金剛の拳①
「たのもぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
冒険者ギルドのドアが豪快に開かれた。勢いがありすぎてドアが外れ、ズズンと倒れる。
時間は昼と夕方の間。早い冒険者チームなら依頼を終え報告しに戻っている頃で、今日はどのチームも早く依頼を終え、報告に戻っていた。
なので、冒険者ギルド内は混んでいる。そして、ドアを開けた何者かに全員が注目。
その中には、ハイセとプレセアもいた。
「アタシは西のウーロンから来た最強のS級冒険者ヒジリ!! 二つ名は『金剛の拳』!! この国に、最強の冒険者がいるって聞いてわざわざ遠くからマラソンでやって来たわ!! さぁ、ええと……なんだっけ、ダークなんちゃらの、えーと……は、ハンペン? 出てきなさい!!」
よく響く声だった。
ギルド内の全員が、ミイナと話していたハイセに注目する。
ハイセの隣にいたプレセアはクスっと笑った。
「呼んでるわよ、ハンペンさん───いたっ!?」
ハイセはプレセアのおでこにデコピンした。
プレセアは涙目でおでこを押さえ、ムスッとする。
ハイセは言う。
「無視無視。あんなアホっぽいヤツ、絡まれたら面倒だろ」
「でもでもハイセさん、あの人……すっごい美少女ですよ? ふふん、あたし、プレセアさん、サーシャさんクラスの美少女です」
「じゃ、帰る」
「相変わらずの無視ぃ……」
ハイセは、ギルド内にいる冒険者たちに「最強はどこ!?」と聞いているアホっぽい女……ヒジリに見つからないように行こうと決め、プレセアに言う。
「おい、金払うから姿消してくれ」
「お金は間に合ってるわ。そうね……晩ご飯、おごってくれるなら」
「…………わーったよ」
「はい、決まり」
プレセアが指を鳴らすと、ハイセに《精霊》がまとわりついて姿が消える。
ハイセは、プレセアと一緒に堂々とヒジリの隣を横切ってギルドの外へ出ようとした。
「───待て」
だが、ヒジリがプレセアの前に立った。
ギョッとするプレセア。
たった今、ハイセとプレセアはヒジリの横を通りすぎた。が……気が付くと、ヒジリはプレセアの前に、そして、視線はハイセに向いていた。
「そこにいるな? お前、強いわね。もしかして『最強』かしら?」
「…………どうやら無駄みたいね」
プレセアが指を鳴らすと、ハイセの姿が現れた。
そして、ヒジリはハイセをジーっと見て近づく。
「…………へえ、ヤッバいわね。死の匂いがプンプンする。それに、傷だらけ……いいじゃん」
「なんだお前。俺に何か用か?」
ハイセは、改めてヒジリを見た。
身長はハイセよりも低く、プレセアよりも少し高い。
髪は銀色っぽい。だが、サーシャのような輝く銀色ではなく、銀灰色と表現すべき色だ。
腰まで伸びている長い髪をポニーテールにしている。
瞳は濃い緑色で、顔立ちは間違いなく美少女だが、ニヤリと歯を見せて笑う姿は、可愛らしいというより狂犬のように見える。
服装も独特だ。大きな胸を隠すサラシに、肩が剥き出しのジャケット、腹が剥き出しで、手には鉄板入りの指ぬきグローブ。スパッツを吐き、短いショートパンツ。足も鉄板入りのブーツを履いている。
見た目だけでわかった。ヒジリは格闘家だ。
「アタシはヒジリ。最強の冒険者よ」
「…………」
「禁忌六迷宮を攻略した冒険者、アンタでしょ」
「ああ」
「ふーん……アンタの話、西まで伝わってる。マスター系能力者で、たった一人で最強の冒険者を目指してるって。アタシと同じね」
「…………」
「もう、わかるでしょ?」
ヒジリは拳をハイセの胸に突き付ける。
そして、軽くジャブでハイセの胸を叩こうとした……が。
「冒険者ギルドで私闘は禁じられている」
「!?」
パシッと、ヒジリの手をガイストが掴んだ。
ハイセは驚いたが顔に出さないようにする。プレセア、ヒジリは驚いていた。
「なっ……」
「きみか? ギルド内で騒いでいた冒険者は。悪いが、カードを確認させてもらうぞ」
「……アンタもヤバそう。でも、それ以上に面白そうね」
ヒジリは冒険者カードを出す。それは間違いなく、S級冒険者の証だった。
ガイストはカードを返し、ヒジリに言う。
「……何度も言うが私闘は禁じられている」
「そうね。じゃあ、依頼を出すことにするわ」
「む?」
ヒジリはスタスタと、冒険者ギルドの中心へ。
そして、大声で叫んだ。
「S級冒険者ヒジリが依頼を出すわ!! 依頼内容は討伐系!! 標的はこのアタシよ!! 依頼報酬は金貨五千枚!! それと、アタシをあげる!! お茶くみでも雑用でも荷物持ちでも何でもする!! 腕に自慢のある冒険者はかかってきなさい!!」
そして、懐から依頼書を出し、カウンターに叩き付ける。
