タイクーンの研究
A級冒険者タイクーン。
能力は『賢者』で、バリバリの戦闘系。だが、本人は攻撃魔法より支援魔法を得意とし、後衛で味方の強化を専門とする。
攻撃魔法を使えないわけではない。ただ、あまり使いたくないのだ。
せっかく、『賢者』という、回復以外の魔法を全て使用することが可能なレア能力なのだが……本人は支援以外の魔法を使う気は、あまりない。
そんなタイクーンは、クラン『セイクリッド』のホームにある自室にいた。
「……よし」
眼鏡をくいっと上げ、百枚以上ある羊皮紙の束をまとめてカバンに入れる。
カバンに支援魔法をかけ、防水、防火、硬化の魔法までかけた。
これらは、タイクーンの研究書。
禁忌六迷宮に関する、タイクーンの意見や考察などをまとめた物である。
タイクーンは、カバンを持って部屋を出た。
「タイクーン。どこかへ行くのか?」
「サーシャか。ああ、王城にいるデミウルゴス老師の元へな」
「デミウルゴス……? ああ、タイクーンの師であったか」
「そうだ。偉大なる歴史家にして、研家家。エルフの中のエルフ、ハイエルフと呼ばれた悠久を生きる偉人。世界初の『賢者』にして、ボクの恩人」
「わ、わかったわかった。用事があるんだな?」
サーシャは興奮するタイクーンを押さえた。
タイクーンは、少年のように目がキラキラしている。
「そうだ!! 見てくれ、ボクがまとめた禁忌六迷宮についての研究書だ。ふふふ、これから老師に見せてくる。ああ……老師がどんな顔をするのか楽しみだ。いくら老師でも、禁忌六迷宮に関することで、踏破したボクほどの研究は進んでいないはず。ククク、老師の驚く顔を見るのが楽しみだ」
「そ、そうか」
サーシャの眼前に研究書を突きつけるタイクーン。
サーシャは、タイクーンの肩を押しつつ言った。
「その熱量。懐かしいな……初めて会った時も、お前は熱く燃えていた」
「そうだったか? よく覚えていないな」
「ふ、私は覚えている。お前は何度もよそのチームを追放されたり、自ら出て行ったりしていたな」
「ああ。フン、頭の悪い連中ばかりで嫌気が差していたころの話だな」
サーシャは、タイクーンとの出会いを思い出す……。
「おっと、悪いが回想に付き合っている暇はない。ではまた」
「っと……あ、ああ」
サーシャは、思い出しかけていた光景が一瞬で消えてしまった。
そのままスタスタと去るタイクーンを、サーシャは見送る。
「やれやれ。おっと、ピアソラを待たせているんだった」
サーシャも、急いでピアソラの元へ向かった。
◇◇◇◇◇
タイクーンは、サーシャが『お願い』を聞いてくれたおかげで、ハイベルグ王城への出入りが自由となっている。
ハイベルグ王城の図書室のドアを豪快に開けると、窓際にある揺り椅子に一人の老人が座っているのを見つけ、速足で向かった。
そして、目を閉じている老人に、自分の書いた研究書を突きつける。
「師匠!! 禁忌六迷宮に関する論文を書いた。読んでくれ!!」
図書室ではお静かに……というのが普通なのだが、タイクーンは無視。
老人は片目を開け、大きな欠伸をした。
「やかましいのぉ……まったくタイクーン、図書室では静かにするもんじゃぞ」
「いいから読んでくれ。師匠、今度こそあんたの驚く顔が見れそうだ!!」
「あー……わかったわかった。まったく。おいタイクーン、茶を淹れてこい。渋い茶を頼むぞ」
「むぅ……わかった」
タイクーンは、渋々と受付にいる司書の元へ。
その後ろ姿を見ながら、老人ことデミウルゴスは大きな欠伸をした。
「どーれどれ。坊主の書いた作文でも読もうかの」
デミウルゴス。
種族はエルフだが、耳の長さが普通のエルフよりも長く、エルフ族の特徴であるエメラルドグリーンの髪は真っ白になり、深いシワが顔中に刻まれ、真っ白な髭が生えている。
デミウルゴスは、ただのエルフではない。
数千年を生きるハイエルフだ。エルフは千年を超えたあたりで老化が一気に進み、ハイエルフに成ると言われている。
