パーティー翌日/戻ってきた日常
パーティーの翌日。
「はぁぁ~~~……」
「おいピアソラ、不景気なため息吐くんじゃねぇよ」
「うるさい。私、今すごく憂鬱ですの。話かけないでくださる?」
チーム『セイクリッド』の定例会議が終わった。
すると、ピアソラが大きなため息を吐き、机に突っ伏したのだ。
レイノルドが首を傾げていると、サーシャが言う。
「そういえばピアソラ、最近元気がないな」
「うぅ~……サーシャは私をよく見てくれてますわぁ~」
「ね、ね、もしかしてだけど、あのツルツルのおじさんが関係してる?」
「ツルツルのおじさん……ロビン、相手は『教会』の枢機卿だぞ」
タイクーンが眼鏡をくいっと上げる。ピアソラは、机に突っ伏したまま言う。
「その通りですわ。私の元上司で、『聖王』の能力を持つ教会のトップ……私、あのお方がどうも苦手ですの。その、なんというか……怖い」
「ぶははっ、ピアソラが恐いとか、マジか?」
「レイノルド、茶化すな」
サーシャに怒られ、レイノルドは「へいへーい」と手を振る。
サーシャのところにも挨拶に来た。ガイストと同期の元S級冒険者で、今もクラン『アスクレピオス』を運営するクランマスターでもある。
ハイベルク王国が管理する『回復系』能力者が所属する『教会』の枢機卿。回復系能力者の中で最も強大な力を持ち、限定的な条件で死者の蘇生すら可能という。
現に、サーシャもその力を実感していた。
「凄まじい回復能力だったな。あれほどの能力、なかなか拝めない」
「私よりも数段、回復が上ですわ。私の最高技である『聖女の奇跡』を、杖を振るだけで使えるようなお方ですもの」
「ふむ、ではなぜ恐れる? ボクには理解できんぞ」
タイクーンが訝し気にピアソラを見ると、ピアソラはタイクーンに顔を向けた。
「だって、あのお顔……恐いんですもの」
「……それだけか?」
「そ、それだけ、って……あなたたち、怖くないんですの!? 全身筋肉の塊で、ずっとニコニコしてて、刺青入ってるし、笑うと怖いし、女の子みたいだし……!!」
ガバッと顔を上げ、全員に言う。
「オレは別に。デカいし筋肉すげぇし、前衛っぽいなーとは思ったけどよ」
「あたしも別に~? 前に城下町でおっきなフルーツ盛り合わせ食べてたよ?」
「ボクも気にならん。趣味嗜好はそれぞれだろう」
「うーむ。私も特に気にならんぞ。むしろ、かなりの強さを感じた。一度手合わせ願いたいくらいだな」
「な、な……」
どうやら、怯えていたのはピアソラだけのようだった。
◇◇◇◇◇◇
パーティー翌日。
ハイセは、宿屋の一階にある小さな食堂で紅茶を飲んでいた。
食堂といっても、受付カウンターの隣に小さな仕切りがあり、そこに食事用の椅子テーブルが並んでいるだけのスペースだ。
ハイセがいない間に、少しだけ変化したようだ。
紅茶を啜り、新聞を読んでいると、気になる記事があった。
「ん? おお……レイノルドが、S級冒険者になるのか」
そこには、『クラン『セイクリッド』所属の盾士レイノルド、S級冒険者昇格まで秒読みか』とあった。
確かに、レイノルドの実力ならS級冒険者になるのも当然だろう。
記事を読むと、レイノルドのインタビューまであった。
「『クランからの脱退意志はない。これからもセイクリッドの盾士として活動する』か……あいつらしいな」
新聞を読み終え、アイテムボックスに入れる。
カウンターで同じ新聞を読む店主の前に、金貨を置いた。
「延長一ヵ月。新聞、紅茶付きで」
「……はいよ」
半月に一度のやり取りを終え、ハイセは宿を出た。
そのまま、冒険者ギルドへ向かう。
昨日話した『空中城の地図』に関する依頼は、まだ時間がかかるようだ。近々、チーム『セイクリッド』からハイセに依頼が入るだろう。
それまでは、普通の冒険者として活動するハイセ。
ギルドに到着すると、見慣れた顔があった。
「ん? ハイセじゃん」
「……相変わらず、遅いわね」
ヒジリとプレセアだ。
互いに依頼書を手に、受付が空くのを待っているようだ。
ハイセは適当に手を上げると、なぜか二人は傍へ。
「もうロクな依頼ないよ。アタシのこれが一番強い魔獣討伐っ!!」
ヒジリの依頼書には、『討伐レートS+ キリングヴァイパー討伐』と書かれている。
東へ向かう途中にある大沼に、巨大な蛇魔獣が住みついたようだ。
「サーシャほどじゃないけど、そこそこ楽しめそうね。じゃぁね~」
ヒジリはウキウキしながら受付へ。
プレセアは無言で依頼書を見せる。
「……バオバの実、採取。希少なものだけど、私なら楽勝」
「いや、聞いてないけど……」
プレセアの『精霊使役』なら、探し物は大抵見つかるようだ。プレセア自身、そこそこ強いので、よっぽど危険な場所に出向かない限り、危険もないだろう。
