ちょっとした出会い
ハイセたちが『聖十字アドラメルク神国』に入り、三日が経過した。
サーシャたちは町の観光やら買い物やらで忙しいようだが、ハイセは部屋でのんびり過ごしていた。
すると、ドアがノックされミイナが来た。
「ハイセさーん、たまには一緒にご飯行きましょうよー」
「……お前なぁ、この三日間、外食ばかりだろうが。たまには宿のメシ食えよ」
「えー? だって、せっかくの異国ですよ異国。異国ご飯食べなきゃもったいないですよぉ」
「連日買い物ばっかりで、サーシャたちは何も言わないのか?」
「みんな楽しんでますよ? サーシャさんも、クランのみんなにってお土産いっぱい買ってますもん。プレセアさんは本、ヒジリさんはお菓子とかお肉とかですけど」
「……」
「ね、ね、行きましょうよ。そろそろ夕方ですし」
「……はあ」
ハイセは立ち上がり、コートを着た。
部屋を出て、ミイナに聞く。
「で、どこ行くんだ? ってか、俺とお前だけ?」
「あとはサーシャさんですね。ヒジリさんはプレセアさんを連れて、街はずれにある焼肉店に行っちゃいました」
「焼肉……俺、そっちがいいな」
「だめですー、あたしたちはパンケーキのお店ですよ」
「ぱ、パンケーキって……普通、朝飯じゃないのか?」
「まぁまぁ、なんでもいいんですよ。あ、サーシャさーん!!」
宿を出ると、私服に着替えたサーシャがいた。
シンプルな白いシャツ、濃紺のスカート、ロングブーツ。そして細いベルトをして剣を下げていた。長い髪はそのままで、羽飾りのついたカチューシャをしている。
「来たか、ハイセ」
「ああ。なあサーシャ、晩飯がパンケーキらしいけど……」
「う、うむ。まぁ、いいと思うぞ?」
「……焼肉」
「っ!!」
ハイセがそう言うと、サーシャがピクリと反応した。
サーシャは見た目に反して肉好きだ。ぶっちゃけると、ハイセよりも多く食べる。
「ささ、行きましょ!! パンケーキ~♪」
ミイナは歩きだした。
ハイセは、チラッとサーシャを見て言う。
「あんま無理すんな。食いたい物あるなら言わないと」
「う、うるさい。というか、たまには私だって、その……パンケーキとか、女の子らしい物をだな」
「へいへい」
「あ、待て!! まったく、お前というやつは……」
宿からとそう遠くない場所に、パンケーキの店はあった。
真っ白な煉瓦作りの建物で、ドアには白い花のリースが飾られている。
ミイナがドアを開けると、店内は明るく、いい雰囲気だった。
「いらっしゃいませ。好きなお席へどうぞ」
窓際の四人席へ座ると、ウエイトレスがメニューを渡す。
ハイセはメニューを見て「おっ」と呟いた。
「ここ、パンケーキの店だよな? ブラックダイヤオークのステーキとかあるぞ」
「!!」
「あ、ほんとですね。ディナータイムですからメニュー変わるみたいです」
「じゃあ俺はステーキ。で、二人は? パンケーキの店だし、パンケーキか?」
ちょっと意地悪をするハイセ。サーシャはミイナを見た。
「ふふふ。可憐な乙女ですからね!! こういうお店では優雅にパンケーキを食べるのが通ってやつです。ね、サーシャさん」
「え、あ、お、う……に、肉、じゃなくて、うん」
「───ぷっ」
ハイセは噴き出しそうになった。肉好きのサーシャはステーキが食べたいだろう。
別に、肉好きだと隠しているわけでもないのに、頼みにくい雰囲気だ。
結局。サーシャはクリームたっぷりフルーツパンケーキ(ただし大盛)を頼み、ミイナは普通盛りを頼んだ。
運ばれてきたのは、綺麗なパンケーキ。
そして、ジュウジュウと焼ける真っ黒に輝くオーク肉のステーキ。しかも、最高級部位である『ダイヤ』という部位だ。
