーシャのように語るべき闘いなどあまりない。あっても、禁忌六迷宮で戦ったような、大っぴらにできないような闘いばかりだ。
「えーと……」
「「「「「…………」」」」」
「ハイセさんハイセさん、もしかして緊張してます?」
「……う、うるさい。仕方ないだろ、何話せばいいかわかんないんだよ」
「遊んでばかりいるから……」
「あ、遊んでない。というか、模擬戦だけでいいのに……」
「仕方ないですねー、ここはあたしにお任せを」
「……え」
ミイナが前に出て、コホンと咳払い。
「えー、授業ですが、ちょっと変わった方法で進めていきます。ここにいるS級冒険者『闇の化身』ハイセさん!! 最強の冒険者である彼に、聞いてみたいこといっぱいありますよねぇ? というわけで……今日は、質問形式で授業を勧めます!! さあさあ、ハイセさんに質問ある方は手を上げてー」
「な、お、おい……!?」
と───教室にいたほぼ全員が挙手。
しかも、たった今気付いたが、昨夜出会ったセインもいた。
ミイナは、ニヤリと笑いセインを指さす。
「じゃあそこの眼鏡くん!! えーと、セインくん。質問をどうぞ!!」
「はい!! ハイセさんみたいに強くなるには、どうしたらいいですか!!」
「……た、鍛錬だな」
「鍛錬……」
「ああ。俺は能力こそマスター級だけど、師からは能力にかまけることなく、身体を鍛えろって言われて……覚醒した後もずっと、鍛えてた」
これは本当のことだ。
ハイセは能力の覚醒前、ガイストに弟子入りしたばかりの頃。
サーシャと二人でよく組み手をした。体術は全ての能力と合わせて応用できると、ガイストの教えだったのだ。
サーシャがソードマスターになってからは剣術に重点を置いたので組み手の回数は減ったが、ハイセも武器マスターの力を真に引き出した後も、ガイストから体術の訓練を受けていた。
おかげで、能力なしで体術のみの戦いだったら、S級冒険者でも五指に入るだろうと、ガイストのお墨付きをもらった。
「どんなに強力な能力を持っていても、魔獣は能力の発動を待っててくれるほどやさしくない。いつ、いかなる状況でも頼れるのは己の身体のみだ。研ぎ澄まされた五感、鍛えた身体、そして能力。これらがあるから俺は、禁忌六迷宮でも生き抜けた」
そう言い、ハイセは自分が熱弁していることに気付いてハッとなる。
軽く咳払いをして「……以上」と締めた。
「いい回答でしたねぇ。つまり、《筋肉こそ正義!》ってことですね!」
「違う」
「では次の質問!!」
「おい」
なんだかんだで、ミイナのおかげで授業は乗り切ることができたハイセだった。
◇◇◇◇◇
数日間、臨時講師としてハイセたちは授業を行った。
エリートとはいえ、まだ冒険者デビューしていない少年少女だ。S級冒険者であるハイセたちを馬鹿にするような態度、言動などはなく、むしろ興味深々といった態度ばかり。
ヒジリは「舐め腐ったヤツいたらブチのめしたかったー」と言ったりもしたが、授業は平和に進み、あっという間に最終日。
最終日は、講師が全員揃っての模擬戦だ。
演習場ではなく、郊外に出ての模擬戦闘となる。
「ルールは、四人のS級冒険者が一つずつ持つ『腕章』を手に入れること。持てる能力を全て使い、奪って見せろ!! 腕章を手にしたチームには褒美が出るぞ!!」
ハイセは、教師からもらった腕章を腕に付ける。
サーシャにこそっと聞く。
「褒美って?」
「ハイベルグ王国にあるクランに仮加入してのダンジョン実習だ。見つけた宝は全て生徒の物になる」
「へー……もしかして」
「ああ、今回は私のクランが担当する」
学生のチームは五名一チーム、合計で二十チームほどいる。
郊外で、これだけの数の冒険者見習いが、作戦や能力を駆使して襲い掛かってくる。
案の定、ヒジリは。
「も、燃えてくる……ッ!!」
やる気満々だった。
ハイセは、大型拳銃を手に持ち、少し考える。
「……拳銃だけじゃ、ちょっと厳しいかな」
そう言い、アサルトライフルを手に持ち、マガジンをゴム弾へと切り替えた。





