成長の代償③
ハイセは、サーシャを追って『濃霧の森』にやって来た。
「ったく……あいつ、頭に血が上ってんのかよ」
常に霧で覆われた森は真っ白で、先が見通しにくい。
確かに、時間帯で霧が薄くなる。地図もあるのでベテランなら迷うことはないだろう。だが……頭に血が上ったサーシャ一人で進むのは、やや危険だ。
もしかしたら、という場合もある。
ハイセは、同行者に言った。
「サーシャの位置、わかるか?」
「ええ。というか、あなたが私に依頼するなんてね」
プレセア。
プレセアの『精霊使役』なら、真っ暗な暗闇でも迷うことがないそうだ。精霊とやらが道案内をしてくれるので、目を瞑っても細い一本橋を渡れるとか。ハイセにはよく理解できなかったが、探し人などもお手の物らしい。
一足早く森に踏み込んだサーシャを探すため、二人は森を進む。
「ね、ハイセ……これ、依頼なの?」
「え?」
「サーシャは遭難者を探しに霧の森へ入った。これはサーシャが受けた依頼……でも、あなたは? ギルドマスターに『サーシャを助けろ』って言われただけで、依頼でも何でもないでしょ?」
「…………」
確かに、その通りだった。
ガイストの元へ遊びに行ったら、サーシャが部屋を飛び出した。ガイストに話を聞くと、サーシャのクランに所属する冒険者が、濃霧の森で迷子になったらしい。それを聞いてサーシャは飛び出した。
ハイセは、ガイストに事情を聞いた。ガイストは『サーシャを助けてやってくれないか』と確かに言った……普段のハイセなら『報酬があれば』と返すが、その話だけ聞いてギルドを出たのだ。
たまたま出会ったプレセアに『報酬やるから手伝え』と誘い、この濃霧の森へ。
すでにサーシャはいなかった。恐らく、森へ踏み込んだのだろう。
「なんとなくだよ。レイノルドたちがいるなら、俺もここまではしなかった。でも……あいつは、一人で飛び出した。たぶん、まだレイノルドたちは何も知らないはずだ」
その通りだった。
王都では、それぞれ別の仕事をしているレイノルドたち。
レイノルドは盾士たちを鍛え、タイクーンはクラン経営や素材売買、クランへの報酬などを事務員と話し合い、ピアソラは『教会』からの呼び出し、ロビンは新人弓士たちの訓練だ。
もし、遭難の話を聞いて全員が集まってから動くとなったら、半日以上時間がかかる。
なので、すぐに動けるサーシャが先行して遭難者を確保……という風にしたのだろう。
「タイクーン辺りが怒りそうだ」
「あの陰険眼鏡くんね」
「……っぶ」
陰険眼鏡に、ハイセは思わず吹き出してしまった。
◇◇◇◇◇
「───……ぅ」
気が付くと、全身に激痛が走った。
「っぐ、ぁ……」
しくじった。
うっすら目を開けると、白い霧に包まれていた。
仰向けになっており、右足に激痛が走る。右腕も動かず、脇腹も痛い。
落ちた、というのはわかった。
そして思う。
「…………なぜ」
濃霧の森。
ここは何度か来た。地図も頭に入っている。
サーシャが歩いた場所は崖になっており、柵が設けられていたはず。地面もしっかり踏み固められていたはずで、そう簡単に足場が崩れるなんてことにはならないはず。
だが、現実はこうだ。
「くっ……」
サーシャは、痛む身体を無理やり起こし、這いずって近くの岩にもたれかかる。
砂利の地面。川の音が聞こえ、霧がかなり深い。
右腕は折れ、右足も折れている。脇腹をぶつけたのか、咳き込むと少量の血を吐いた。
鎧、剣には傷一つない。だが落下の衝撃が酷く身体を痛めつけたようだ。
「けほっ……まずい、な」
声があまり出ない。
このまま遭難すれば、魔獣の餌になるかもしれない。今でこそ魔獣は近くにいないが、夜になるとこの濃霧の森は討伐レートA以上の魔獣がウヨウヨ現れる。