デミウルゴスは、最古のハイエルフの一人として、エルフ族では神聖視されている。
だが、そんな神様みたいな、腫れ物のような扱いに嫌気が差し、エルフの国を出てハイベルグ王国のスラム街に近い家で一人暮らしを満喫……知識を買われ、今は王城の司書長として雇われている。
外部から、図書室の管理を任されるというのはなかなか異例のことだ。
デミウルゴスは、タイクーンの論文をぺらぺらと読んでめくる。
「どうだ、師匠!!」
「うるさい。少し落ち着かんか……まったく」
「はやく、はやく感想を!!」
「あ~~~……やっかましいガキじゃのぉ!!」
「いいから早く読め!! さぁさぁ!!」
「……もうお前には何を言っても無駄じゃの」
デミウルゴスは、タイクーンを無視して論文を読む。
想えば、このタイクーンとの出会いもおかしなものだった。
ハイベルグ王国の平民として生まれたタイクーン。デミウルゴスの住んでいた隣の家にいた少年で、友達と遊ぶより、本を読むのが好きな子供だった。
なんとなく、持っていた本をあげた。
その翌日、タイクーンはその本を持ってデミウルゴスの元へ。デミウルゴスは「つまらんかったか?」と苦笑し本を受け取ったが、タイクーンは「もう読んだ」と答えた。
さすがに噓だろうと思ったが、タイクーンはその場で、暗記した本の文をぺらぺらと語り出したのだ。
デミウルゴスは面白がり、自分の持っていた本や、自分の知識をタイクーンに教えた。
そんな生活が長く続き、デミウルゴスは『師匠』と呼ばれるようになる。そして……なんとタイクーンに、自分と同じ『賢者』の能力があることを知り、驚いた。
デミウルゴスは冒険者を勧めた。そして、それを機に引っ越し。王城の司書にスカウトされ、住み込みでのんびり働いていた。
ある日。タイクーンの所属するチームが昇格したと聞き、喜んだ。
そして、順調に等級を上げ、久しぶりに再会したタイクーンの一言はこうだった。
『師匠!! 今までどこに行っていた!? ええい、そんなことより、読んで欲しい論文や研究書が山ほどある!! なにぃ? 王城の図書室で働いている? それじゃあ気安く会いに行けないじゃないか!!』
それからしばらく時が経ち……『セイクリッド』が禁忌六迷宮を踏破。
タイクーンが、図書室に自由に出入りできるようになり、デミウルゴスとの交流が再開したのだった。
そして、今に至る。
「…………ほう」
面白い論文だった。
禁忌六迷宮は、この世界の文明ではない、遥か昔の文明技術の結晶。
魔族。そして『七大災厄』……どれも、デミウルゴスの知らない話。
面白く、ついついニヤけてしまう。
読み終わり、論文をテーブルへ置き、渋い茶を啜った。
「どうだった、師匠」
タイクーンは、子供のころから変わらない、屈託のない笑みでデミウルゴスを見る。
本当に、『調べる』ことが好きな笑顔。かつてのデミウルゴスと同じ笑顔だった。
「まだまだじゃの」
だからこそ……満足してはいけない。
タイクーンは若い。まだまだ、面白いことはたくさんある。
そう言うと、タイクーンは笑う。
「やはりな。禁忌六迷宮というのに、まだ一つのダンジョンに関する考察しか書いていないから満足できないのは当然だ。む……ハイセが攻略したデルマドロームの大迷宮についてどう書けばいい? ハイセに聞くしかないか。うむむ、自分で調べてみたいが仕方あるまい。それに、禁忌六迷宮はまだ残っている。ふふふふ、湧いてきた、湧いてきたぞ!! 師匠、すまんがやることができた。では!!」
タイクーンは一人で喋り、納得したのか風のように去った。
デミウルゴスは、揺り椅子に深く座る。
「やーれやれ……また、あいつが来るまでのんびり待つとするかの。ふふ、ワシにとっても楽しみがあるというのはいいことじゃ」
そう呟き、デミウルゴスは揺り椅子に揺られながら目を閉じ、大きなイビキを搔き始めた。