サーシャの散歩
禁忌六迷宮・踏破パーティーが終わった数日後。
サーシャは、王家から届いた書状を読み、丁寧に畳んで机の引き出しに入れた。
内容は、『ドレナ・ド・スタールの空中城』に関する地図。その地図がある『破滅のグレイブヤード』に関する情報だ。
サーシャは、禁忌六迷宮を踏破してすぐ王と謁見し、残りの禁忌六迷宮について情報があれば教えてほしいとお願いしたが、こんなすぐに次の迷宮の手掛かりがあるとは思わなかった。
だが、今はクランの成長時期だ。ただでさえ、半年以上留守にしていたので、仕事が山積みだ。
事務員を増員して処理し、王都郊外に建設中のクラン『セイクリッド』の総本部も完成が近い。
情報があるからと、すぐに向かうわけにはいかない。
それに───……王は、こう言った。
『破滅のグレイブヤードに挑むなら、ハイセも連れて行くように。あそこはある意味、禁忌六迷宮よりも危険な場所だ』
噂で聞いたことがある。
破滅のグレイブヤード。禁忌六迷宮を除いた確認されているダンジョンで最難関の一つ。SS以上の高レート魔獣が闊歩し、休む間もなく襲ってくる場所。
そして、魔獣の墓場とも呼ばれている。死した魔獣の魂は全て、破滅のグレイブヤードに集まるという話もあった。
サーシャは、小さくため息を吐き背伸びする。
「いかんな。少し、気を張りすぎているかも……」
今日は仕事だが、明日は休みだ。
休んでいる暇などないが、仲間たちが『とにかく休め』と言ったり、クランメンバーからも『サーシャさんは働きすぎ。サーシャさんが働いていると、他のクランメンバーが休めない』と言うので、サーシャも休むことになったのだ。
サーシャは、眉間を軽くマッサージし、山積みの書類に手を伸ばした。
◇◇◇◇◇◇
翌日。
久しぶりにサーシャは私服に着替え、剣を持たず王都へ出かけた。
最初は『休んでいる暇などない』と思っていたが、いざ休むとなると全力で休むのがサーシャだ。今日一日は冒険者ではない、十七歳の女の子として町を歩く。
荷物は、財布の入ったバッグだけ。
ピアソラの選んだロングスカートとシンプルなシャツ姿で、のんびり王都を歩く。
「古書店にでも行こうかな……」
城下町は、活気にあふれている。
すれ違う冒険者たち、商人の乗る馬車、大きな木箱を運ぶ屈強な男。
冒険者の目線で見る王都と、休日を満喫する目線で見ると、ずいぶんと変わって見えた。
「とりあえず、朝食───……ん?」
「あら」
なんとも偶然だろうか。
プレセアだ。
私服なのだろうか、弓を持っておらず、装備も身に付けていない。
首を傾げ、サーシャに言う。
「珍しいわね。あなたの私服」
「今日は休日だ。そういうお前も、私服とは珍しいな」
「ええ。ハイセとデートなの」
「えっ……!?」
「冗談よ。ふふ、ハイセが絡むと、あなたって普通の女の子ね。いい顔見れたわ」
「む、む……ひ、人をからかうのはよろしくないぞ」
「ごめんなさい。そうね……お詫びに、朝食を奢るわ。そこのカフェでどう?」
プレセアは、答えを聞く前に歩き出した。
サーシャは慌てて後を追い、プレセアの選んだ小さなカフェへ。
まだ早朝で、数名の客がいる。プレセアは窓際の二人席に座り、店員に「モーニング、二つ」と注文した。サーシャがようやく座る。
「慣れているな」
「ここ、私が朝食を食べてるお店なの」
「そうなのか……うん、いい感じの喫茶店だな」
「そうね」
すると、モーニングが運ばれてきた。
トースト、ベーコンエッグ、サラダ、スープだ。ありふれた朝食セットだが、サーシャが好きな物ばかりでつい顔がほころんでしまう。
さっそく、二人は朝食を食べ始めた。
「ところで、今日の予定は?」
「古書店にでも行こうと思っていたが。プレセアは?」
「私も同じ。休みはだいたい、古書店かハーブ園ね」
「……ハーブ園?」
「ええ。郊外に農地があって、一角を借りてるの。そこで薬草とか、茶葉を育ててるの」
「ほう……」
「私、エルフだから。植物関係は得意よ。それに、姉から薬草や種が送られてくるの。育てれば薬になるような物ばかり」
「…………」
