金剛の拳⑦
ハイセ、ガイスト、アポロンの三人は、向かい合うサーシャとヒジリの元へ。
「双方、準備はできているようだな」
「当然!!」
「はい、ガイストさん」
「ンフフゥン。イキのいい女の子たちネェ♪ ん~可愛い、あたしにもこんな時があったわねぇ~」
腰をクネクネさせるアポロン。
微妙に距離を置くハイセは、サーシャとヒジリを交互に見た。
すると、ヒジリがハイセに向け拳を向ける。
「次、アンタだから」
「……余裕かましてないで、ちゃんと前見ろよ。」
サーシャの眼が、深く、冷たく沈んでいく。
ヒジリも気付き、サーシャに向き直る。
ガイストはコホンと咳払いをし、二人に言う。
「これより、決闘を始める。立会人は私、ハイセ、アポロンの三名。お前たちのどちらかが敗北を認めるか、我々のうち二名が戦闘不能と判断した場合、そして我々が止める前にどちらかが死亡した場合、残った方が勝者となる。それと、決闘の邪魔は我々が絶対にさせん……安心して、全力を出せ」
「ウフフン。邪魔するコがいたら、あたしが優しく抱きしめちゃうから安心してネ!!」
ギチギチミチミチ……と、アポロンの右腕の力瘤が膨れ上がり、袖が破裂してギチギチの二の腕があらわになった。
アポロンは「キャッ、いやん!!」と腕を隠すと、どういうわけか服が一瞬で修復される。あの腕でシメ上げられたら脱出は不可能だろう。
サーシャとヒジリは頷き、互いに距離を取った。
ガイストは、ハイセに言う。
「ハイセ、開始の合図を」
「……俺がですか?」
「ああ。それくらいはいいだろう?」
「まあ……わかりました」
ガイストたちは下がり、サーシャとヒジリの間に立つハイセ。
「二人とも、始めるぞ」
ハイセが右手を掲げると、その手に握られたのは『単発式号砲』。
ヒジリが右手を前に、左手を自分の胸の前に構える。
サーシャは剣を抜き、顔の横にまで持っていき、柄尻に手を添えた。
「それでは───……始め」
ハイセが『単発式号砲』の引金を引くと、破裂音がした。
◇◇◇◇◇
ハイセがピストルを鳴らすと同時に、サーシャとヒジリは飛び出した。
サーシャは黄金を纏い、ヒジリはそのまま。
だが、ハイセにはわかった。
「マジか、サーシャと互角!?」
少し離れた場所でレイノルドが叫ぶ。
レイノルドだけじゃない。ピアソラも、ロビンも、タイクーンも驚愕していた。
ガイストは「ほう」と呟いた。
「ドラァ!!」
右のショートアッパー。
だが、サーシャは顔を少し傾けただけで躱す。そして、ほんの少しだけ下がり横薙ぎ───……だが、ヒジリは剣の刃にそっと触れ、真上に押し上げて軌道を変えた。
「ッ!?」
「ドララララララララァァァァッ!!」
「───ッチ」
ヒジリの右拳だけで放たれる高速のラッシュ。超接近しての攻撃をサーシャは躱せない。
だが、サーシャの黄金が腹部に全集中し、ヒジリの拳を防御した。
そして、互いに距離が離れる。
「かったぁ……そのキラキラ、なに?」
「驚いたな。私の『闘気壁』を三層まで破るとは……」
「アンタの剣も速いじゃん。アタシの『刃流し』で受け流せないかと焦ったわ」
「ふん……では、行くぞ!!」
サーシャは、黄金を両足に集中し、噴射させる。
これにはハイセも驚いた。
「……あの黄金の光、あんなこともできるようになったのか」
サーシャの新技、『闘気流動』である。
サーシャは、黄金の闘気を全身に纏い、身体能力を強化したり、剣に乗せて放つ攻撃を得意としていた。が……これは燃費が悪く、全力でも十分ほどしか戦えない。
そこで、サーシャは闘気を全身ではなく、身体の一部だけに集中させて使う術を鍛えた。
何度か部分強化はしたことがある。全身強化より部分強化の方が疲労も少ないことに気付き、技術を磨いたのである。
今、サーシャは腹筋に闘気を腹に『80』集中させ、残りの『20』を全身に回した。