「依頼、受理しなさい」
「は、は、はいぃっ!!」
ミイナは慌てて依頼を受理。
正式に、『S級冒険者ヒジリの討伐依頼』が発生した。
「これなら文句ないわよね。そこのアンタ!! 最強の冒険者目指してるなら、アタシの挑戦から逃げるような真似、するんじゃないわよ!!」
ヒジリは、ハイセに指を差してニヤッと笑った。
◇◇◇◇◇◇
「面倒なことになったわね」
ハイセとプレセアは、ヘルミネのバーに来ていた。
カウンターに座り、注文をすると……今のハイセにピッタリな、どこか渋みのある柑橘系のカクテルが出てきた。
プレセアも同じ物を飲みながら言う。
「あの子、馬鹿だけど間抜けじゃないわ。あなたが最強の冒険者だって知ってるから、あんな行動に出たのね」
「…………」
「きっと、腕に自信のある冒険者はあの子に挑む。そして、返り討ちにする。それが続くと、勝てない冒険者や傍観者たちは『最強の冒険者ハイセならきっと』って思うわ。そうなればもう、あなたが出るしかない。出ないなら『ハイセは勝てないから逃げている』って思われて、あなたの評判が下がる」
「…………」
「しばらくは、あの子に挑む冒険者たちがあふれるでしょうね。金貨五千枚に目がくらんだA~B級能力者や、実力を試したいS級冒険者とか。それに、冒険者同士の私闘は禁止だけど、依頼という形なら問題ない。現に、受理されて掲示板に張り出されていたしね」
「…………」
「ね、ハイセ。どうするの?」
「どうするも何も……興味ない」
「そ。あなたの評判、下がるかもよ?」
「それこそ、興味ない。俺は誰かに評価されたくて戦ってるわけじゃないしな」
「ふぅん……さてさて、どうなるかしらね?」
「は? 何がだよ」
「あなたは『最強』だけど……王都にはもう一人、有名人がいるじゃない。あなたの幼馴染とか、ね」
「…………」
ハイセはカクテルを飲み干し、おかわりを注文した。
◇◇◇◇◇◇
一方、冒険者ギルドでの騒ぎを聞いたサーシャ。
「……S級冒険者、『金剛の拳』が……ハイセに挑戦状?」
「ああ。そうらしいぜ」
現在、サーシャの執務室にはレイノルドがいる。
他のメンバーはそれぞれ仕事中。今日の仕事が終わったレイノルドが、サーシャを食事に誘ったのだ。
サーシャも、そろそろ仕事が終わる。久しぶりにレイノルドと一緒に、近くの居酒屋街にでも行こうと考えていると、レイノルドが先程あった冒険者ギルドでの話をしたのだ。
「知ってるか? S級冒険者『金剛の拳』ヒジリを」
「ああ。噂はな」
S級冒険者『金剛の拳』ヒジリ。
ハイセと同じソロ冒険者で、たった一人でいくつもの高難易度ダンジョンを踏破した冒険者。
サーシャたちが禁忌六迷宮に挑んでいる間、たった一人でA級ダンジョンを七つ踏破した。一時、最強の冒険者と言われていたが、禁忌六迷宮を踏破したハイセが最強と呼ばれ、短い間の最強だったらしい。
「銀灰色のポニーテールをなびかせた十七歳の格闘家だってよ」
「銀灰色……」
「お前の髪は綺麗でキラキラしたシルバーで、ヒジリのは鉄っぽい、灰がかった銀色ってこった」
「き、綺麗……?」
「あ、ああ。お前の髪は綺麗だぞ? 間違いなくな」
「そ、そうか……ありがとう」
「お、おお」
話が逸れ、少し黙り込んでしまう二人。
いきなりキレイと言われ、さすがのサーシャも動揺してしまった。
「あー、まぁとにかくそんな奴だ。西のウーロン国出身ってのはわかるけど、あとは知らん」
「そうか……まぁ、特に問題は」
と、ここでドアがノックされた。
レイノルドが「おう、いいぜ」というと、慌てたようにクランに所属する冒険者の一人が入ってくる。
「さ、サーシャさん!! 大変っす!! 変な女が「サーシャさんに話がある」って!!」
「……なに?」
「その、追い出そうとした先輩を叩きのめしちまって……!!」
サーシャは立ち上がり、クランホームの入口へ向かう。
そこにいたのは、床に倒れるA級冒険者が数名。そして、銀灰色のポニーテール少女だった。
「貴様、何者だ」
「あー……ごめんね、ちょっと叩いたらノビちゃって。って、あんたがクランマスター?」
「……何者か、と聞いている」
黄金の闘気がサーシャを包み込み、剣を抜いて突き付ける。
狼藉者ことヒジリは、ゾクゾクと背筋を震わせた。
「わお……こっちもいいじゃん。って、ヤバいヤバい。あのさ、アタシはヒジリ。この人たちのことはほんっとうにゴメン……で、ギルドでいろいろ話を聞いて、ハイセ以外にも強い冒険者がいるって聞いて、ここにいるサーシャって子に会いに来たのよ」
「サーシャは私だ」
「わお、やっぱり!! ね、ね、アタシの依頼、クランで受けない?」
「…………なに?」
ヒジリは、嬉しそうにニコニコ笑い、依頼書を取り出した。