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S級冒険者が歩む道~パーティーを追放された少年は真の能力『武器マスター』に覚醒し、やがて世界最強へ至る~  作者: さとう
第六章 金剛の拳ヒジリ

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金剛の拳④

 サーシャは、一人で夜の居酒屋街を歩いていた。

 たまには一人で飲みたい。そんな思いがサーシャにはあった。

 理由は……やはり、ヒジリに言われたことが尾を引いているからだ。


『忠告しとく。アンタ、そのままクラン運営したら、絶対に独裁者みたいになるわよ。自分の言うこと聞かない奴を追放したり、イライラを人にぶつけて不快にさせたり、自分の勝手な意見で思いやったフリしたりね。余裕のないヤツはみんな同じだからさ。じゃーね』


 一言一句、思い出せた。

 それくらい、サーシャの胸に突き刺さった言葉だった。

 

「……そんなつもり、ない」


 仲間は、宝だ。

それは、かつての自分、ハイセを追放した時、それを経ていまは、もう違う。

 確かに、余裕はない。クラン運営、禁忌六迷宮を踏破、冒険者として、クランマスターとしての名声は広がっている。

 ヒジリの故郷である西方国ウーロンにも、サーシャの名は伝わっていた。同様にハイセも。

 サーシャは、有名になることが、誰かに評価されたり見られたりすることにようやく気付いた。自分をよく知るレイノルドたちとは違う視点で見られると、余裕のなさが見えるのだろうか。


「…………喉、かわいたな」


 ポツリと呟き、サーシャは顔を上げる。

 夜の居酒屋街は、キラキラしている。

 大通りに並ぶのはほぼ居酒屋。お酒の匂いは当然だが、肉や魚の焼ける匂いや、料理を作る音、冒険者や住人たちの笑い声がよく聞こえる。

 この時間帯は、王都で一、二番目に騒がしく楽しい場所だろう。昼間は閑散としている居酒屋街とは全然違って見えた。

 サーシャは、大通りから細い路地に入る。

 ここは、個人経営の小さなバーが多く並ぶ場所だ。サーシャは迷いなく歩き、一軒の小さなバーのドアを開ける。


「いらっしゃいませ。おや……久しぶりですね、サーシャさん」

「マスター、久しぶり」


 バー・『追想の淡雪』

 入り組んだ路地の一角にある、小さなバーだ。

 サーシャはここに数年通っている。不思議なことに、このバーに人がいるところを見たことがない。

 ここは、レイノルドたちも知らない。サーシャだけの秘密の場所だ。


「……」

「……ウェルカムドリンクをどうぞ」

「ありがとう」


 雪のように白い、甘いホワイトカクテルだ。

 サーシャはそれを一気に飲み欲し言う。


「マスター、少し酔いたい……強いのをくれ」

「かしこまりました」


 マスターは、数種類のリキュールをシェイカーに入れる。

 それを眺めながら、サーシャはポツリと言った。


「私、もっと楽観的になればいいのかな」


 マスターがシェイカーを振り、グラスに中身を注ぎ、チェリーを添える。

 サーシャの前に出されたのは『淡雪』……このバー、オリジナルのカクテルだ。

 サーシャは『淡雪』に口を付ける。甘く深く濃厚な味わいが口の中に広がる。そして、するりと喉を通って火を点けながら胃の中へ。お腹の中でも燃えているような感覚だ。


「マスター、私……余裕、ない?」

「余裕、ですか?」

「うん。今日、言われたの……私、余裕ないって。いつか独裁者みたいになるって……ハイセを追放した時の私は、もういないって思ってたのに……違ったの。私の胸の奥に隠れてただけ。それを……今日、初めて会った子に見透かされた。私、誤魔化してただけ……」


