現れた『剣聖』
サーシャは一人、クラン『セイクリッド』のハイベルグ支所にいた。
レイノルドはチーム『サウザンド』を連れてダンジョンへ訓練。ピアソラは『教会』の新人『聖女』たちへ指導、ロビンは遊びに行き、タイクーンはどこかへ行った。
今日は来客もない。
いつもなら、サーシャに近づこうとする貴族や、クラン申請の冒険者チームの対応に追われるのだが……しばらくはクラン加入の申し込みを止め、来客もストップさせた。
さすがに激務ということが、冒険者チームや貴族たちも、サーシャたちが対応に追われ大変だとわかったのだろう。
特に文句も出ず、サーシャは溜まった仕事を処理している。
「ふぅ……」
サーシャは、首を揉む。
クラン加入の申請に関する書類、冒険者ギルドへの報告、ハイベルグ貴族への挨拶や手紙の返事など、やることは山積みだ。
事務員を雇い、事務処理は楽になったが……サーシャが確認すべき書類は山ほどある。
タイクーンと分けて処理しているが、それでも大変だった。
禁忌六迷宮を攻略してから、あまりダンジョンに潜れていない。
日々の訓練は続けているが……そろそろ、実戦が欲しかった。
すると、事務員として雇った女性、ルリカがドアをノックし部屋へ。
「サーシャ様、お客様が」
「客? ふぅ……また貴族か、冒険者か? 悪いが、来客は全て断っている。予約簿を見て」
「い、いえ。その……」
「……?」
ルリカの歯切れが悪い。
すると、今度はノックもなくドアが開いた。
「邪魔するぞー」
「あ、アイビス様!? 来客と言うのは、あなたでしたか」
「……ふぅむ。だいぶ疲れた顔しとるのぉ。これだけデカくなったクランの運営にいっぱいいっぱい、といったところかの。まぁ仕方ないの……まだ十七の子供じゃ」
「……あの、要件は」
ペンを置き、アイビスをソファへ。
アイビスはソファにダイブし、横になった。
「ワシもそうじゃった。クランを作ったばかりの頃、毎日寝る暇を惜しんで仕事したものよ……デカくなりすぎたクランというのは、マスターにかかる負担も、またデカい」
「…………」
「さて。今日の用事はワシじゃない。ワシの……まぁ、古い付き合いがあるヤツが、おぬしに会いたいと、わざわざやって来たんじゃ」
「……私に、ですか?」
「うむ。そろそろ来ると思うんじゃが……お、来たの」
サーシャにはわからないが、ソファに寝転がったままのアイビスがチラッとドアを見る。
すると、ドアがノックされた。
サーシャは、部屋の隅に待機していたルリカに目配せすると、ルリカはドアを開ける。
ドアが開くと───入ってきたのは、一人の男性。
「失礼する」
サーシャは、一瞬で悟った。
剣士。
圧倒的。
そして───……最強、だと。
「遅いぞ、クロスファルド」
「時間通りだろう」
そう言い、男性はサーシャを見た。
一見すると、年齢は五十代に入ったばかりだろうか。だが髪は白く、髭も眉毛も睫毛も真っ白だ。
薄汚れた外套、そして羽根つき帽子を脱ぎ、アイテムボックスに入れる。
着ているのは、騎士服だろうか。腰にも剣が吊ってある。
鍛え抜かれた肉体だと、服の上からでもわかった。
そして、アイビスが言った名前。
「く、クロスファルド……? まさか……け、『剣聖』……クロスファルド、様!?」
それは、四大クランの一つ『セイファート騎士団』のクランマスターにして……人間界最強であり、サーシャと同じ『ソードマスター』の能力を持つ、最強の名前だった。
そして……サーシャの、憧れの剣士でもあった。
◇◇◇◇◇
クロスファルドは剣を外し、ソファに立てかける。
そして、寝転がっていたアイビスをジロッと睨むと、アイビスは渋々と座り直し、その隣に座った。
「初めまして、お嬢さん。我はクロスファルド・オルバ・セイファートだ」
「は、はは、はじめ、まして……さ、さーシャ、です」
あのサーシャが、ガチガチに緊張していた。
それはそうだ。『刀剣系』の能力を持つ者は誰もが憧れ、刀剣系の能力に目覚めた者は誰もが目指す『セイファート騎士団』のクランマスターが、目の前にいるのだ。