サーシャがこの森に踏み込んだことは知られている。助けは来るだろう。
「それ、まで……私が耐えられれば、だが」
少し、熱も出てきたようだ。
まずい───……そう思いつつも、サーシャは動けなかった。
◇◇◇◇◇
ハイセとプレセアが森を進むこと一時間。
「止まって」
「え」
「その手すり、危ないわ」
濃霧の森は、森の中だが断層があり、崖のようになっている場所がいくつかある。
冒険者が設置した頑丈な柵があるので大丈夫だが、いくつか劣化した柵があるようだ。
プレセアが柵を軽く蹴ると、鉄製の柵がグジャッと折れた。
「……腐食してる」
「見て。これ、ただの腐食じゃないわ。柵に何か塗られている……毒、みたいな」
「毒?」
「ええ。私の精霊が嫌がってる」
「…………」
ハイセは柵をアイテムボックスに入れる。
「とりあえず持っていくか。ガイストさんに頼んで、新しい柵を設置してもらおう」
「そうね───……あら」
「ん、どうした」
「あっち」
プレセアが指さしたのは、霧に包まれた藪。
ハイセは大型拳銃を持ち、藪を掻き分けて進む……すると、そこにいたのは気を失っている少年、ロランだった。
「おい、しっかりしろ……おい」
「うぅ……ぁ、あれ」
「おい、大丈夫か?」
「あいてて……え、ええ。あれ、みんなは? って、っハイセさん!?」
「落ち着け。事情を説明してやる」
ハイセは事情を説明すると、ロランが「そんな……」と項垂れた。
どうやら、仲間に迷惑をかけたことで落ち込んだようだ。
プレセアが言う。
「どうして道から外れてこんな藪の中に?」
「えっと……森の入口付近を探索してたんですけど、もう少し奥まで行けるかなと思いまして……仲間たちと相談して踏み込んだんです。で、帰ろうとしたら……ええと」
ロランが後頭部をさする。
「なんだろう。いきなり頭を殴られたような? 霧が深くて、みんなが先に行っちゃって……で、ハイセさんが起こしてくれたんです」
「……殴られた、ね」
きな臭い。
なんとなくハイセは嫌な予感を感じていた。
すると、プレセアが気付く。
「───ハイセ、精霊が教えてくれた。この先にある柵が壊れて、地面が崩れた場所があるみたい」
「……サーシャの可能性は?」
「高いわね。滑り落ちたのかしら」
「よし。俺が行く。お前は、こいつを連れて先に出ろ」
「……帰りはどうするの?」
「マーキングしてある。報酬は帰ったら支払うからな」
「……わかった。いちおう、精霊をくっつけておく。ちょっといい?」
「ああ」
プレセアは、ハイセの手に口づけをする。
「なっ」
「……はい、おしまい。私の精霊があなたにくっついたわ」
「く、口を付ける必要はあったのかよ」
「ええ。じゃ、気を付けてね」
プレセアは、困惑するロランを連れてさっさと行ってしまった。
少し耳が赤かったのは、気のせいだろう。
◇◇◇◇◇
温かな腕に包まれていた。
身体が軽くなり、ぬるま湯に浸かっているような気さえする。
『意識は……あるのか、ないのか。頭でも打ったのか』
どこか、懐かしい匂いもした。
サーシャは、甘えたくなった。でも、ぼんやりしてよくわからない。
『口、開けろ。回復薬だ。とりあえず応急処置はする……ピアソラが合流したら治してもらえ』
うん、と言いたいが声が出ない。
口に指が突っ込まれ無理やり開けられ、甘いシロップのような液体が流れ込んでいく。
不思議と、痛みが薄らいだ。
腕と足に何か巻かれているような感覚がする。
身体がふわりと浮き上がり、聞こえてくる声が言った。
『夜になると凶暴な魔獣が徘徊する。その前にここから出よう』
サーシャは、懐かしい声を聞きながら、そのまま意識を手放した。





