金剛の拳②
クランの応接間に案内されたヒジリは、豪快に足を開いて腕組みをしてソファに座っていた。
聞けば、サーシャと同い年。
ぴっちり足を閉じ、姿勢よく座るサーシャとは対照的だった。
現在、ソファに向き合って座るサーシャとヒジリ。サーシャの後ろにはレイノルドが立ち、ドアの前には帰って来たロビン、タイクーンがいる。
ヒジリは、茶菓子のクッキーをモグモグ食べていた。
サーシャは、落ち着いた声で言う。
「S級冒険者『金剛の拳』ヒジリ殿、クラン『セイクリッド』に依頼というのは?」
「堅っ苦しいわねー、もうちょい肩の力抜いて喋りなさいよ。あんた、アタシと同い年だってのに余裕なさそうねぇ」
「用件は」
仲良くなれない。
サーシャは瞬間的に悟り、さっさと用件を聞いて追い出そうと決めた。
そもそも、クランに乗り込んで来て、仲間に暴力を振るわれたのだ。討伐されても正当な言い訳ができるし、こうやって応接室に通して茶菓子まで出して話を聞いてやるだけでも破格の優しさだ。
ヒジリは、依頼書をテーブルに置いた。
「クラン『セイクリッド』に依頼するわ」
「…………」
サーシャは依頼書を手に取り確認……そして、目を見開いた。
「討伐依頼。討伐対象は……S級冒険者、『金剛の拳』ヒジリ、だと? まさか、自分を対象に討伐依頼を!?」
「そうよ。そうじゃないと、強い奴と戦えないんだもん」
「それに、報酬が金貨五千枚……!?」
「アタシの全財産。討伐依頼とか、ダンジョン攻略でお金稼いだの。食べ歩きしてだいぶ減っちゃったけどねぇ」
「…………」
なんだ、こいつは。
サーシャはヒジリを見てそう思った。
「アタシは最強の冒険者を目指しているの。禁忌六迷宮を攻略した冒険者と、冒険者チームがハイベルク王国にいるって聞いて、マラソンでここまで来たのよ。ハイセとかいうヤツに喧嘩ふっかけたけど逃げられちゃってさ、次の目的であるアンタのところに来たってわけ」
「…………」
「クラン総出でもいい。アタシを退治しない?」
ヒジリは、拳をパシッと合わせサーシャに突き付けた。
どこまでも楽しそうにニカッと笑う。
サーシャは、フッと笑って言った。
「論外だな」
「は?」
「常識人なら、こんな依頼を受けるはずがない。討伐対象を自分にして、冒険者相手に討伐させるだと? そんなことに何の意味がある」
「もちろん、最強の冒険者になるためよ。最強っていうのは、誰よりも強い冒険者ってこと。魔獣より、S級冒険者よりも強いってことよ」
ふと、サーシャの脳裏にハイセがよぎった。
一人で戦い続け、強くなろうとする冒険者の姿を。そうさせてしまった自分の姿も思い出す。
きっと、ヒジリはハイセと違う。
キラキラした眼は、純粋に『最強』を求めている。ハイセのように『一人でも戦えるための最強』とは違う。
「我々のクランで、この依頼を受けることはできない。用事が済んだら帰ってくれ」
「……アンタさぁ、つまんないわね」
「なに?」
「さっきも言ったけど余裕なさすぎ。いくつかクラン回ったけどさ、あんたが一番つまんない顔してる。アンタ、何のために冒険者やってんの?」
「…………」
「ま、いいわ。禁忌六迷宮をクリアしたチームって聞いたから期待してたけど、アンタと戦っても得る物はなさそうだわ」
「…………」
ヒジリは立ち上がり、依頼書を手に部屋を出ようとする。
「忠告しとく。アンタ、そのままクラン運営したら、絶対に独裁者みたいになるわよ。自分の言うこと聞かない奴を追放したり、イライラを人にぶつけて不快にさせたり、自分の勝手な意見で思いやったフリしたりね。余裕のないヤツはみんな同じだからさ。じゃーね」
ヒジリは部屋を出た。
サーシャは、震える手で水のグラスを掴むが、そのまま握り砕いてしまった。
「お、おいサーシャ……」
「…………独裁者、か」
まるで、ハイセを追放した自分を、ヒジリに見抜かれたような気がした。
◇◇◇◇◇◇