値段も相応だが、今のハイセにとって苦ではない。
「……ごくり」
「わぁ、お肉いい匂いですねえ」
「ああ。うまそうだ」
すると、ハイセの前にステーキが二皿置かれた。
「あれ? ハイセさん、二人前ですか?」
「あー……間違えて注文したな。二人前も食えないし……なぁサーシャ、お前のパンケーキ半分と、俺のステーキ交換しないか?」
「───!!」
「そのパンケーキ見てたら、甘いの食べたくなってきた。どうだ?」
「……ハイセ」
「もう、ハイセさんってばしょうがない人ですねー、ってか、サーシャさんがこんないっぱい食べられるわけないじゃないですか」
「そうだな。まぁ、食えるだけでいいよ。どうだ?」
「……っし、仕方ないな。うん、食べてやろう」
「おお、サーシャさんお優しい!!」
こうして、ハイセたちは楽しく食事をするのだった。
ちなみにサーシャ曰く。オーク肉のステーキは、絶品だったそうだ。
◇◇◇◇◇
店を出た。
すると、ハイセは口を押さえて顔色が悪いまま言う。
「あ、甘っ……地獄の砂糖で作ったようなパンケーキだな」
「そうですか? すっごく美味しかったですけどー」
「ああ、絶品だった。ふふふ……肉」
なんだかんだで、サーシャもパンケーキを楽しんだようだ。一番楽しんだのは肉だろうが。
「うー……腹の中が甘い。どこか近くで軽く飲み直すかな」
「あ、あたしも行きますー」
「では私も」
「……まあいいけど」
と、三人でバーを探して歩きだす。
何日か滞在したおかげで、街の地理もつかめてきた。繫華街に向かって歩きだすと、多くの冒険者たちが飲食店に入って楽しんでいる声が聞こえてきた。
「そういや、この街のギルドに行ってないな……なぁサーシャ、ここに五大クランの一つがあるんだろ? 行ったのか?」
「いや、到着した日に面会の希望は出した。明日挨拶に行く予定だ」
「……お前でも、クランマスターに会うのに時間かかるんだな」
「ふふ、言っておくが、五大クランなんて言われても、私は同格など思ったことはないぞ」
「知ってる。お前はそういうやつだもんな。じゃあ俺は、明日あたりギルドに行ってみるかな」
「む、依頼を受けるのか?」
「いや、この国では受けない。まぁ……ギルドマスターに挨拶くらいはしておくかなって。たぶんガイストさんはもうしてるだろうけど」
ガイストはこの三日、ほとんど宿にいなかった。
冒険者ギルドに知り合いでもいるのか、挨拶に行ったりと忙しいようだ。
すると、三歩ほど先を歩いていたミイナが言う。
「あ、あそこにバーがありますよ。ささ、行きましょ……お? サーシャさん、ハイセさん……あれ」
ミイナが指さしたのは、バーの隣の路地。
そこに、二人の男女が、ガラの悪そうな少年少女五人に囲まれていた。
「喧嘩か?」
「待て。あの服装……アドアドの制服だ。まさか、学園の生徒か?」
「どうする?」
「……ミイナ、ハイセ、先に店で席を確保してくれ。私は様子を見てから行く」
「わかった」
「え、え……」
「サーシャなら大丈夫だろ。相手がSSS級の魔獣でもなきゃな」
そう言い、ハイセは店の中へ。ミイナもサーシャを心配そうに見たが、サーシャが微笑むと店の中へ遠慮がちに入っていった。
◇◇◇◇◇
「おい。金出せよ」
「万年成績ドンケツのお二人さんよぉ」
「出すモン出せば見逃してやる」
完全に、恐喝だった。
恐喝されているのは、眼鏡をかけた男子と、勝気そうなポニーテールの少女だ。
男子は丸腰だが、女子は腰に剣を装備している。
サーシャは声をかけた。
「おい、貴様ら何をしている」
「あ? んだお前……オレらが誰だか知らねぇのか?」