確かに、サーシャは認められ、今は『五大クラン』などと呼ばれているが、同格と思ったことは一度もない。考えることすらおこがましいと思っていた。
「阿呆が。緊張でガチガチじゃ。手紙なり何なりして、来ることを事前に伝えておけばいいものを。ワシが遊びに行くからと、無理やりついて来おって」
「ふ……確かに、そうだったな」
クロスファルドは苦笑し、チラリと部屋を見た。
「……ところで、ノブナガの文字が読める少年はいないのかね?」
「は、ハイセのこと、ですか? ええと……ハイセは、ソロで、チームではないのでここには……」
「そうか……」
「む。おいクロスファルド、ハイセはワシのじゃ。お前なんかに渡さんからな!!」
プンプンするアイビス。
サーシャがポカンとしているので、アイビスは言う。
「あー、すまんなサーシャ。コイツとワシは腐れ縁での。やあれやれ……不愛想の塊であるバラガンや、遊び人のメリーアベルと比べたら、まぁマシな方じゃ」
「ふ、ぐーたらナマケ者のお前に言われたら、終わりだな」
「あぁん!?」
バラガンは『巌窟王』のクランマスター。メリーアベルは『夢と希望と愛の楽園』のクランマスターだ。四大クランのクランマスターの名前だ。
サーシャの視線で気になったのか、クロスファルドが言う。
「我とアイビス、バラガンとメリーアベルは、元は同じ冒険者チームだったのだ。リーダーのノブナガが集めた、変わり者集団とも呼ばれていたがな」
「フン。懐かしいの……ノブナガ以外、みんな長寿種族というのが面白くない。一人くらいくたばって、ノブナガにワシらのこと報告しに行けばいいのにのぉ」
「……っ」
サーシャは、ゴクリと唾を飲み込む。
四大クランのクランマスターが、かつて同じチームに所属していたことは知っていた。
伝説の冒険者チーム、『ヒノマルヤマト』。
そのメンバー二人が、サーシャの目の前にいる。これは、大変なことだった。
クロスファルドは、サーシャに言う。
「さて、要件は───……」
「……?」
クロスファルドは、サーシャをジッと見た。
そして、目を細め……小さく頷く。
「サーシャ、だったな? お前を『セイファート騎士団』に勧誘しに来た」
「え」
「は?」
「我がクランは、刀剣系の能力者のみ入ることができる。お前なら、我がクランの柱となれるだろう」
「……し、しかし、私は、このクランの代表で」
「だが、今のお前は未熟。フフ……遅かれ早かれ、潰れるのが見えている」
「……っ」
「我の元で学び、鍛えてやろう。その間、クランは我がクランで面倒を見てやる」
「…………」
サーシャは黙り込む。
アイビスも何か言おうとしたが、口を開けようとして黙り込む。
「……お断りします」
「ほう」
「ここは、私と、私の仲間のクランです。確かに……私は未熟です。でも、未熟だからこそ、人任せにせず、自分でしっかりやりたいんです」
「ふむ……」
と───……次の瞬間、猛烈な闘気がサーシャを襲う。
「!?」
白金色。プラチナの輝きがクロスファルドを包み込む。
そして、いつの間にか握られていた剣がサーシャに向かって突き付けられた。
サーシャも剣を抜き、黄金の闘気で身を守る。
「なら、決闘だな」
「っ……!?」
「我は、お前をここで潰したくない。力尽くで連れて行くのも悪くない」
「ほ、本気……ですか!?」
「うむ。表に出よ、相手をしてもらうぞ」
クロスファルドは立ち上がる。
立ち上がっただけなのに、サーシャにはクロスファルドが天まで届く巨人に見えた。
◇◇◇◇◇
訓練場にて。
サーシャとクロスファルドは向き合っていた。
サーシャの手には『虹聖剣ナナツサヤ』が握られているが、柄が汗でびっしょりだった。
ほんの数メートル先には、クロスファルドがいる。
憧れの剣士が、プラチナの闘気を漲らせ、サーシャに向かい合っている。
「我に一撃でも入れたら、お前の勝ちだ。アイビス、頼むぞ」
「うむ。審判は任せろ。サーシャ、いいか?」
「……っは、はい」
「では、始め~」
アイビスが適当に開始の宣言をすると同時に、プラチナの闘気が爆発的に膨れ上がった。
バケモノ。
ショゴスよりも、魔族よりも強大な力だった。
