到着
ハイセたちは、ようやく『聖十字アドラメルク神国』の見える街道に入る。
ミイナは幌馬車の窓を開け、顔を出して「おお~!」と驚いていた。
「あれが『聖十字アドラメルク神国』ですね!! ん~、噂通りのでっかい『十字架』ですっ!!」
「十字架?」
「なにそれ?」
ハイセとヒジリが顔を合わせて首を傾げる。
ハイセは別の窓を開けて外の様子を伺うと、ヒジリが無理矢理ハイセの開けた窓に顔を突っ込んできた。身体が密着し、意外に大きな胸がグニグニ押し付けられる。
「わぉ、あれが十字架ってヤツね!!」
「お、おい、離れろ!!」
「いいじゃん別にー……っわわ!?」
すると、ヒジリが消えた。
サーシャがヒジリの腕を引っ張り、自分の方に寄せたのだ。そして、サーシャ側の窓を開く。
「こっちも開いてるぞ」
「な、なんかアンタちょっと怖いし……へいへい」
ハイセは、窓から見た。
大きな十字架……真っ白な十字架が見える。国の中にあるのではなく、国の外に立っている。どういう材質で、なぜあれが立っているのかはわからない。
そして、聖十字アドラメルク神国。細長い建物がいくつも建っているのが遠目でもわかる。ひときわ大きいのは、『指導者』が住まう『大聖堂』だろう。
ハイセは窓を閉め、ガイストの元へ。
「あれが『聖十字アドラメルク神国』なんですね……あのデカい十字架は?」
「あれが『破滅のグレイブヤード』だ。あの十字架は、アドラメルクの神官たちが能力で作り出した『結界』であり、魔獣が町へ侵入するのを防いでいる」
「へえ……」
「あそこは墓地でもあり、ダンジョン化している最奥の前までは行けるぞ。ただし、最奥に広がるSSS級ダンジョン『破滅のグレイブヤード』に踏み込む者はいないようだがな」
「あの最奥に、禁忌六迷宮の情報が……」
ハイセは十字架を見つめていた。
「『聖十字アドラメルク神国』は王政ではなく、『最高指導者』と『十二神官』という十二人の神官たちが国を治めている。クロスファルドの『セイファート騎士団』も、あの国にある」
「四大、じゃなくて五大クランの……」
「ああ。まぁ、政治のことは気にしなくていい。バルバロスも、我々が臨時講師の依頼を終えるまでには、グレイブヤードへの通行許可を取ると言ってたからな」
「わかりました」
ハイセは御者席に深く座り、もう一度十字架を見つめた。
◇◇◇◇◇
景色に飽きたのか、ヒジリは顔を引っ込めた。
サーシャが次に顔を出すと、確かに大きな十字架が見えた。
十字架よりも気になるのは景色ではない。
「あそこに、『セイファート騎士団』が……挨拶、行けるかな」
剣系能力者が一度は憧れ目指す、『剣聖』クロスファルドのクラン。
サーシャも、一度は目指した。だが……誰かのクランに加入するより、自分でクランを作ることを選んだ。それでも、憧れは残っている。
「行きたいところ、あるの?」
「え? あ、ああ」
寝ていたプレセアが起きた。
サーシャは顔を引っ込め、隣に座るプレセアに言う。
「セイファート騎士団……刀剣系では最高峰のクランだ」
「へえ」
「お前は何かないのか?」
「別に。まあ、綺麗な町みたいだし、観光くらいかしら」
「そうか」
「ね、一緒に遊ぶ?」
「え?」
「おいしいもの食べて、町を見て、お買い物するの。楽しそうじゃない?」
「……私と、か?」
「ええ。私、あなたのことけっこう好きだし」
「え」
サーシャは驚いた。
まさか、プレセアがこんなことを言うとは、思わなかったのだ。
するとヒジリが二人の間に無理やり座る。
「ちょっと、面白そうな話ならアタシも混ぜてよっ!! なになに、美味しい物食べに行くって?」