「知らんな。まぁ、その制服からアドアドの生徒だとはわかるが、同じ学園の者を恐喝する犯罪者にしか見えんな」
「……お前、冒険者か? は、エリートであるオレと、下積みから始めてるお前とじゃ経験値が違う。ボコされたくなかったら帰りな。おじょーちゃん。ぎゃっはっはは!!」
恐喝犯は五人。男子三人、女子二人だ。
リーダー格の男がサーシャを馬鹿にすると、全員笑っていた。
レイノルドが言った通りだった。学園に通うエリートの冒険者見習いたちは、下積みから始めた冒険者を見下す傾向がある、と。
サーシャはため息を吐く。この状況をどうすべきだろうか。
「お? おいおい、すげぇ美人じゃん。なぁ、こいつら見逃す代わりに、オレらに付き合えよ。へへ、あと財布も出しな」
「……ふぅむ、どうするか」
「おい、無視すんじゃねぇぞ!!」
と、男がサーシャに向かって拳を振りかぶる。
躱すことなど造作もない。だが、冒険者が一般人に対して攻撃を加えることは『冒険者法律』で駄目だと決まっている。このまま躱そうと思ったが、サーシャの肩に手が置かれ、そのまま後ろに引っ張られた。
「なっ」
「っぐ……」
ハイセだった。
ハイセがサーシャを下がらせ、拳を顔に受けたのだ。
手加減していたのだろう、軽く口を切っただけで済んだようだ。
ハイセはペッと血を吐きだす。
「冒険者法律で決まってるんだよな。冒険者は、一般人に対し正統な理由がない限り害成す行動をしてはならない……でも、あくまで『正統な理由がない』場合だ」
「あ? ンだお前」
「知ってるか? 『正当防衛』なら、一般人に対し攻撃することができるんだよ。先に手を出したのはお前で、俺はお前の拳で血を流した……自身を守るために、お前を無力化することができるってわけだ」
「あぁ? てめぇ、さっきからフカシこいてんじゃ」
ドン!! と、ハイセの大型拳銃が火を噴き、ゴム弾が男の額に直撃した。
「い、っでぇぇぇぇぇ!? な、な、この」
「非殺傷だとこんなもんか。まぁ、模擬戦では使えるかな」
「この、ガキッ!!」
男が襲い掛かって来たが、ハイセは両手に大型拳銃を持ち連射。
ゴム弾を連続で喰らい、男は痛みで顔を庇いながらしゃがみ込んでしまう。
「いでで、いだい、いだだだだっ、やめ、やめ、やめっ!?」
ハイセは無視。
弾切れになり、マガジンを排出すると、別の男が襲い掛かって来る───……が、前に出たサーシャが男の腕を掴み、一本背負いで地面に叩きつけた。
その間に、ハイセはマガジンを交換。
「い、いでぇ……く、くっそ、お前ら」
ドン!! と、実弾が男のしゃがみ込んでいる地面にめり込み、煉瓦敷きの地面に穴が空いた。
「次は痛いじゃ済まないけど……どうする?」
「ハイセ、その辺にしておけ」
「ん、そうか」
「ひ、っひぃぃぃぃぃ!?」
男たちは逃げ出した。
ハイセは銃を消し、頬をさする。すると、サーシャがハンカチをそっとハイセの頬へ。
「無茶をする……攻撃を受けずとも、正当防衛は成立するのに」
「……別に、いいだろ」
「そうだな。ふふ、ありがとうハイセ」
「……さて、酒でも飲むか」
と───ようやく、思い出した。
「あ、あの!! あ、ありがとうございました!!」
「カッコいい……本当に、ありがとうございました!!」
「え、あ、ああ。二人とも、怪我はないか?」
「はい!! あの、ボク……セインって言います!!」
「あ、ああ。サーシャだ」
「お兄さん、ありがとうございました!! あたし、ミコって言います」
「…………」
セインとミコ。
サーシャとハイセが助けた二人は、とてもキラキラした目で二人を見ていた。