金剛の拳⑤
ヒジリは、再びクラン『セイクリッド』に来た。
渋々とクランに来て、要件を伝え、応接間へ。
数分と待たず、チーム『セイクリッド』の五人が応接間に集まった。
「待たせたようだな」
「ん、別に」
ピアソラの額に小さな青筋が浮かぶが、ロビンが袖をクイクイ引いて抑えた。
サーシャはヒジリと向かい合い座る。相変わらず対照的な座り方だ。
姿勢のいいサーシャ、足を崩しつまらなそうなヒジリ。
「あのさ、ハイセが言うのよ。『俺と戦いたければ、サーシャを倒せ』って」
「あ? あのガキ……サーシャを当て馬に「静かに!」
ピアソラがキレそうになるが、ロビンが押さえた。
これには、レイノルドも面白くなさそうだ……そもそも、この場にいる全員が、ハイセがそんな風に言ったことを、初めて聞いたのである。
何も知らなければ『ハイセはヒジリの相手が面倒だからサーシャに押し付けた』ようにしか見えない。
だが、サーシャは怒りもせず、無表情だった。
「それで、要件は?」
「もちろん、アンタを倒す。悪いけど、今度は逃がさないわよ。アタシ、ハイセに夢中なのよ。アンタなんか相手にしてる暇ないくらいね」
「そうか」
「アンタのことだし、アタシから逃げるような言い訳いっぱい用意してると思うけど───……」
次の瞬間、サーシャは一瞬でアイテムボックスから『虹聖剣ナナツサヤ』を抜き、ヒジリの眼前に突きつけた。
これには、ヒジリだけではない。レイノルドも、タイクーンも、ピアソラも、ロビンも驚いていた。
まさかサーシャが、こんな風に喧嘩を……いや、宣戦布告とも取れることをするなんて思いもしなかった。
同時に、サーシャの身体が黄金に包まれる。
「───お上品でつまんないお姫様かと思ったけど」
「おや……最初に出た言葉が、そんな『お上品』な言葉とは。少しガッカリしたぞ。獣のように飛び掛かってくるかと思ったが」
「ささ、サーシャ!? ちょ、ど、どうしたの!?」
慌ててロビンが止める。
サーシャは剣を下ろし、ロビンに向かってニッコリ笑った。
「なに、少し吐き出したらスッキリしてな。私は私らしくしようと決めただけだ」
「え……」
「クランのために、クランマスターとしての私が『私』になりかけていたが……本当の私は、喧嘩を売られれば怒るし、お腹が減ったらたくさん食べたいし、お風呂には二時間ゆっくり浸かりたいし、少し甘めのお酒を飲みながらキャンディを舐めたい。そんな私も私なんだ」
「さ、サーシャ……?」
「すまなかったな。みんな。私は最近、余裕を無くしていたようだ。クランマスターとして正しくあろうとしすぎて、いろいろ限界だった」
サーシャは、「ふぅー……」とため息を吐く。
四人は意味がよくわからず「???」と首を傾げた。が……レイノルドは苦笑した。
「なんかよくわかんねーけど、いい顔するじゃねーか。まるで……」
と、そこまで言い首を振った。
そして、タイクーンは。
「意味が理解できん。だが一つ忠告する。冒険者同士の『私闘』は禁止されているが、正式な手順を踏んだ『決闘』なら認められている。手続きをするならボクがやっておこう」
ピアソラはガタガタ震えていた。
「か、か、か、カッコいい……あぁぁん!! やっぱり私、サーシャ以外考えられない!!」
未だにポカンとしているヒジリはようやく立ち直り、サーシャをジッと見た。
「……ふふん。いい顔になってんじゃん。サーシャ、これまでの非礼を詫びるわ。改めて、アンタに決闘を挑む。依頼とかじゃない、両者合一による冒険者同士の決闘よ」
「受けよう」
サーシャは即答する。
冒険者同士の私闘は禁止されている。だがヒジリは『依頼』という形で自分に賞金を懸け、冒険者に襲わせ無理やり戦った。これしか冒険者と戦う手はないと思われた。
が、正式な手順を踏めば、『決闘』が可能である。
その手順はいろいろ面倒だ。ギルドマスターによる承認が必要であり、S級冒険者同士ならハイベルグ王家の承認も必要である。
戦闘場所、立会人、細かなルールなども決められ、初めて戦える。
タイクーンは、ヒジリに言う。
「手続きはこちらでやっておく。ルールに関して、決闘者同士が一つずつ好きなルールを制定できる。S級冒険者ヒジリ、キミが追加するルールは?」
「手は抜かないこと」
「……了解した。サーシャ、キミは?」
「手加減しないこと」
「……はぁ~、了解した」
タイクーンは、いつの間にか手にしていた羊皮紙にルールを書く。
小声で「もしかしたら似た者同士かもな……」と呟くと、サーシャとヒジリが同時にタイクーンを睨み、さすがのタイクーンも誤魔化すように咳払いをする。
「決闘、楽しみにしてるわ」
「ああ。本気でやらせてもらおう」
こうして、サーシャとヒジリの決闘が行われることになった。
◇◇◇◇◇
S級冒険者『金剛の拳』ヒジリ対S級冒険者『銀の戦乙女』サーシャ。
決闘は、ハイベルグ王国北東の『見晴らしの荒野』にて。
立会い人はS級冒険者『闇の化身』ハイセ。同じくS級冒険者『武の極』ガイスト。同じくS級冒険者『万能薬』アポロン。
ルールは『どちらかが戦闘不能になるまで』であり、立会い人三名のうち二名が続行不能と判断した場合か、どちらかの敗北宣言にて終了とする。
決闘において命を奪われた場合、報復は禁ずる。
第三者の介入があった場合、立会い人の権限において如何なる者だろうと排除してよし。
◇◇◇◇◇
「…………あの、これ」
「諦めろ。そもそも、お前がヒジリを炊きつけたのが原因だ」
ハイセは、ギルマス部屋にて『決闘の概要』をガイストに渡され読んだ。
いつの間にか、立会い人に指名されていた。
「そこには書かれていないが、チーム『セイクリッド』のメンバーと、ハイベルグ王族も立ち会うことになっている」
「王族も?」
「ああ。そもそも、決闘を許可したのは王族だ。S級冒険者という強大な戦力同志を戦わせる許可なんて、ギルドだけで出せるはずもなかろう」
「…………」
「ちなみに、他言無用だ。このことが知られれば、野次馬がわんさと集まるからな」
「あの、決闘の日時は?」
「明日の早朝だ。ギルドの馬車でそれぞれ送迎する」
「なるほど。あれ? このS級冒険者『万能薬』ってのは?」
「ハイベルグ王国最高の治癒師だ。クラン『アスクレピオス』のクランマスターであり、ワシやバルバロス……あー、国王陛下の古き友人だ」
「へぇ……」
「とにかく、明日は遅刻するなよ」
「はーい。じゃあ、今日は依頼を受けないで帰ろうかな」
そう言い、ハイセは部屋を出ようとした。
「ハイセ」
「はい?」
「……なぜ、お前はヒジリを焚き付けた? しかも、自分ではなく、サーシャを狙うように言った?」
「…………じゃ、また明日」
ハイセは答えず、部屋を出た。
そして、扉の前で小さくため息を吐く。
「…………言えないだろ」
サーシャを馬鹿にされたから。
サーシャの凄さを、ヒジリは知らないから。
だから、自分で戦うよりサーシャが戦った方がいい。そう思ったから……そんなこと、ガイストにもサーシャにも言えるはずがなかった。





