勉強会
サーシャとヒジリの戦いが終わった二日後。
ハイセはいつも通り、冒険者ギルドへ向かい、依頼を物色していた。
すると、ハイセの背中をバシッと叩くヒジリが現れた。
「おはよ、ハイセ」
「いちいち叩くな」
「つれないなー、二日ぶりの挨拶じゃん」
ヒジリは、アポロンの治療で怪我が全快したが、休養という形で休んだ。
その間、ヒジリ討伐の依頼は撤回。一人の冒険者としてここにいる。
だが、ハイセは面倒そうに言う。
「お前、王都に滞在するのか?」
「そりゃそうよ。サーシャと決着つけないといけないし、アンタもいるし」
「俺はいつでもいい」
そして勝つ。そして早くどっか行け……というのが本音だ。
正直、ハイセはヒジリのテンションが苦手だ。ミイナとは違う、独特な『やかましさ』が受け入れにくい。ヒジリが嫌いというわけじゃない。まっすぐ強さを求め突き進むパワーは尊敬できる。
「ま、しばらく『最強』は預けとく。アタシもまだまだ強くなれるしね」
「…………」
「あ、待ってよー」
ハイセが無視して歩きだすと、ヒジリも付いてきた。
「ね、ハイセ。今日のこと覚えてるよね」
「……パーティーだろ」
「そうよ。サーシャ主催の『禁忌六迷宮踏破おめでとうパーティー』……ふふん、実はアタシも呼ばれてるのよね」
「お前も?」
「うん。サーシャが『ヒジリ、お前もパーティーに招待しよう』って。お昼にドレス合わせとかあるみたい。めんどくさいからパスしたいんだけど、プレセアがやかましいからね」
いつの間にか、プレセアと仲良くなっている。
聞けば、冒険者ギルドが紹介した宿を出て、プレセアが拠点としている宿に部屋を移したそうだ。しかもプレセアの部屋の隣になるように、宿の主人に頼みこんで。
サーシャとも仲良くなり、決闘の翌日には普通にクランに出入りしたとか。ピアソラの機嫌が悪くなるだろうなと、ハイセは適当に思った。
「依頼、受けるの?」
「いや、今日は碌なのがない」
最初から受けるつもりはない。
今日はサーシャ主催のパーティー……ギルドに来たのは、なんとなく暇だったからだ。
お昼を過ぎたら着替え、王都内にあるクラン『セイクリッド』へ向かう予定だ。
「ね、なんか受けない? アタシとアンタで受ければ、SSレートだろうが瞬殺よ」
「嫌だね。俺はチームを組む気なんてない。お前もだろ」
「ま、そうね。でも、アンタなら別にいいかなーって……アンタの強さも測れるしね」
「そっちが目的だろ」
「バレた? ね、アンタもマスター級なんでしょ?」
「……まあな」
「そっかー。ね、前から思ってたけど、マスター級ってなに?」
「……………………は?」
ハイセは、信じられない物を見るような眼で、ヒジリを見た。
◇◇◇◇◇
ハイセは、ギルマス部屋へヒジリを連れて行った。
ソファに座り、出された紅茶を一気飲みし、クッキーをモグモグ食べるヒジリ。
ハイセは紅茶だけ飲むんでいる。
そこで、ガイストにヒジリがした質問を言うと……本気で驚いていた。
「ヒジリ。お前は……能力のことを、知らないのか?」
「アタシは土とか石から鉄を精製できるってことしか知らないわよ。能力の鑑定した時、周りが騒いでたのは覚えてるけどね」
「……その時、なにか説明を聞かなかったのか?」
「さぁ? ごちゃごちゃ言ってた気がするけど気にしてないわ。『メタルマスター』って名前だけは憶えてるけどね」
「……ガイストさん、西国ウーロンって能力の説明ないんですか? 子供でも知ってるけど……」
「む、むぅ……」
「ちょっと!! ハイセもガイストのおっさんも、アタシのこと馬鹿にしてるでしょ!!」
ヒジリがぷんすか怒る。
ガイストはため息を吐き、執務机からソファへ移動する。