「ええ。あなた、ちょっと騒がしいけど、私たちにはちょうどいいわ」
「意味わかんないけど、食べるなら行く!!」
ふと、サーシャは思った。
「……まるで、友人だな」
「え? 違うの? サーシャとアタシ、友達じゃん」
「……え」
「……友達ね。まぁ、そういう関係もいいわね」
友達。
レイノルドやピアソラたちは『仲間』だ。クランのメンバーも仲間……友人という存在は、サーシャにとって新鮮であり、初めてだった。
ドクンと、胸が高鳴り、サーシャの顔が赤くなる。
「と、友達……」
「なに赤くなってんのよ?」
「ふふ……可愛いじゃない。お嬢さん」
「ぐっ、あ、赤くない!! ええい、馬鹿にするな!!」
「なんか楽しそうです!! あたしも混ぜてくださいっ!!」
ミイナが混ざり、幌馬車の中は騒がしくなるのだった。
◇◇◇◇◇
正門に到着し、ガイストは門兵に書状を手渡し、ギルマス用の冒険者カードを見せていた。
そして馬車が出発し、街中を走る。
「綺麗な町だな……」
「ああ。なんというか、『白い』な……」
ハイセが言い、サーシャが答える。
建物は『白系』が多い。白い煉瓦、白い街灯、白い噴水など、白系が町の色の六割ほど占めている。
町を歩く人も、白系の服が多い。冒険者などはさすがに色に拘ってはいないようだが。
ミイナはニヤニヤしながら言う。
「こう白いと、ハイセさんのことは探しやすそうですねー」
ハイセは黒い。コートもブーツも、髪色も眼帯も黒い。
サーシャが「ぷっ」と噴き出したので、ハイセはじろっと見た。
「す、すまない。ふふっ……」
「謝るの意味わかってるのか?」
すると、馬車が止まった。
ガイストが馬車から降り、全員に言う。
「今日からしばらく、この宿に泊まる。さぁ、行くぞ」
幌馬車から降りると、宿の従業員が幌馬車を裏手へ運んでいった。
ハイセたちは宿を見上げる。真っ白な『要塞』のようで、煉瓦作りの立派な建物だ。
高さもかなりあり、見ただけで高級宿だとわかった。
「高そうだな……」
「おおお!! こんな宿にお泊りできるなんて……!!」
あまり高級宿が好きでないハイセと、庶民のミイナの反応は正反対だった。
中に入ると、広いエントランスホールが出迎える。従業員は白い制服で統一され、ホールにはシャンデリア、高級なソファが並び、新聞を読んでいる貴族や令嬢がいた。
ガイストが受付し、部屋の鍵を渡す。
鍵は装飾が施された銀製の鍵。しかも、一人一本だ。
「部屋は二階、食事は外食でも構わんし、地下一階にあるレストランでも構わん。欲しい物があれば売店か、町で買うように。宿代はギルドが負担するが、外食や物資購入は自己負担だ。ああ、宿のレストランで食事をするのはギルドの負担となる。アドアドでの講義開始は十日後、三日前になったらアドアドに挨拶にいく。今日から七日間は自由行動だ。何か質問はあるか?」
質問はなし。
今日から七日間、自由行動となった。
さっそくハイセは部屋へ行こうとするが。
「よし!! サーシャ、プレセア、ミイナ、ご飯行こっ!!」
「いいけど」
「あ、ああ。いいぞ」
「はーいっ!!」
荷物は全てアイテムボックスなので、部屋にも行かず女四人は仲良く食事へ行ってしまった。
ハイセは少し驚いていた。
「あいつら、いつの間に仲良くなったんだ?」
「ふ、世話焼きだが、見てはいない。お前らしいな」
「え?」
「どれハイセ。たまには二人でメシと酒でもどうだ?」
「あ、いいですね。道中、町で飲むことはあったけど、あいつらみんな付いてきて騒がしかったし」
ハイセとガイストも部屋に行かず、そのまま宿を出た。





