金剛の拳⑨
何分、経過したのだろうか。
ヒジリの全力は凄まじかった。両手両足に精製した金属の籠手、具足を装備してサーシャの剣を叩き落し、防御を無視した連続攻撃を放っている。
武器を精製するだけじゃない。ヒジリは金属の盾や壁を精製して目くらましにしたり、短刀を何本も作ってサーシャのに投げたりと、戦術の幅がかなり広かった。
対するサーシャも、先程までとは違い、闘気の出力が数倍以上に跳ね上がっている。
いつものサーシャは、仲間との連携を前提として、闘気の出力を常に押さえつつ、連携を前提とした『全力』で闘気を生み出していた……が、今は後先考えず、とにかく全力を振り絞っている。
恐らく、数分と持たない。だが、速度では圧倒的にヒジリを上回っていた。
スピードのサーシャ、パワーのヒジリか。
ヒジリの拳がサーシャの鎧を砕き、サーシャの胸を抉り血が噴き出す。
サーシャの斬撃がヒジリの背中を裂き、大量に出血した。
それでも───二人は笑っていた。
笑い、闘志をむき出しにして殴り、斬り合っている。
「あはははははぁぁ!! 楽しい、楽しいよサーシャ!! もっと、もっと、もっとやろう!!」
「当然だ!! ああ、身体が軽い……もう誰にも、止められない!!」
ヒジリの右腕に『オリハルコン』の籠手が精製される。
サーシャが剣を振りかぶる。
ヒジリの右ストレートと、サーシャの振り下ろしが真正面から激突。籠手は砕け、サーシャは後方に吹っ飛ばされ地面を転がった。
もう、喧嘩にしか見えなかった。
ヒジリは武術もクソもない。鉄を精製し、殴る蹴るを繰り返す。
サーシャも、力任せに剣を振っているようにしか見えない。鋭い牙のような斬撃は見る影もない。
二人は互いに地面に倒れ、フラフラと立ち上がった。
顔は血に染まりつつも、笑っていた……が、身体はもう限界のようだ。
「……ケリ、つけましょ」
「……ああ」
互いに深呼吸し……カッと目を見開いた。
◇◇◇◇◇◇
ヒジリは両手を掲げると、地面の石や土が空中に集まり、巨大な『右手』と『左手』が形成される。
大きさはそれぞれ全長十メートル以上。
キラキラと透き通るような、『金剛の拳』が浮かんでいた。
「『金剛拳』!!」
対するサーシャは、全身の闘気を『虹聖剣』に集中。
全長十メートルを超える、巨大な『黄金の聖剣』が手に握られていた。
「『黄金神話聖剣』!!」
黄金の聖剣と、金剛の拳。
互いに最強の技が現れ、周囲を圧倒した。
「ま、マジか……」
「防御する。全員、ボクの後ろへ!!」
タイクーンが魔法障壁を展開。
驚いたまま硬直するレイノルドをクレスが引っ張り込んだ。
プレセアが右手を突き出し《守れ》と呟くと、精霊による不可視の盾が形成された。
ガイスト、アポロンは何もしない。ただ結果を見守ろうとしている。
「「勝負!!」」
互いに叫び、それぞれ最強の技が真正面から激突した。
◇◇◇◇◇◇
サーシャの一閃、ヒジリの金剛の拳による叩きつけが真正面から激突し、閃光が輝いた。
意外なことに、衝突の音がしなかった。
どういう原理なのか、サーシャとヒジリの間には輝きだけがあり、金剛の拳と黄金の聖剣が激突し、力が反発し合っても音がしない。
眩しくて何も見えないが───ハイセは見た。
サーシャの黄金が消えかけ、ヒジリの金剛の拳に亀裂が入り……一気に爆ぜた。
ハイセは飛び出した。
「───っ」
だが、見えない。
ヒジリがどこに飛んだのか、サーシャがどこに飛んだのか。
飛び出した先に、どっちがいるのか。
ハイセは、自分の直感を信じ、手を伸ばした。
そして、その手が掴んだのは。
「───……ぅ」
サーシャだった。
完全に気を失っていた。だが、剣を手放していない。
閃光が消え、近くにヒジリも倒れていた。
サーシャの聖剣は、あれだけの衝撃にも拘わらず傷一つ、亀裂一つなかった。
だが、身体は酷かった。鎧は砕け、鎧下も引き裂かれ素肌が見えている。だが、大きな胸は抉れて血塗れになり、裸とは別の意味で目を反らしたくなった。右腕も砕けているのか、骨が一部飛び出している。
ぐったりするサーシャをそっと地面に置き、ヒジリを抱き起す。
「あ、アタしの……か、ち……っ」
ボロボロのヒジリ。
両腕が砕けているのか、肘から指先まで赤黒くなり、パンパンに腫れている。
全身ボロボロで血塗れだ。それでも、ヒジリの眼はギラギラしていた。
勝利への執念……ハイセは手を上げ、ガイストたちに言う。
「この勝負、ヒジリの勝利だ!!」
こうして───サーシャとヒジリの戦いは、ヒジリの勝利で幕を閉じた。
◇◇◇◇◇◇
意識のあるヒジリと、完全に気を失ったサーシャ。
勝負の結果は、ここにあった。