サーシャの闘気がティーポットから注がれる紅茶だとしたら、クロスファルドの闘気は流れ落ちる滝の激流だ。
大人と子供どころではない。ドラゴンとアリのようなものだ。
「参る」
「えっ」
目の前にクロスファルドがいた。
剣を振りかぶっている。
「!!!???」
サーシャは剣を無意識に掲げ、闘気を全開にした。
ゴッギャァァァァ!! と、剣が砕けそうなくらいの衝撃だった。
すぐにサーシャは剣を構え直し、横薙ぎを防御する。
「っぐっぎ、っぁァァァァァァァァァァ!!」
ベキベキベキと腕の骨が軋む。
だが、防御できた。
クロスファルドと距離が取れ、サーシャは剣を構え直す。
クロスファルドは、少し残念そうだった。
「ふぅむ。少し、期待外れだの。それとも、我が先手を譲るとでも思ったのか?」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……ッ」
「並みの経験者だったら『先手は譲ろう』とか言うと思うが……それは阿呆だ。どんな格下だろうと侮れば死ぬ。剣というのはそういう世界。我はお前を舐めんぞ? さぁ、全力でこい」
「……ッ」
「それとも……仲間がいないと何もできない、赤ん坊なのか?」
「違う!!」
サーシャは黄金の闘気を全開にし、クロスファルドに斬りかかる。
「黄金剣、『連牙斬』!!」
流れるような連続斬りを、クロスファルドは剣で受ける。
届く気がしない。だが、サーシャは攻撃の手を緩めない。
「ふむ、なかなか。だが……甘い」
「っ!!」
剣が弾かれ、胴がガラ空きになる。
そこにクロスファルドの横薙ぎが入るが、サーシャは跳躍して剣をキャッチ。そのまま振り下ろす。
だが、クロスファルドは指二本で、挟むようにして剣を止めた。
「さぁ、どうする」
「うぅぅぅァァァァァァァァァァッ!!」
サーシャの闘気が膨れ上がる。そして、一瞬だけクロスファルドの闘気を押し返した。
ほんの、ほんの一瞬───……サーシャですら気付かない一瞬。
クロスファルドは見た。
サーシャの『黄金』が、『白金』に輝いたのを。
「黄金剣、『一刀陣』!!」
「ふっ……」
サーシャが渾身の横薙ぎを放つと同時に───……サーシャの意識が途絶えた。
◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇
「…………ぁ、れ」
目を覚ますと、青空が見えた。
身体を起こすと、アイビスがニコニコしながらサーシャを覗き込んでいる。
「起きたか、サーシャ」
「あ、あれ……?」
「頭をスパーンと叩かれて気を失っただけじゃ。まぁまぁ、善戦したの」
「え?……え?」
どうやら、敗北したようだ。
そして、顔を伏せる。
「負け、た……」
「クロスファルドなら帰ったぞ。用事ができたとか抜かしてな」
「……え?」
「さっきの、お前を連れて行くとかいう話、ぜ~んぶ噓じゃよ。身体が鈍ってそうなお前を見て、あいつなりに気を使ったんじゃ」
「……え」
「どうじゃ? 久しぶりに思いっきり能力を使って、さらに身体を動かして……スッキリしたじゃろ?」
「…………そういえば」
久しぶりに、全力を出した。
闘気も全開まで振り絞ったおかげで、気持ちのいい疲労感だけ残っていた。
身体も限界まで酷使し、もう全然動けない。だが、意外にも心地いい。
「クロスファルドは、本当に挨拶だけしに来たんじゃよ。だが、疲れてるお前を見て、わざとお前を挑発してガス抜きさせたようじゃな。まったく面倒な男じゃ……」
「…………」
「さ、今日はもうお休みじゃな。仕事はワシが引き受けてやるから、風呂にでも入ってさっさと寝てしまうがいい」
「アイビス様、クロスファルド様は……」
「さぁの。自分のクランに帰ったんじゃないかの?」
「…………」
「ふ……まぁ、そのうち手紙でも出せ」
「……はい!!」
この日、サーシャは疲労がすさまじく、部屋に戻るなり朝までぐっすり寝た。
おかげで、翌日の目覚めはスッキリ。また、仕事への意欲がわく。
最初に始めた仕事は───クラン『セイファート騎士団』への手紙を書くこと、だったそうだ。
 