 口調が変わり、饒舌になっていた。

 ここは、サーシャが素を曝け出せる場所でもあった。不思議と、マスターには何でも話せたのだ。


「サーシャさんは、頑張っていますよ」


 マスターは穏やかな笑みを浮かべる。

 年齢は六十代。初老で物腰の柔らかさが安心感を与える。真っ白な髪は綺麗に整えられ、オシャレなのか白い口髭は綺麗に整えられていた。


「頑張ってる、か……」


 頑張るのが、悪いことだとは思わない。

 仲間や、クランの冒険者たちとも上手くやれているとは思う。

 ここ最近、イライラしたり誰かに当たることは……。


「……あぁぁ」

「サーシャさん、考えすぎるのはよくありません。今だけは、心を空っぽにしてください」

「空っぽ……私、空っぽ」


 がっくりと項垂れ、おかわりのカクテルを注文する。

 ハイセも、レイノルドたちも知らない。弱い十七歳の女の子のサーシャがいた。

 マスターは、カラフルな飴玉をグラスに盛り、サーシャの前へ出す。


「いろいろ、溜め込んでいるようですね」

「…………」

「サーシャさん。あなたの悩みの原因は私にはわかりません。ですが、これだけは言えます。あなたには大勢の仲間がいる。その人たちに吐き出してみては?」

「……レイノルドたちに? こんな私を見せるの?」

「弱さを見せることは罪ではありません。本当の罪は、弱さを隠し続け、本当の自分を偽ることです」

「…………偽り」

「サーシャさん。私から見たあなたは、頑張り屋で、優しい女の子です。でも、他の人から見れば厳格なクランマスターに見えたり、S級冒険者『銀の戦乙女(ブリュンヒルデ)』に見える。つまり……見方は、人それぞれです。視方によって、サーシャさんはいろんなサーシャさんなんですよ」

「…………」

「サーシャさん。あなたから見て、私はどうですか?」

「マスターは……優しい、大人の男性……父親みたいな、神父様みたいな……」

「実は私、暗殺組織の元締めなんです」

「は!?」


 サーシャはガバッと起き上がった。だが、マスターはクスクス笑う。


「もちろん、冗談です。ですが……私にも、あなたの知らない顔がありますし、人には言えないことも、弱さもあります。でも、このバーでマスターをやっている私は、あなたの知る私なんです」

「…………」


 サーシャは思う。

 ハイセを追放した自分も、クランマスターである自分も、S級冒険者である自分も、全部が『サーシャ』であり、自分の姿である。


「……私は、囚われすぎたのか」

「そうですね。きっと……サーシャさんが認めたくない自分を見透かされたのでしょう。だから、それを直視してしまい、落ち込んだ」

「……マスターはすごいな」

「ただ、歳を取っているだけですよ」

「……そうか。ふふ、私は私。あの時の私も、自分を見つめ直した私も、全て私なんだ」


 サーシャは、残ったカクテルを飲み干した。

 すると、今度は少し気分が高揚してきた。


「あの依頼を冷静に否定する自分も私。そして……私を舐めたような眼で視るヒジリを、コテンパンに叩きのめしたいと思う自分も私。ふふ、なんだかいい気分になってきた」

「悩みは晴れましたかな?」

「ああ。なんだか思い切り暴れたい気分になってきた」

「ここでは勘弁してくださいよ?」


 サーシャは笑い、マスターも苦笑していた。


 ◇◇◇◇◇


 サーシャが帰り、マスターはグラスを磨いていた。

 すると、店のドアが開き、一人の客が入ってくる。


「いらっしゃい。ご注文は?」

「───『雪はもう止んだ』」

「……そうですか。では、晴れたんですね」

「───『いや、淡い雪だ』」

「…………」


 マスターは、一枚のコースターをテーブルに置いた。

 そこに書かれていたのは、絡み合った蛇。


「……ようこそ、『絡み合う蛇(ウロボロス)』へ」


 マスターは、にこやかな笑顔で客に微笑みかける。

 客はブルリと震え、コースターを手に店を去った。

 誰もいなくなった店内で、マスターは小さく呟く。


「サーシャさん。人は誰もが、見せられない顔を持っているんですよ」


 バー・『追想の淡雪』のマスターではなく、世界最高の暗殺教団『絡み合う蛇(ウロボロス)』の盟主にして最強の暗殺者マーレボルジェは、サーシャに見せたのと同じ笑顔で笑っていた。

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〇S級冒険者が歩む道 追放された少年は真の能力『武器マスター』で世界最強に至る 2巻
レーベル:GAコミック
著者:カネツキマサト
原著:さとう
その他:ひたきゆう
発売日:2025年 10月 11日
定価 748円(税込み)

【↓情報はこちらのリンクから↓】
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お読みいただき有難うございます!
月を斬る剣聖の神刃~剣は時代遅れと言われた剣聖、月を斬る夢を追い続ける~
連載中です!
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― 新着の感想 ―
マスター!カッコよ
[一言] とりあえず最終的に元鞘するにしろそれまでにサーシャ側がどれだけハイセ抜きで目指している最高に近づけるかだなあ 今のところ恋愛ヒロインとしてはこんなもんかって感じだけどダブル主人公って言うには…
[気になる点] 数年通ってる…この世界の飲酒は何歳からOKなんだろ? 現実世界より成長が早そうだし12歳くらいからでも大丈夫そうだが それより気になってるのが >仲間は、宝だ。 >ハイセを追放した時…
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