「……少し、説明してやるか」
「えー? めんどいし、別にいいわよ」
「そうはいかん。仮にもS級冒険者が、マスター級のことや能力について、こんなにも無頓着だとは……ヒジリ、お前を目標にしている冒険者も少なからずいる。そいつらを失望させるな」
「むぅ……まぁ、聞くだけ聞いてあげる」
「……じゃ、俺はここで」
「駄目。アンタも聞いて!!」
「はあ? おい、離せ」
ガイストは「諦めろ」と言い、静かに語り出した。
◇◇◇◇◇
「そもそも、『能力』とは何だと思う?」
「知らない。子供の頃、モヤモヤした感覚があったのはわかるけど……」
「そう。『能力』は『ある』とわかる。そして、十二歳になると『受け取れる』んだ。西国ウーロンにも、洗礼を受ける教会があるだろう? そこで初めて受け取ることができて、自身の能力の名前を知ることができる」
「おおー……そういや、おばあちゃんが連れてってくれたような」
ヒジリは考え込む。身に覚えはあるらしい。
「能力はいくつかの系統に分かれる」
「それそれ。マスター級っての何?」
「あわてるな。順に説明してやる」
◇◇◇◇◇◇
能力の系統。
世界人口の四割が持つと言われており、能力に覚醒した者は『能力者』と呼ばれる。
能力者の八割以上が《冒険者》となり、ダンジョンに挑戦したり、傭兵稼業などに就いている。だが、全てが戦闘系の能力ばかりではない。
能力のカテゴリは、大きく分けて四つ。
・戦闘系
・生産系
・回復系
・特殊系
戦闘系の能力は多い。
まず、魔法能力。『火魔法』、『水魔法』、『風魔法』、『土魔法』、『雷魔法』などの能力が最も多く、その次に『身体強化』や『付与』などがあり、それらを統合した戦闘系の『レア能力』が『賢者』である。『賢者』の能力は希少で、世界でも百人いないと言われている。
生産系は、その名の通り生み出す系統だ。
『錬金術』や『道具作成』、『ポーション精製』や『エーテル精製』、『鍛冶』など、日常的な道具作成から、回復アイテムの制作など、物作りに特化した能力だ。
回復系は、身体を治癒したり解毒したりする能力のことを差す。
『怪我回復』、『解毒』、『麻痺回復』、『石化回復』、『病気回復』など、身体を治すことに特化した能力だ。回復系能力に目覚めた者は、ハイベルク王国が運営する『教会』という組織に所属する義務がある。
特殊系は、これらの系統に当てはまらない全ての能力を差す。
ロビンの『必中』は戦闘系だと思われてるが、正確に言えば特殊系に分類される。クレスの『分身』やプレセアの『精霊使役』なども同様だ。
◇◇◇◇◇◇
「なるほど。じゃあアタシの『メタルマスター』は?」
「お前のは、生産系だな」
「そうなんだ……戦闘系がよかったな。で、マスターってのは?」
「マスター級能力は、四系統の能力の中で、特に強い力を持つ能力のことを差す。一つの系統に四つ存在し、合計で十六のマスター級能力が存在する。これらの能力は持つ者が非常に少ない」
「ほほう……そうなんだ」
「十六という数も正確かわからんがな。未確認のマスター級能力も存在するかもしれん」
「おお~……すごいわねぇ」
「とまあ、こんな感じだ。もっと詳しく知りたければ、ギルドにある資料室に行け」
「いや、もう勘弁」
ヒジリは速攻で否定。
ハイセは欠伸をし、立ち上がった。
「じゃ、俺は帰ります」
「あ、じゃあアタシも」
二人は部屋を出て、ギルドの外へ。
「能力って難しいのねー……」
「難しい要素あったか?」
「アタシ、勉強したことないし。とりあえず、いろいろありがとね。じゃ、パーティーで!」
ヒジリはさっさと走り出した。
思わぬ勉強会になった。ハイセは大きく伸びをして、宿に向かって歩き出した。





