ハイセとロビン
ある日。
ハイセは一人、冒険者ギルドに向かっていた。
時間は、冒険者ギルドの依頼掲示板に、最新の依頼が掲示されてから一時間後。冒険者たちが依頼を受け、ギルド内が静かになった頃である。
ハイセがギルドに到着すると、やはりギルド内は静かだった。
「あ、ハイセさん。いつも通りですねー」
「ああ」
ミイナが、箒と塵取り片手にハイセに挨拶する。
よく見ると、他の職員たちもカウンターや机などを掃除していた。
ハイセは、さっそく依頼掲示板へ向かう……すると、プレセアが音もなく隣に並んだ。
「何受けるの?」
「討伐系。お前は?」
「さぁ。見てから決めるわ」
最近わかったことだが、プレセアは採取系と討伐系の依頼を交互に受けている。等級もAに上がり、いくつかのチームから勧誘を受けているようだが、ソロの道を歩んでいるようだ。
掲示板には、採取系の依頼が多い。
ちなみに、プレセアの採取系依頼の達成率は100%だ。エルフは薬草学に詳しいということもあるが、プレセアの『精霊使役』の能力なら、森にいる『精霊』に話を聞くだけで、どこにどんな薬草があるのかすぐにわかるのだとか。
この能力を使っても、『万年光月草』の居場所は霊峰ガガジアにしかなかったという。
「これにするわ」
「じゃあ、俺は「あ、ハイセ!!」
と、Sレート魔獣の討伐依頼用紙を取ると同時に、背後から声をかけられた。
グリーンのポニーテールを揺らした、小柄な少女。
チーム『セイクリッド』の狙撃手にして、A級冒険者のロビンだった。
「プレセアも。二人とも久しぶりだねっ」
「ロビン……お前、クランの仕事は? もう、冒険者ギルドに来なくても依頼は受けられるだろ」
「もう!! 会うなりそれはひどいし。あたしだってギルドに用事くらいあるもん」
「そうかい。じゃ、頑張れよ」
ハイセはその場から離れようとするが、ロビンがくっついてきた。
「……何だよ」
「あのね、用事も済んだし、あたし暇なの。ハイセにくっついていい?」
「え」
「駄目よ。ハイセはこれから依頼なの」
「邪魔しないからさぁ~……ダメ?」
「……じゃあ私も一緒に行くわ」
「いやお前ら、勝手に……」
ハイセはため息を吐き、カウンターで依頼を受理。
すると、やはり二人は付いてきた。
ロビンは、ハイセの腕にギュッと抱きついて甘えてくる。
「えへへ、ハイセと一緒、久しぶりっ」
「あなた、ハイセを追放した一味のくせに、図々しいわ」
「あたしは最後まで反対したもん」
「チームの意向に従ったのなら同罪ね」
「あーもう、静かにしろよ。あとロビン、あんまりくっつくなよ」
「え~」
胸が当たるんだよ。とは言えないハイセだった。
◇◇◇◇◇◇
ハイセが受けた討伐依頼は、王都から北にある農村からの依頼で、畑を荒らす魔獣をなんとかしてほしいというモノだった。
何度か冒険者が派遣されたが、冒険者たちは返り討ちに合い死者も出た。
生き残った冒険者たちの報告から、S~レート登録された魔獣、『ダイノレックスボア』という、全長五メートル以上ある巨大な『イノシシ』とわかった。
これ以上、畑が荒らされると生活に支障が出るということで、村から討伐依頼が出た。
報酬は金貨五枚。はっきり言ってかなり少ない。死者も出ているということで、長らく放置されている依頼だ。ハイセが禁忌六迷宮に潜っている間に出た依頼らしい。
ロビンは言う。
「報酬は金貨五枚。あと、魔獣の素材かぁ……ええと、ダイノレックスボアは……」
ロビンは、アイテムボックスから『魔獣図鑑・最新版』を取り出してページをめくる。
「あった。ダイノレックスボアはツノが高く売れるみたい。あと、お肉が高級肉っ!!」
「……お前、いつの間にそんな本を」
「え? これ?」
ロビンの手にある本を見て、ハイセは驚く。
「えへへ。あたしだって勉強しなきゃなって思ってさ。タイクーンから借りたんだ」
「…………」
「あたし、狙撃手だから。だから、魔獣の弱点とか正確に撃ち抜くのが仕事だから。ちょっと昔はハイセに頼りっぱなしだったけどね。えへへ」
ハイセは、ふと思い出す。
『ハイセ!! こいつの弱点はっ!?』
『こいつは眼だ!! 表皮は硬くて矢が刺さらない!!』
『わかった!!』
いちいち、ハイセに弱点を確認しながら矢を番えていた。
懐かしくなり、思わずロビンをジッと見てしまう。
「ん? どしたの、ハイセ」
「あ、いや……なんでもない」
「もう少しで村に着くわよ」
と、プレセアがスタスタと先を歩く。
ロビンがその隣に並び、プレセアに「ね、ね、狙撃手同士仲良く頑張ろうねっ」と声をかけ、プレセアは「そうね」と適当に返事をする。
今更だが、ハイセは思う。
当時、『セイクリッド』にいた頃……ハイセは、ロビンの元気に救われていた。
仲間との実力が開き、お荷物扱いされても、ロビンは変わらず接してくれたし、笑顔でハイセの傍にいてくれた。