プレセアは、依頼書をひらひらさせながら受付へ。
ようやく一人になったハイセは、すでにガラガラの依頼掲示板へ。
「ん~……どうすっかな。というか、けっこう依頼残ってるな」
現在、ハイベルク王国にあるクランの数は三百ほど。
そこに直接持ち込まれる依頼も多くあり、クラン『セイクリッド』にも数多くの依頼が持ち込まれている。それでもなお、冒険者ギルドには依頼が多く入る。
冒険者が足りていないのか、困っている人が多いのか。
「まあ、俺は俺にできること、やるか」
ハイセが手に取ったのは、南の街道に出現する『ファイアオーク』討伐の依頼書だった。
◇◇◇◇◇◇
「お前なぁ……やりすぎだっつうの」
「うぐ……」
ハイセが解体場で出した『ファイアオーク』の死骸は合計七体。
その全てが、半身が引き裂かれたようにボロボロで、内臓もほぼ消失していた。
解体場のトップであるデイモンが、頭を押さえる。
「ファイアオークの肉は珍味で高級食材だが、こんなボロボロじゃ売り物にならねぇぞ。あとはいい出汁になる骨くらいだけど……こんなボロボロじゃあ、全部の骨で一体分くらいの骨にしかならんぞ」
「そ、そうかな?」
「金貨十枚。どうする、現金にするか? カードに入れるか?」
「……現金で」
「はいよ」
デイモンは、解体場の金庫から金貨十枚を出し、ハイセに渡した。
ファイアオーク。
現地に着いた時、ちょうど商人である家族の馬車を襲っていた。馬車がボロボロにされ、父親がオークの拳で重傷を負い、幼い子供たちが両親を守ろうとしていた瞬間だった。
ハイセは無言でショットガンを展開。フルオートで連射すると、オークの半身がバラバラに吹き飛び、あっという間に七体を討伐した。
その後、父親を医者に運ぶと一命を取り止め、家族も安堵していた。
ハイセは、アイテムボックスから木箱を取り出し、デイモンに見せる。
「デイモンさん。これ、なんだかわかる?」
「ん? これは……ライアンスパイダーのシルクだな。ありふれた布だが、どうしたんだ?」
木箱には、引き裂かれた生地があった。
同じ箱があと二十ある。これは、ファイアオークに襲われた商人一家の積荷で、ハイセは全て回収してアイテムボックスに入れていたのだ。
「あと、この馬車だけど、修理できる?」
「うおっ!?」
ハイセは解体場に、壊れた馬車を出した。
「あのな、うちは解体場だぞ。直すのは専門外……と、言いたいが、別料金でやってやるよ」
「あ、悪い顔してる」
「ま、職務外の副業ってやつだ。どれどれ……ふむ、これくらいなら一時間あれば直せるな。素材、修理費込みで金貨一枚だ」
「じゃ、よろしく」
「まいどっ。へへ、ありがとよハイセ。今夜一杯どうだ?」
「いいけど、ダイモンさんの奢りだから」
「へいへい」
一時間後、ハイセは修理された馬車をアイテムボックスに入れ、解体場を出た。
◇◇◇◇◇◇
ハイセが向かったのは、平民向けの小さな医院。
そこに、商人の家族がいた。父親の手当てが終わり、子供たちが心配そうにしている。
ハイセが病室をノックすると、商人の妻がドアを開けた。
「あ、あなたは……」
「どうも」
「あ、おにいちゃん!!」
「カッコいいおにいちゃん!!」
「おう。お父さんの怪我、どうだ?」
「大丈夫だけど……父ちゃん、いたそう」
ハイセは、商人の元へ。
足に怪我をしたようで、包帯を巻いていた。
ハイセに気付くと身体を起こそうとするが、ハイセは止める。
妻は、子供たちを連れて部屋を出た。
「冒険者様。この度は命を救っていただき……」
「前置きはいい。さっそくだけど、商談がある」
「……え?」
「あんたの馬車にあった積荷、これ俺が全部買うから。値段は金貨十枚。それと、足りない分は馬車の修理で勘弁してくれ」
「……は?」
ハイセは金貨十枚をテーブルに置き、窓を開けてアイテムボックスから馬車を出した。
「お、お待ちください。金貨十枚って、ええと……わ、私の十年分以上の稼ぎで」
「子供に何か買ってあげろよ。あんたが怪我して倒れたとき、あんたと奥さんを守ろうとしてたぞ」
「え……」
「金貨十枚あれば馬も買えるし、しばらく生活できるだろ。じゃあな」
「あ、あの!!」
ハイセは病室を出た。
すると、子供たちが並び、ハイセに小さな銀貨を差し出した。
「にいちゃん、助けてくれてありがとう!!」
「これ、おれとにいちゃんの宝物。にいちゃんにあげる」
「……うん、もらっておくよ」
どこかの国の、古い銀貨のようだ。
ハイセは受け取り、ポケットへ入れた。
「じゃ、元気でな」
ハイセは子供の頭を撫で、そのまま医院を出た。
銀貨を指で弄び、再びポケットへ入れる。
「さーて、軽く飲んでから帰ろうかな……」
ハイセは大きく背伸びをして、ヘルミネのバーへ足を運んだ。





