禁忌六迷宮・踏破おめでとうパーティー③
今更だが、ハイセはこのパーティー名が『禁忌六迷宮・踏破おめでとうパーティー』が正式名称なことに何とも言えない気持ちになっていた。誰が考えたのかはすぐわかった……ロビンだろう。
会場の片隅で、ハイセは一人ワインを飲む。
気配を殺しているので、ハイセに気付く者は少ない。一緒に来たヒジリとプレセアも、ロビンと一緒にお喋りしたり、食事を楽しんでいた。
ガイストも、アポロンや国王と仲良くおしゃべりし、アイビスも仲間と懐かしい話に花を咲かせている。
レイノルドは貴族令嬢に囲まれ、タイクーンは学者風の貴族たちに囲まれ、ピアソラはサーシャの後ろで睨みを利かせて男除けをしている。
ハイセは、バルコニーへ出た。
「……帰ろうかな」
顔は出した。
挨拶はしていないが、サーシャに挨拶など今更だろう。
ヒジリをけしかけたことの文句くらいはあるかもしれないが、別に今でなくてもいい気もした。
ワインを飲み干し、バルコニーのテーブルへ置く。
そのまま帰ろうと、パーティー会場を出て歩き出した。
「帰るのか?」
すると、会場の外でサーシャが引き留めた。
振り返ると、髪を押さえ、どこか嬉しそうに微笑んでいる。
「ああ。ロビンに頼まれた義理は果たしたしな」
「そうか……」
「じゃあな」
そのまま手を振って歩き出すと、サーシャが小走りで先回りした。
「待て。私に何か言うことがあるんじゃないか?」
「えー……ああ、まあ」
「こっちに来い」
サーシャに袖を掴まれ、パーティー会場ではなくクランホームへ。
階段を上り、廊下を歩き、少し歩いた先にあるドアを開け中へ。
「……ここは?」
「私の私室だ」
「えっ……」
「男を入れたのは、お前が初めてだ」
シンプルな部屋だった。
大きなベッド、カーテン、テーブル、椅子、ソファ、執務机、本棚、クローゼット。どれもシンプルな造りで飾り気がない。あるとしたら、窓際に置かれている花瓶だけだ。
サーシャは、戸棚からワインを出し、グラスを二つ出す。
「少し、飲まないか?」
「……どういうつもりだよ」
「他意はない。なんとなく、お前と飲みたいだけだ」
「まぁ、いいけど」
なんとなく、ハイセも了承してしまった。
椅子に座ると、サーシャがグラスに赤ワインを注いでくれる。
「抜け出していいのか?」
「化粧を直すと伝えてきた。私も知らなかったが……女の化粧は、時間がかかるらしいぞ」
「なんだそれ」
ハイセはグラスを手にすると、サーシャもグラスを手にし、軽く合わせた。
チィーン……と、グラス同士が響き合う。
飲むと、上質な赤ワインだとわかった。
「ハイセ。どうして私に、ヒジリをけしかけた?」
「……なんでだろうな。俺がやるより、お前のがいいと思ったんだ」
「直感、というやつか。レイノルドやピアソラは怒っていたが、結果的に私も得る物があった。その点については感謝する」
「……ああ」
「だが、けしかけたことに関しては話が別だ。S級冒険者同士を争わせ、私を陥れようとも取れる行いだったぞ……冒険者ギルドに告発すれば、お前は処分されるだろうな」
「…………」
確かに、その通りだ。
ハイセがヒジリの挑戦を受けた時、そのまま無視したり、自分が受けるのは問題ない。だが、同じS級冒険者のサーシャが戦うように仕向けたことは問題だ。
ハイセはグラスを置く。
「そうだな…で、どうするんだ」
「……一つ、依頼をしたい」
「俺に?」
「ああ。正確には、チーム『セイクリッド』との合同依頼を受けて欲しい。それで、今回の件は無かったことにする」
「チーム『セイクリッド』との、合同依頼? レイノルドたちは知ってるのか?」
「いや、知らない。これから説明する」
「お、おいおい……」
さすがに、ハイセは困った。
まさか、チーム『セイクリッド』に同行して依頼を受けることになるとは思わなかった。
だが、ハイセは言う。
「同行は必要ない。その依頼、俺が一人で受ける」
「それはダメだ。今回の依頼は、王家から内密に受けた依頼でな……お前だから説明する。王家の依頼は、『禁忌六迷宮』の調査についてだ」
「ッ!?」
ハイセは目を見開いた。
禁忌六迷宮。残りは三つある。そのうちの一つは、サーシャが持つヒントにある。
サーシャは、ワインを飲む。