そして……ハイセの追放を、最後まで反対してくれた。
今、こうしてチームと決別し、S級冒険者となっても、ロビンは変わらない。
変わらない笑顔で、ハイセに接して、人懐っこい笑顔でプレセアに話しかけている。
「…………」
ふと、ハイセはようやく気付いた。
ソロでいい。一人でやれると思っていたのに。
プレセアとロビンの同行を断らず、こうして一緒に依頼を受けている自分に。
◇◇◇◇◇◇
村長に挨拶し、村を周り、さっそく荒らされている畑へ向かった。
広大な畑には大量のカボチャが栽培されている。驚いたのは、荒らされている場所が規則的で、まるで食べる場所を決めているような荒らされ方をしていたことだ。
「頭のいい魔獣ね。日ごとに食べる場所を決めているみたい」
「みてみて、あれ……あそこにフンがある。きっと、他の魔獣が近づかないようにしてるんだね」
「まぁ、やることに変わりないだろ」
ハイセは、アンチマテリアルライフル》を具現化し、肩に担ぐ。
「おおー!! ね、ね、それハイセの能力だよね? カッコいい~!!」
「おい、触るな。危ないぞ」
「作戦は?」
「……一応言っておくけど、これ俺の依頼で、お前たち関係ないからな」
「……ハイセ、プレセア。見てこれ。足跡」
ロビンは、足跡を見つけた。
畑から森に続いており、行きと帰りの二種類の足跡がある。
「足跡の乾き具合から見て、たぶん八時間くらい前のものだね。たぶん、決まった時間に来るんだと思う。ね、ハイセ……これ、待ち伏せできないかな」
「……なるほどな」
「面白いわね」
三人は、ダイノレックスボア討伐に動き出した。
◇◇◇◇◇◇
夕暮れになり、森の奥からズンズンと、ダイノレックスボアが現れた。
漆黒の体毛。頭部のツノ、口部には反り返った牙が生えており、大きさも全長十メートルを優に超える大きさで、同種でもかなりの大きさだ。
目的は、畑のカボチャ。
この農村はカボチャ農家が殆どで、ハイベルク王都に卸す多くのカボチャを栽培している。ここが潰されると、王都にカボチャが流通しなくなる。
『グォルルルルル───……ッブモ!?』
バチン!! と、ダイノレックスボアの『眼』に矢が当たった。
瞼を閉じたタイミングでの命中だったので、眼球は傷ついていない。
矢が飛んできたのは、カボチャ畑の正面だ。
「やっほ~」
カボチャ畑の中央に、ロビンが立っていた。
肉。ダイノレックスボアにはそうとしか見えない。
そして、今度は側頭部に矢が命中する。
「硬いわね」
木の上から狙撃したプレセアだ。
ダイノレックスボアは悩んだ。
二つの肉が、同時に攻撃してきた。
動きが止まり、どうすればいいか悩む。
だが……この『止まる』という行為こそ、プレセアとロビンが望んでいたことだった。
「───……よし、よく狙える」
村の民家。
平屋にアンチマテリアルライフルをセットし、うつ伏せで狙いを定めるハイセがいた。
アンチマテリアルライフルの弱点は、威力があるが精密射撃をする時には地面に置いて狙いを定めないといけないということだ。
今、ハイセの『照準器』には、ダイノレックスボアの眉間が見えている。
動きを止めているので、狙いも容易。
引金に指を添え、ハイセはニヤッと笑った。
「じゃあな」
ボゥ!! と、発射されたライフル弾が、ダイノレックスボアの眉間に吸い込まれ、脳を破壊し、尻から飛び出した。
『…………───』
ダイノレックスボアは白眼を剥き、そのまま横倒しになり、死亡。
こうして、討伐は完了した。
◇◇◇◇◇◇
ダイノレックスボアを討伐し、村の協力を得て解体。
ハイセは、戦利品のツノを一本、牙を二本手に歩いていた。
「ねーねーハイセ、お肉全部あげちゃってよかったの?」
「ああ。素材だけが欲しかったからな」
「それに、肉は高級食材だし、食べてもいいし、売ってもいい。これまでのカボチャの損害を差し引いても、村は救われる……でしょ?」
「あ、そっかー。さっすがハイセ」
「……俺、そんなこと思ってないからな」
プレセアとロビンはクスクス笑う。
いつの間にか、二人は仲良しになっていた。
そして、ハイセは立ち止まり……アイテムボックスから、牙を二本出し、二人に渡す。
「報酬。好きにしろ」
「え? でもこれ、ハイセの依頼だし」
「……いいの?」
「好きにしろ。じゃあな」
ハイセは歩き出す。
だが、すぐにロビンとプレセアは追いついた。
「素直じゃないわね」
「えへへ。ありがと、ハイセ」
「うるさい。ってかロビン、くっつくな」
「いいじゃん。あ、そうだハイセ。あのね、パーティーだけどもうすぐ開催するからさ、来てよね」
「…………」
「ねーねーハイセってばぁ」
「あなた、馴れ馴れしいわ」
ハイセは、ロビンとプレセアに挟まれながら、騒がしく王都まで戻るのだった。