アポロンが杖でサーシャを軽く叩くと、傷と衣類、鎧まで完全に修復された。同じく、ヒジリの傷もアポロンによって完治する。
傷が治ると、二人は目を覚ました。
「サーシャ!!」
「む……レイノルド?」
「あぁあぁん!! サーシャ、無事でよかったぁぁぁぁん!!」
「ピアソラ……それに、タイクーン、ロビン?」
「お疲れ、サーシャ」
「お疲れ様。もうすごかったよぉ~!!」
仲間に囲まれ、サーシャは立ち上がる。
サーシャは、すでに立ち上がっているヒジリを、そしてハイセを見た。
「この勝負、ヒジリの勝利だ。最後の一撃、サーシャは完全に気を失っていたけど、ヒジリは意識があった。勝利への執念……ヒジリの方が上だったな」
「……そう、か」
サーシャは俯くが、ヒジリが近寄ってサーシャの顔を、両頬をガシッと掴んだ。
「俯くなんて許さない。いい? アンタはメチャクチャ強かった。アタシ、勝ったなんて欠片も思ってないからね。勝つなら完膚なきまで叩きのめす。ってわけで、悪いわねハイセ。最強の称号はアンタに預けておく。アタシが満足できる形でサーシャに勝ったら、アンタに挑むから!!」
「ああ。わかった」
「むぐぐ……あの、離してくれないか」
「サーシャ、もう一回勝負するわよ。もっともっと鍛えて、もう一回!!」
ヒジリはニヤッと笑い、ようやくサーシャから手を離す。
サーシャは「はっ」と笑い、自分の胸をドンと叩いた。
「次は勝つ。お前のおかげで理解できた……一対一、対人戦の経験が私には足りない。見ていろ……次は絶対に負けない」
「フン、面白いじゃん」
サーシャは拳を突き出すと、ヒジリは自分の拳をサーシャの拳に合わせた。
「んん~!! ライヴァル誕生の瞬間ネ!! 熱いわぁ~!!」
「アポロン。少し黙っていろ……」
ガイストがアポロンを押しのけ、二人の間へ。
「この勝負、ヒジリの勝ちとする。双方、結果に不服はないな?」
「「はい」」
立会人が終了の宣言をしたので、決闘は終わった。
ハイセは帰ろうと踵を返した瞬間だった。
「ハイセっ!!」
「ぬぁ!?」
なんと、ヒジリが背中に飛びついてきた。
「さっきも言ったけど、もうちょい待ってて。次は完膚なきまでサーシャをブッ倒して、アンタに挑むから!! やっぱりアンタの言った通りだった。サーシャは強い!!」
「お、おいくっつくな!!」
「なんで? ふふん、言っておくけど、一番興味あるのアンタだからね。なんとなーくだけど、アンタはサーシャと戦うよりヤバい気がする。ふふふ、血沸き肉躍るっ!! ね、アンタの宿はどこ? アタシ、そっちに引っ越すわ」
「はぁ? おい、離れろ!!」
ぐにぐにと、ハイセの背中にヒジリの胸が押し付けられる。
すると、プレセアがハイセの腕を引っ張った。
「帰るわよ」
「いや、勝手に帰れよ。つーか引っ張んな!!」
「…………」
プレセアが無言で腕を引く。心なしかムスッとしているような気がした。
すると今度はサーシャが近づいてきた。
「……あー、ハイセ」
「な、なんだよ」
「お前がヒジリをけしかけた理由を知りたかったが、忙しいようだな。フン……まぁいい。いずれ話してもらうからな」
「いや、忙しいって……これが忙しいように見えるか?」
ヒジリが背中にくっつき、プレセアが腕を引いている状況だ。
どこか怒っているような……ハイセにはそう感じた。
「では、またな」
そう言い、サーシャはレイノルドたちの元へ。
ハイセはヒジリとプレセアを引き剝がした。するとガイストとアポロンが来た。
「お前というやつは……」
「モテモテちゃんねぇ? フフ、若いころのガイちゃんみたいネ」
「勘弁してください……」
「ね、ハイセちゃん。ちゃぁ~んとサーシャちゃんのフォローしなきゃダメよ?」
「フォロー、って」
「フフフ。あたし、アナタのこと気に入ったわ。今度一緒にお茶しましょうネ!! じゃあ、バイバァ~イ♪ っちゅ♪」
「ひぃっ!?」
アポロンのキスを辛うじて回避したハイセは、ガイストの背中に隠れた。
「全く……とにかく、帰るぞ」
「は、はい……あー、なんか疲れた」
「ああ。それにしても、凄まじい戦いだった。マスター級能力者の戦いなんて久しぶりだったからな」
「ですね。俺も、ヒジリがマスター級だなんて思いませんでした」
ヒジリは、プレセアと何かを話している。ケラケラ笑っているようで、プレセアの腕を引いてサーシャたちの元に合流し、そのままサーシャとプレセアを自分が乗って来た馬車に乗せてしまった。
「ハイセ。これから大変だぞ」
「え?」
「ふ……サーシャ、プレセアだけかと思ったが、ヒジリも加わるかもな」
「……??? あの、どういう」
「年寄りの戯言だ。さぁて、帰ろうか」
ガイストが馬車に向かって歩きだしたが、言葉の意味が理解できないハイセは一人、首を傾げていた。