「ふぅ……どうする。今回は禁忌六迷宮そのものじゃない。禁忌六迷宮についての情報に関わる依頼だ」
「……わかった。一緒に受けよう」
「よし。ふふ……お前と一緒の依頼なんて、数年ぶりだな」
「かもな」
ハイセはワインを飲み干し、グラスを置いた。
「依頼は指名依頼でギルドに出してくれ」
「わかった。数日かかるが、王都に待機しててくれよ」
「ああ。他に用事は?」
「……ないな」
「じゃあ、帰る」
ハイセは部屋を出ようとすると、サーシャが立ちあがる。
「ハイセ」
「……」
「その……」
「…………そのドレス、似合ってる」
ポツリと言い、ハイセは部屋を出た。
「……───~~~っ」
サーシャは真っ赤になり、グラスにワインを注いで一気に飲み干した。
◇◇◇◇◇◇
ガラにもないことを言ったと後悔し、ハイセはパーティー会場へ。
いざ、会場内に踏み込もうと思ったが……見えたのは、知り合いばかりだった。
プレセア、ヒジリ。レイノルドたち。アイビス、バルガン。他にも顔見知りの冒険者たちや、クレスにミュアネといる。
ハイセは会場内に入らず、会場外にあった小さなベンチに座った。
「……はぁ」
一人で最強を目指していたはずなのに、いつの間にか知り合いだらけ。
サーシャは、きっとハイセの数倍以上、付き合いが増えただろう。
なんとなく、夜空を見上げていると。
「こんな言い方をしていいのか……ハイセ、お前は一人が似合う男だな」
「えっ……あ、こ、国王陛下!?」
ハイセは立ち上がり、跪いた。
国王陛下───バルバロスは、ハイセに立ち上がるよう許可。そのままハイセの座っていたベンチに座ると、隣をポンポン叩く。
国王陛下の隣に座るなんて───と言いかけたが、にこやかな笑みに何も言えなかった。
ハイセが座ると、バルバロスも空を見上げる。
「いい夜だな」
「は、はい」
一国の王が、隣に。
周囲の気配を探るが、護衛騎士が隠れているような気配もない。
「護衛はいない。ふふ、息子の『能力』で騙されておるよ」
「え……」
「それに、不届き者がいても、おぬしがいる」
「……あ、ありがとうございます」
ハイセは緊張していた。
だが、屈託のない王の笑みが、少しずつ緊張をほぐしてくれる。
「サーシャから、聞いたようだな」
「……禁忌六迷宮の情報、ですか?」
「うむ。禁忌六迷宮の一つ、『ドレナ・ド・スタールの空中城』が現れた位置を記した地図だ」
「!!」
ハイセは眼を見開いた。
禁忌六迷宮、『ドレナ・ド・スタールの空中城』……数千年前に一度、人間界のどこかに現れ、多くの冒険者を誘った伝説のダンジョン。
どこかの上空に現れ、地上に着地し、多くの冒険者たちが空中城の中へ入った。そして……誰一人、戻ってこなかった。
今となっては、どこに現れ、その後どうなったか不明。ハイセの古文書にもそれらしい記述はない。
「過去、一人だけいたのだよ。空中城に挑もうとしたが挫折し、空中城が現れても中に入らなかった冒険者が。その冒険者は、空中城が現れた位置を地図に正確に示し、浮遊後の進路を追い地図に示した。そして、その地図を懐に抱いたまま、行方不明になった……」
「……その地図は、どこに?」
「ここから遥か北。禁忌六迷宮を除いた、人間界屈指の危険地域にあるSSS級ダンジョン……『破滅のグレイブヤード』だ。その最奥に、地図がある」
「なんでそんなことがわかるんですか?」
「ふふ、疑うのも無理はないな。これは本当に偶然だが、空中城の進路を記した地図……仮に『空中城の地図』としようか。その地図を書いた冒険者の子孫が、その冒険者が妻に残した手紙を、妻の墓から見つけたのだ。それで地図の存在がわかったのだよ……まぁ、その手紙が本物かどうかもわからんし、そんな地図が本当にあるかもわからんがな」
「……っ」
「だが、手掛かりにはなる」
ハイセは、無意識のうちに立ち上がっていた。
「ハイセ。一人でやるという考えは構わん。だが……これは王としての命令だ。クラン『セイクリッド』と協力し、SSS級のダンジョン、『破滅のグレイブヤード』を攻略せよ」
「……わかりました。でも」
「仲間ではない、同行者として……だろう? それと、お前にはもう一つだけ、頼みがある」
「え?」
ハイセは『王の頼み』を聞き、了承した。