数日後。
ハイセは討伐依頼を終え冒険者ギルドに報告。そのまま解体場へ向かい、討伐魔獣を査定に出していた。
禁忌六迷宮の新たな情報が入るまでは、普通の冒険者家業を続けている。
そして、解体場のトップである元冒険者のデイモンが言う。
「なあハイセ、お前さん……あのヒジリとかいう冒険者に挑戦しないのかい?」
「またその話か……もう飽き飽きだよ」
デイモンは「かかか」と笑い、ハイセの狩ったSレート魔獣『キルラカマキリ』の腕をコンコン叩く。
キルラカマキリは、両腕が鎌になっている巨大昆虫型魔獣。ハイセのアンチマテリアルライフルで頭が粉々に破壊され即死状態。
ハイセにしては珍しく、いい状態での持ち込みにデイモンはご機嫌だ。
「けっこう話題になってるぜ。あのヒジリに挑んだ冒険者はこの数日で五十人くらいで、全員が十秒以内に返り討ちだとか。中にはS級もいるらしい。さらに驚いたことに、ヒジリは『能力』を使ってないとか」
「へえ」
「へえ、って……興味ないのか?」
「ない。デイモンさん、早く査定。俺腹減ってるんだ」
「へいへい。ギルド内でも話題だぜ? ヒジリは性格こそアレだが、見てくれは美少女だからなぁ。下心丸出しのアホとかは股間を潰されて『再起不能』にされたらしいぜ」
「怖いなぁ……」
「ははは。なあハイセ、久しぶりにメシでも食うか? こいつは鎌と核ぐらいしか使い道ないし、残りは廃棄するしかねぇ」
「いいよ。デイモンさんとメシなんて久しぶりだな」
ハイセは、ヒジリのことなどまるで頭になく、冒険者をやっていた。
◇◇◇◇◇
ヒジリがハイベルグ王国に来て二十日ほど経過した。
「あー……つまんない」
七十六人目の冒険者をコテンパンに叩きのめした後、挑戦者がさっぱりだった。
どうやら、噂が回ったようだ。
S級冒険者ヒジリの強さは本物。タイマンでは勝ち目がない。チームで挑め。チームでも負けた……これ以上相手をして負けると、自分たちの名に傷がつく。
そういう結果になり、最終的には。
『S級冒険者ハイセ、S級冒険者サーシャが、調子に乗っているS級冒険者ヒジリを倒してくれる』
そんな話になるのに、時間はかからなかった。
ハイベルグ王国の冒険者たちは、ハイセかサーシャがヒジリを倒してくれると思っていた。
さらに、ハイセとサーシャのどちらが強いのか? そんな話にまで発展した。
「早く来ないかしら、冒険者ハイセ……ふふっ、はやく闘りたいわ」
◇◇◇◇◇
ハイセは、飲み屋街で盛大にため息を吐く。
「はぁ~……」
「やれやれだな、ハイセ」
「ガイストさん……なんとかしてくださいよ」
ガイストに誘われ、飲み屋に来たハイセ。
ハイセは、噂にウンザリしていた。
「俺とサーシャのどっちが強いかとか、ヒジリを倒すのはどっちかだとか、俺が二人を手籠めにしてるとか意味わからんのもあるし……」
「そういう噂は気にならんのだろう?」
「限度ってもんがありますよ……そういや、あいつは何してるんです?」
「む、どっちだ?」
「……ヒジリの方」
「あいつは、冒険者ギルドが紹介した宿に寝泊まりしているぞ。最近は挑戦者もいないようで暇しているようだ……恐らく、お前を待っているぞ」
「…………」
「サーシャは、相変わらず忙しそうだ。禁忌六迷宮の踏破パーティーを開催する準備もしている。ワシも呼ばれたが、お前は?」
「……宿に招待状、届いてました」
「そうか。サーシャはひっそりやりたいようだが、周りがそれを許さんようだぞ」
「…………」
「ふ、ハイセ……ヒジリの挑戦を、受けてやったらどうだ?」
「え……?」
「あの子も、不器用なんだろう。力を持て余している……うまくガス抜きしてやれ」
「俺がですか?」
「ああ」
「……ガイストさんがやるのは?」
「無理だな。今のワシでは、太刀打ちできんよ」
「えー……」
「まあ、考えておけ」
「……はあ」
ハイセはそう言い、運ばれてきた串焼きを一本掴んだ。





