成長の代償②
「…………してやられたな」
サーシャは一人、霧に包まれた森の中を歩いていた。
右も左もわからない。初めて来る場所ではないが霧が濃すぎてどこなのかわからないのだ。
なんとなく、妙だとは思っていた。
あの男……クラン『ジャッジメント』のクランマスター、ケイオスから話を聞いた時から。
サーシャは森を進む。
霧に包まれた森。名前も『濃霧の森』を、ただ一人で。
「早く、帰らないと……───ッッ、ぁッ」
がくんと、地面の底が抜けた。
見えなかった。
サーシャは、地面に飲み込まれ、全身を強打し意識を失った。
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
時は巻き戻る。
クラン『セイクリッド』のホームに、クラン『ジャッジメント』のマスターであるケイオスがやって来た。
話の内容は、『セイクリッド』の下に付きたい。というもの。
クランマスターとしては断る理由はない。クランの下にクランが付くのはありふれているし、最近依頼が多く処理しきれない案件も多い。『ジャッジメント』のような大型クランが下に付けば助かる。
それに、最近は別のクランを抜け、『セイクリッド』に加入するチームも多かった。
かつて所属していたクランが、新しく加入したクランの下に付くというのもよくある話で、揉め事が起きることもあったが……今の『冒険者法』では、そこまでのルールはない。クランの揉め事は全てクランマスターの責任。そういうのも含めてのクランマスターだ。
「で、いいのかい? お嬢ちゃん」
「…………」
クラン『セイクリッド』の応接間に、ケイオスとサーシャが向かい合う。
サーシャは厳しい表情をしながら言った。
「まず、その『お嬢ちゃん』というのをやめてもらおうか。クラン『ジャッジメント』のマスター、ケイオス殿」
「おっと、それは失礼。では、クラン『セイクリッド』のマスター、サーシャ殿……あなたのクランを『親』と認めてくれるのかい?」
一般的に、クランの下に付くクランは『子』で、その上は『親』となる。
現在、クラン『セイクリッド』の下には、七つのクランが『子』として加入していた。
サーシャは小さく頷いた。
「いいだろう。では、契約だ」
何も言わずに背後にいたタイクーンが、羊皮紙をテーブルに置いた。
『クラン同盟証書』……『誓約』という能力で作成された特殊な書だ。ここに書かれていることを破れば、『誓約』により罰を受ける。
内容はシンプルだ。『クランを裏切らない』……それだけ。
ケイオスは署名する。そして、指をかみ切り、血を書類に押し付けた。
「これで、クラン『セイクリッド』の下に入ったことになるな」
「ああ」
「ふ、じゃあさっそく……ウチのメンバーを数名、ここに常駐させる。部屋はあるかい?」
「案内させよう」
サーシャは立ち上がり、部屋を出ようとした。
すると、ケイオスが言う。
「サーシャ殿」
「なんだ」
「以前、スタンピードの前……あんたを侮辱したことについて謝罪する」
「…………」
「あんたは警戒してるようだが、十七の小娘が四大クランに認められ、禁忌六迷宮を踏破したことに関しては本気で驚いてるし、尊敬してるんだぜ?」
「そうか。ではな」
サーシャはそれだけ言い、部屋を出た。
ケイオスは鼻を鳴らし、ソファに寄り掛かる。
すると、タイクーンがケイオスの向かい側に座った。
「気付いていないのか?」
「あ?」
「きみの薄ら笑い、何かを企んでいる小悪党そのままだぞ。警戒するなというのが難しい……うちにはクラン『ジャッジメント』からの移籍チームも多い。揉め事だけは起こさないでくれよ。『誓約』を破ってどうなるか、知りたくはあるまい」
「怖いねぇ……」
「信頼してほしければ、行動で示すんだな」
ケイオスは「へいへい」と言い、煙草を吸いはじめた。
◇◇◇◇◇◇
クラン『ジャッジメント』が加入し数日が経過。
クランに『セイクリッド』から依頼が回されるようになったり、抜けたチームが再加入したりと、『ジャッジメント』は少しずつ、昔のように活動できるようになった。
ケイオスの右腕であるキントは不満そうに言う。
「頭ぁ、真面目すぎませんか?」
「あ?」
「いやだって、あんなカッコよく『大人のおしおきしてやるよ』とか言ってたのに、真面目すぎじゃないっスか……てっきり、サーシャを陥れるのかと」
「アホ。加入してすぐに妙なことやらかしたら、犯人はオレだってバレちまうだろうが。それに『誓約』の能力もあるし、ヘタな真似できねぇんだよ」
