金剛の拳⑧
サーシャは立ち上がり、口から血をペッと吐き出した。
口を拭い、乱れた髪をかき上げる。
綺麗な銀色の髪が光に照らされ、キラキラと輝いた。さらに、全身を包む黄金の光がこれまでにないほどの輝きを見せる。
「───ふふっ」
サーシャは笑った。
決して、ヒジリを舐めていたわけではない。
でも、言うしかなかった。
「初めて……本気を出せそうだ」
「本気って……アンタ、アタシを舐めてる? 最初から本気で来なさいよ。こっちはマジなんだからさ」
「そうか。では、教えてやる。私の戦闘スタイルは、『仲間との連携を前提とした』戦い方なんだ。レイノルドが守り、ロビンが援護し、タイクーンが補助し、ピアソラが癒す……そして、私が戦う。これが私の戦い方」
「ふーん」
ヒジリは興味がないのか、再び拳を握り構える。
サーシャは剣をヒジリに向け、これまでと違う構えをする。
身体を低くし、身体を捻り剣を真横に構える。
レイノルドが言う。
「な、なんだ……? いつもと違うぞ」
「……キミたちも見たことがないのか?」
クレスがレイノルドに聞くが、答えたのはタイクーン。
「ボクたちチーム『セイクリッド』は、状況に応じていくつもの戦闘パターンを用意している。それぞれの役目はもちろん、技の種類、戦闘位置、最初の手番と、それぞれの『役目』に応じた戦闘スタイルがあるが……ボクが知る限り、あんな構えは見たことがない」
「あ、あたしも知らない……」
「ろ、ロビンもですか? ピアソラは?」
「知りませんわ……」
ミュアネの確認に、ロビンとピアソラは首を振る。
なんとなく言い辛い。だが、タイクーンは言った。
「なんというか、その……サーシャらしくない、『雑』な構えに見える」
◇◇◇◇◇
ハイセだけが、気付いていた。
「あの構え……」
「知ってるの?」
「ああ。あれは、ガイストさんに弟子入りする前。我流で剣を覚え始めたサーシャがよくやってた構えだ。レイノルドが仲間になる前、ガイストさんに矯正されたはずだけど」
ハイセも驚いているのか、プレセアの問いに素直に答えた。
「どうやら……戻ったみたいだな」
「え?」
「……そういや、俺とガイストさんしか知らないのか。暴れん坊だった頃のサーシャを」
「……???」
プレセアが首を傾げる。
少し離れた場所にいるガイストを見ると、頭を抱えて苦笑していた。
◇◇◇◇◇
「行くぞ」
「ふふん、来なさ───」
ヒジリが答えた瞬間、サーシャの立つ地面が爆発した。
ギョッとするヒジリ。サーシャは地面を踏み砕き、砕けた地面に向けて剣を振り、風圧だけでフッ飛ばしてきたのである。
地面、というか大地の塊が飛んで来る。
直径十メートルはあるだろうか。砕くこともできたが、ヒジリは真横に飛んで躱す。今はサーシャを見失う方が高リスクと判断した。
が───サーシャがいない。
「嘘ぉ!?」
いた。
吹っ飛ばした地面に剣を突き刺し、土の壁にピッタリくっついていた。
てっきり、目隠しかと思ったヒジリ。
サーシャは黄金を纏い、大地の塊をヒジリに向けて叩き砕き、破片を飛ばす。
「舐めんなぁ!! ドララララララララァァァァッ!!」
両拳によるラッシュで破片を砕く。
ヒジリのラッシュもまた暴風を巻き起こし、大地が砕けたことで発生した土煙も吹き飛ばす。
サーシャは……いた。真正面からヒジリに向かって飛んできた。
このまま接近し、連続攻撃を繰り出すつもりだろう。
「もう一回ブッ飛ば」
次の瞬間、サーシャは剣を投げた。
ヒジリに向かって真っすぐ、剣士の命である剣を迷わず投げた。
「───ッ!?」
剣を手放すとは思わなかった。
黄金を纏った『虹聖剣ナナツサヤ』を素手で弾こうと考えたが、濃密すぎる黄金を纏った剣を、生身のヒジリは止められないと判断。
叩き落すのではなく、必要最小限の動きで回避。
腹部を狙っていたので、攻撃を中断して身体を横にして剣を躱した。
「お返しだ」
「な……ッ!?」
なぜ、サーシャが超接近してヒジリの真横にいるのだろうか。
ヒジリが剣を回避した瞬間、黄金の闘気が『1000』の出力で全身を包み込み、これまでにない強化をしてヒジリの懐に潜り込んだ。
放たれるのは、サーシャの拳。
サーシャの拳が、ヒジリの腹にめり込み───ヒジリは吐血し、吹っ飛ばされた。
「ぶ、っぐぇぁ!! げほっ、ゲホッ……!!」
「一発だ。ふふ、ソードマスターの拳も効くだろう?」
「や、っばぁ……おっもぉ、ばぁ、っちゃん並みぃ……く、ふふふっ」
ヒジリは立ち上がり、口から血をペッと吐いて腹をさすり、首をコキコキ鳴らし、深呼吸。
サーシャは黄金の闘気を紐上にして伸ばし、鞭のように振って剣を掴んで回収した。剣士らしくない、下品な闘気の使い方だと、サーシャはやらなかった技の一つだ。
「クッソ楽しくなってきた!! サーシャ、やるじゃん!!」
「まだまだここからだぞ? ようやく、身体が温まってきた」
「そうね。ここからね!! くふふっ……ひっさしぶりに使わせてもらうわ!!」
ヒジリが五指を開き、両手を開くと───大地の土、石などが砕け、ヒジリの腕や足にくっついた。
そして、土が固まり、石の材質が変わり……鋼の籠手、鋼の具足となる。
「久しぶりに、アタシも能力使うわ」
能力、『メタルマスター』
マスター系能力の一つにして、『あらゆる金属を精製可能』という能力。
鉄、鋼、銅、ミスリル、オリハルコン、ダマスカスと、この世にはいくつもの金属素材が存在する。ヒジリは土や石さえあれば、その素材を作り出すことができる能力を持つ。
ヒジリは主に、籠手や具足などの『武器』を精製し、身に纏っていた。
「おばあちゃんの『ウィングー流八極拳』と、アタシの『メタルマスター』を組み合わせた、アタシだけの技……S級冒険者『金剛の拳』ヒジリの超全力、見せてやるわ!!」
「面白い!! さぁ、戦おう!!」
ヒジリとサーシャの戦いは、最終局面へと入った。