「黄金剣、『光連刃』!!」
「!!」
一瞬だけ、全身を『100』で覆い全力の連続斬り。
ヒジリはバックステップで刃を躱し、両手で叩き落す───……が、躱し切れず一撃、頬をスパッと切られ血が噴き出した。
「まだまだ!!」
「くっ……!?」
脚力に『70』、『20』を全身に、残りの『10』で腕を強化。
一瞬でヒジリの間合いに入り、剣を振るう。
速すぎる───これを見たピアソラは歓喜の笑みを浮かべた。
「すごい!! やっぱりサーシャは無敵ィィィィィィィィィ!!」
「…………なんて子だ」
「……クレス、気付いたか」
「ふふふ、そこの男ども、サーシャの凄さにようやく───」
「「違う」」
と、レイノルドとクレスは同時に言う。
ピアソラはムッとする。
タイクーンは眼鏡をクイッと上げ、ロビンとミュアネは首を傾げた。
「気付かないのか?」
「な、何をですか? そ、そうやって知ったようなことを」
「……やれやれ」
タイクーンは心底呆れていた。
こうして会話している今も、サーシャの猛攻は続いている。
◇◇◇◇◇
「……大したものだ」
「そうねぇ~」
ガイストとアポロンは、すでに気付いていた。
ガイストは感心したように言う。
「確かにサーシャの攻撃は凄まじい。『ソードマスター』の能力の一つである『闘気』の使い方もかなり上達した。部分強化……クロスファルドがあの領域に到達したのは、三十代後半だったはず。才能だけじゃない、相当な努力もあっただろうな」
「でもでもぉ~……ヒジリちゃんよねぇ?」
「ああ」
ガイストは、心底感心したように微笑んでいた。
◇◇◇◇◇
「すごいな……」
ハイセは、ガイストたちやレイノルドたちから離れた場所で、一人呟いた。
「何がすごいの?」
「見てわからないのか? ───って、お前!?」
ハイセの隣には、なぜかプレセアがいた。
こっそり付いてきたのだろうか。悪びれもせずにいた。
ハイセはため息を吐く。
「もういいか……ったく、お前、その消えたりする力、悪用してるんじゃないだろうな」
「するわけないでしょ。で……何がすごいの?」
「見て気付かないか?」
「……?」
サーシャの猛攻をヒジリは受け、躱し、叩き落す。
少しずつ、サーシャの顔色が悪くなっていくのがわかった。
ハイセは言う。
「全身強化したサーシャとヒジリは互角なんだ。わかっただろ? ヒジリは、何の強化も施していない、純粋な身体能力だけで、黄金の闘気を纏うサーシャと互角なんだよ。それに……見ろ、あいつの眼、サーシャの攻撃を眼で追って躱し……反撃の機会を探ってる」
プレセアも気付いた。
剣を紙一重で躱し、ニヤリと笑うヒジリの顔を。
「───見えてきた」
「くっ……」
そして、ヒジリはやや乱れてきたサーシャの振り下ろしを拳で弾き、ガラ空きになった腹にそっと手を添えた。
「───えっ」
「すっごく痛いから」
添えた手がサーシャの腹から少し離れた瞬間、猛烈な衝撃がサーシャの全身を貫いた。
見えたのは、ヒジリが踏み込んだ瞬間、踏み込んだ地面に亀裂が入ったこと。
食らったのは掌底。衝撃が背中を突き抜け、サーシャは吹っ飛ばされた。
「っが───……」
地面を転がり、すぐに態勢を立てて立ち上がるが……猛烈な嘔吐感に襲われ吐いた。
吐瀉物ではない。吐き出されたのは真っ赤な血。
胃が損傷し、出血したのだ。
地獄の苦しみに涙が出そうになるが、サーシャは堪えた。
ヒジリは掌底を構えたままだ。
「サーシャ!!」
「落ち着けピアソラ。今、サーシャに近づいたら反則負けだぞ!!」
「で、でも……」
レイノルドがピアソラの肩を掴む。
レイノルドも辛そうだが、サーシャを見て言う。
「それに見ろ。サーシャは───諦めてないぞ」
「……サーシャ」
サーシャは立ちあ上り、口元の血をぬぐった。