「はあ……」
「ま、しばらくは真面目にやったおかげでいろいろ見えた。まぁ見てろ……」
「頭、カッコいいところ見せて下さいっス!!」
「うっせぇ!!」
◇◇◇◇◇◇
ある日。いつものように事務仕事を終えたサーシャは、久しぶりに冒険者ギルドへ。
ガイストに挨拶するためギルマス部屋へ。
「ガイストさん、お久しぶりです」
「おお、サーシャか。久しぶりだな……パーティ以来か」
ソファに座ると、ベテラン受付嬢が紅茶を運んできた。
サーシャは紅茶を啜り、小さくため息を吐く。
「ふぅ……」
「お疲れのようだな」
「ええ、まあ……クランマスターって、かなり忙しいと改めて実感しました。事務員は雇ったんですが、私が見ないといけない書類が多くて……」
「そういうものだ。ワシもクランマスターをしていた時期、寝る暇もないくらい書類を眺めていたからな」
「……そういえば、ガイストさんもクランを作ったんですよね。今は?」
「ワシの甥っ子に任せているよ。アレはワシなんかよりも遥かに優秀だ」
「ええと……王都で、ですか?」
「いや、北にある『聖十字アドラメレク神国』だ」
「……確か、人間主義者の」
「それはもう昔の話。確かに、異種族排除の歴史はあるし、今も多少は残党がいる……だが、クロスファルド殿がいる限り、問題はない」
「そうですか……」
サーシャは紅茶を飲む。
北にある最大の国、『聖十字アドラメレク神国』は、神が降り立ち人間に『能力』を与えた地であると言われている。全てを司る『創造神アドラメレク』を神として祀る、人間界最大の神殿『神聖アドラメレク大神殿』があり、そのお膝元に最強の『剣聖』クロスファルドがクランマスターとを務める『セイファート騎士団』がある。
かつてガイストがマスターであったクランは『ベア・ナックル』と言い、加入条件は『武器を持たざる者』であり、徒手空拳では最強と言われているクランだ。
「正確に言えば、『ベア・ナックル』はワシが作ったんじゃない。ワシの姉が作り、ワシが二代目なんだ。で、今はワシの弟子でもあった姉の子がマスターなんだよ」
「が、ガイストさんのお姉さん? 初めて聞きました……というか、ガイストさんが二代目だったんですね」
「まあな。姉が妊娠したのが理由で、マスターをワシに譲ったんだ。甥っ子とは手紙でやり取りしておる……ふふ、ワシに『帰って来い』と必ず手紙の最後に付けるのが、なんとも可愛らしくてな」
「は、はあ……」
ガイストは嬉しそうだ。
ガイストの甥に、サーシャは会ってみたいと思った。
「まぁ、お前たちもいずれ北に行くのだろう? 紹介状を書くから、会ってくるといい」
「え?」
「『破滅のグレイブヤード』に行くのだろう? あそこは『聖十字アドラメレク神国』を通らないといけない場所だ」
「あ、そうでした。というか……まだ出発の準備が整わないんですよね。全く」
パーティから何日も経過している。
陛下から『破滅のグレイブヤード』に、禁忌六迷宮の一つである『ドレナ・デ・スタールの空中城』に関する情報があるという話を聞いてから、未だに動くことができないでいた。
サーシャは紅茶を飲み干す。
「ガイストさん、そろそろ仕事に戻ります」
「ああ。いつでも来い」
「は「さ、サーシャさん!!」
と、ギルマス部屋のドアが思いきり開かれ、受付嬢のミイナが飛び込んで来た。
「あ、サーシャさん!! 今、緊急で依頼が入りました。チーム『サウザンド』のリーダー、ロランさんが『濃霧の森』で迷子になったみたいです!! チームメイトの皆さんが救助の依頼を出してまして……」
「何……? 濃霧の森だと?」
「は、はい……あそこはB級以上の冒険者じゃないと厳しい場所です。C級に昇格したばかりのロランさんじゃあ、厳しいかも……」
「私が行こう。ミイナ、レイノルドたちに報告を頼むぞ」
「は、はい」
「待てサーシャ、あそこは常に霧が発生している森だ。ベテランでも迷子になることが多い。準備を整えてから───」
「大丈夫です。あそこは何度も行っている。地形も、霧が濃くなる時間帯も把握しています」
そう言い、サーシャは部屋を飛び出した。
ミイナも、レイノルドたちに報告するために飛び出し、残ったガイストはため息を吐く。
相変わらず、サーシャは仲間を大事に思っているようだ。
すると、部屋のドアがノックされた。
「失礼します。あの、ガイストさん……サーシャが飛び出して行ったんですけど、何かあったんですか?」
部屋に入ってきたのは───ハイセだった。