金剛の拳③
ガイストと別れたハイセは、宿に向かって歩いていた。
すると……帰り道にある大衆食堂の中から、満足そうにお腹をさするヒジリが出てきた。
ポニーテールを揺らし、「ふぁ~満足!」と言い、ハイセに気付く。
「あ、ハイセ」
「……」
ハイセは、無視して歩きだした。
するとやはり、ヒジリがついてくる。
「無視しないでよ。ね、そろそろ戦う気になった?」
「ならな……」
『───お前がガス抜きしてやったらどうだ?』
「…………むぅ」
「お、悩んでるね。むふふ、いろいろ噂聴いてるでしょ? アタシ、もう挑戦者いなくて暇なのよ。依頼報酬の金貨五千枚も、四千九百枚になっちゃったし」
「お前、報酬使い込んでるのかよ」
「仕方ないじゃん。生活費も含めて金貨五千枚って言っちゃったし」
「というか……この短期間に金貨百枚も?」
「うん。王都のご飯、おいしいんだもん」
ニコッと笑うヒジリ。
そして、ハイセの腕を取る。
「ね、戦お? アンタが勝ったらアタシを好きにしていいよ。まぁその、そういう経験ないけど……えっと、みんなアタシのこと『美少女』とか『いい身体してる』とか言うし」
「お前、恥ずかしいならそういうセリフ言うなよ」
「う、うっさい!! とにかく───……うん、ちょっと飲まない? アタシけっこうお酒好きなのよ」
「…………」
少し、気になった。
ヒジリは『最強』を目指している。その理由が少しだけ気になった。
◇◇◇◇◇
向かったのは、ヘルミネのバー。
「あら、いらっしゃい。ふふ……今日は違う女の子連れてるのね」
「え、そうなの? ふーん」
「勘違いするな。それとヘルミネさん、そういう誤解招くようなのは……」
「ふふ、ごめんなさいね」
ヘルミネは妖艶に微笑み、ハイセとヒジリはカウンター席へ。
ウェルカムドリンクで、甘いリンゴジュースが二人の前へ。
ヒジリはニコニコしながらグラスをハイセに向ける。だが、ハイセは一気に飲み干した。
「むぅ、乾杯くらいしてもいいじゃん」
「お前に聞きたいことがある。お前が最強を目指すわけは?」
「あ、マスター、辛いのある? お酒はシュワっとするやつで!!」
ヒジリは聞いていない。
ハイセは特に注文しない。ヘルミネのすごいところは、ハイセの気分に合った食事やお酒を、何も言わずに的確に出してくれるところだ。
今日も、少し飲んだ後とわかったのか、酒精の弱いカクテルを出してくれる。
「アタシが最強を目指す理由だっけ。そりゃ、アタシが強いからよ」
ヒジリがそう言うと、ヒジリの前に小さな魔石が埋め込まれたプレートが置かれた。ヘルミネが指で軽く触れると、魔石が赤くなり熱を帯びる……簡易的なホットプレートである。
その上に、小さな鍋を置く。鍋には赤い野菜や香辛料が入っており、肉なども多く入っていた。
鍋が熱せられると、ふわりといい香りが漂う。
「わぉ、おいしそう!」
「ドワーフ族が考案した鍋料理よ。レッドチリ、レッドペッパーを入れて、オーク肉を入れてあるわ。少し煮込むとと~っても辛い味になるわ」
「ん~最高。アタシここ通うっ」
「あら、ありがと」
ヘルミネはクスっと笑う。
そして、鍋が煮えるまでの間、ヒジリは言う。
「アタシ、捨て子だったの」
「───!」
「知ってる? 西国ウーロンは海沿いにあって、武術が盛んな国なの。アタシが捨てられてたのは、西国で最もオンボロで最弱って呼ばれてた『ウィングー流』の道場前……アタシのおばあちゃんが創設した武術の道場なの」
「……ウィングー、流?」
「うん。コンセプトは『女だって拳を握る!』って。あはは、おばあちゃんって若いころモテモテでさ、いろんな男の人に言い寄られて、けっこう苦労したみたい。だから襲われないようにいろんな武術学んで、自己流にアレンジして作ったんだって。でも、女の創設者とか馬鹿にされて、弟子どころか後継者もいない……おばあちゃん、若いころはモテモテだったけど、四十超えたらもう誰も寄ってこなくなったとかで、生涯独身だったわ」
「…………」
「で、捨て子だったアタシは後継者として育てられました、って感じ。いやー……地獄の日々だったわ。アタシの『能力』があってもおかまいなし。とにかく鍛えて、技を叩きこまれたわ。おばあちゃん、すっごく楽しそうでさ、アタシも楽しかった」
「…………」
「おばあちゃん、いつも言ってた。『女だって拳を握っていい。男に勝つ女がいてもいい。女が最強になってもいい』って……最強は、おばあちゃんの夢で、それを聞いて育ったアタシの夢」
「…………」
「アタシが冒険者登録をした日、おばあちゃんは言ったわ。『売られた喧嘩は買え。自分から売ったら何が起きても逃げずに戦え』って。そして『もう教えることはない。頑張りな』って。その話聞いて、ちょっと外に出て日課のトレーニングして帰ったら……おばあちゃん、死んでた。アタシにもう教えることないって満足したみたいに。椅子に座ったまま、満足そうに微笑んでた」
「…………」
「アタシ、おばあちゃんに見せるんだ。おばあちゃんの技と、アタシの能力。どんな魔獣にも、どんな相手にも負けないって。だからアタシは戦うの。最強を目指してね」
「…………」
「お、いい感じに煮えたかも」
ヒジリは鍋を食べ始め、「か、辛ッ!? 水水みずっ!!」と叫んで水を一気飲みした。
ハイセはカクテルを飲み、考えた。
「最強、か」
自分とは全然違う。
まっすぐで、眩しい『最強』だ。
「あっちちち……これがアタシの理由。納得できた?」
「……ああ」
「で、どう? 戦ってくれる?」
「…………」
ハイセはグラスを置き、ヒジリを見た。
鍋はすでに完食していた。身体ごとハイセに向き、不敵な笑みを浮かべている。
「ハイベルグ王国では、あんたが一番強い。サーシャとかいうのも期待したけど、あれはダメね」
「サーシャに会ったのか?」
「うん。余裕なさそうな感じで、突けば破裂しそうな子だった。あれ、ほっとけば破裂して自滅しそうだし、興味ないわ」
「…………」
「ま、そんな奴のことより」
「……いいぜ、戦ってやる」
「!!」
ヒジリは笑顔を浮かべる。
「ただし、サーシャと戦って勝ったらな」
「……はぁ?」
「一つ言っておく。サーシャは強い……舐めると、やられるぞ?」
「…………」
ヒジリは首を傾げた。
ハイセは前を向き、おかわりのカクテルを注文した。