「羨ましいの? ところで、あなたの趣味は?」
「しゅ、趣味? えっと……読書、鍛錬」
「ふぅん」
なんとなく、サーシャは恥ずかしかった。
趣味と言われ、出てきたのは読書と鍛錬。十七歳の女の子とは思えない。
窓から外を見ると、サーシャと同年代の女子が、綺麗なアクセサリーや帽子を被って、男性とお出かけしている光景が見えた。
「ハイセとお出かけしたい?」
「へっ!? な、なんでハイセが出てくる!?」
「それとも、レイノルド? タイクーン? それとも、クレス殿下?」
「な、何が言いたい……」
「好きな人、いないの? 私はハイセの子供、欲しいけど」
「ここここ、コ、子供ッ!? ななな」
「冗談よ」
サーシャは真っ赤になり、テーブルにあった水を一気飲みした。
「お子様にはまだ早かったわね」
「おおお、お子様じゃない!! 私は十七歳、立派な大人だ!! そういうお前はいくつなんだ!?」
「十七。ふふ、同い年ね」
「~~~っ!!」
戦闘では無敵の強さを誇るサーシャだが、口ではプレセアに勝てそうもなかった。
◇◇◇◇◇◇
プレセアが「ハーブ園、一緒に来る?」というので、サーシャはついて行くことにした。
古書店もいいが、なんとなく「新しい趣味」が欲しくなり、きっかけになればとハーブ園を見ることにしたのだ。
ハイベルク王国の西門から出て少し歩くと、鉄の柵に覆われた農地が見えた。
プレセアが入口で許可証を見せると、門が開き中へ。
「厳重だな……」
「もう魔獣が現れるエリアだから。鉄の柵で守りつつ、冒険者の護衛もいるわ」
「───……おお」
園内に入ると、花やハーブの香りがした。
花に疎いサーシャにはわからない。だが、甘くいい香りというのはわかった。
プレセアが歩きながら言う。
「花、野菜、ハーブを育てる農園ね。あっちは樹木エリア」
「樹木も育てているのか?」
「ええ。木になる実とかあるしね」
「なるほど……」
「そして、ここが私の農地」
木の柵に囲まれた農地だった。
サーシャにはよくわからないが、シートが被せてあったり、鉄の棒と透明な布を組み合わせた家のようなモノに覆われていたり、よくわからない。
その前に、木の柵に覆われた農地は、かなり広かった。
「ひ、広すぎないか……? 『セイクリッド』のクランホームにある訓練場よりも広いぞ。これを一人で管理するとなると、冒険者なんてやってる暇がないんじゃ……」
「別に、そんなことないわ。『能力』で管理してるから」
プレセアが手を農地に向ける。
「『水』よ」
すると、プレセアの前に大きな『水の玉』が現れ、農地の上にフワフワ浮かぶ。
プレセアが指を鳴らすと、水の玉からシャワーのように水が噴き出した。
「なるほど……手作業ではない、能力を利用するのか」
「戦闘以外にも使い道のある能力で助かってるわ」
他にも、土の精霊に命じて雑草を抜いたり、風の精霊が肥料を撒いたりしてくれる。
プレセアは、ハーブをいくつか採取し、小瓶に入れた。
「はい、あげる」
「え……」
小瓶には、採取したばかりの赤いハーブが入っていた。
「これ、ユグドラにしかない『赤茶葉』なの。乾燥させなくても、このままティーポットに入れて飲めるわ。乾燥させると味に深みが出るから、いろいろ試してみて」
「い、いいのか?」
「ええ。付き合ってくれたお礼」
プレセアはにこっと笑った。
サーシャは、小瓶を胸に抱いて言う。
「その……ありがとう」
「ええ。っと……お腹、空いてきたわね。そろそろお昼食べに行かない?」
「そうだな。では、お昼は私が奢ろう。いい焼肉屋を知っているんだ」
「……まあ、いいけど」
焼肉屋と聞き、プレセアは「サーシャらしいわね」と呟いた。
◇◇◇◇◇◇
夜、サーシャは自室に戻り、プレセアから貰った茶葉をポットに入れた。
カップに注ぐと、赤い茶が満たされる。香りはどこか甘く、飲んでみるとやはり甘い。
「……美味しい」
乾燥させたら、どんな味になるのだろうか。
そういえば、タイクーンが紅茶に詳しかった。
そんなことを思いながら、サーシャは一人、夜のティータイムを楽しんでいた。





