プレセアとタイクーン
ハイセは、射撃訓練を終え、王都に向かって歩いていた。
途中、大量の資材を運ぶ馬車と何度かすれ違った。そして、馬車が向かう先を見る。
「そういや、サーシャのクラン……あっちに新しい本部ができるんだっけ」
クラン『セイクリッド』は、新たなスタートを切ろうとしている。
だが、ハイセは変わらない。
『天爵』という爵位を得たからと言っても、特に生活は変わらない。あのボロ宿で朝食を食べ、ギルドで依頼を眺めて面白そうなのがあれば受け、依頼を終えてミイナと雑談したり、ガイストと酒を飲んだり、ヘルミネのバーで一人飲んだり、たまにプレセアと飲んだり……と、禁忌六迷宮を攻略して、ようやく日常が戻った。
ガイストに依頼し、残りの禁忌六迷宮の場所を捜索はしている。
情報があれば向かう予定だが、今は何もない。
「ふぁぁ……ちょっと早いけど、バーで少し飲もうかな」
ハイセは、ヘルミネのバーへ向かうことに決めた。
王都の正門に到着すると、プレセアがいた。
「ハイセ」
「お前……何してるんだ?」
「依頼が終わって、少しブラブラしてただけ。ね、少し早いけどお酒でも飲まない?」
「ん……いいけど」
「じゃ、ヘルミネのところね」
そう言い、ハイセの隣に移動するプレセア。
まぁいいかと思いつつ、ハイセはプレセアと歩き出した。
すると……何とも珍しい人物と出会った。
「あれ、タイクーン」
「む? おお、ハイセ。ちょうどいい、少し話をしよう。お前は以前、ボクが持っていた本の表紙だけを見て『古代文字』を読んだな? そのことについて聞きたい。ああ、情報料は出そう。場所はどうする? クランにあるボクの部屋でいいか?」
「ま、まてまて落ち着け。待て、待て……待て」
「ボクは犬じゃないぞ」
「犬じゃない。あなた、尻尾振ってる。ハイセのこと追放した一味のくせに」
「……それは否定しない。だがな」
「待てっての。とにかく、こんな往来でする話じゃないだろ。サーシャは当然だけど、『セイクリッド』のメンバーは全員、有名人なんだから」
ハイセがそう言うと、タイクーンが「むぅ」と唸る。
プレセアは、ハイセの腕に抱きついて言う。
「無視して行きましょう」
「待て、どこに行く」
「ちょっとバーへ」
「なら、ボクも同行しよう」
「イヤよ」
「で、どこだ?」
タイクーンは、着いてくる気満々だった……仕方なく、ハイセとプレセアはタイクーンを連れ、ヘルミネのバーに向かうのだった。
◇◇◇◇◇◇
「あら、今日はお友達もいるのね」
「違うわ。犬よ」
「意味が解らんな。ハイセ、このエルフは何なんだ?」
「…………」
プレセアとタイクーン。
はっきり言って、相性は最悪かもしれない。
ハイセは無視し、カウンターに座る。すると、ハイセの右にプレセア、左にタイクーンが座った。
「ヘルミネ、甘いの」
「ええ。いつものでいい?」
「ん、ハイセにも」
「お兄さん、あなたは?」
「任せる。ではハイセ、さっそくだが」
「待てっての。俺が注文してない。そうだな……酒よりも、メシが食いたいな。マスター、サンドイッチを。酒は軽いので」
「ええ、わかったわ」
ヘルミネが準備をしている間、タイクーンはアイテムボックスから本を出す。
どれも、イセカイの言葉で書かれた本だ。
ノブナガの本を読んでいるハイセは、今ではほぼ全ての文字を読めるようになっていた。
「ね、あなた。ハイセのこと追放したチームよね。どうして馴れ馴れしくハイセに話しかけるの?」
悪意はゼロな言い方だ。
プレセアは、ハイセがチーム『セイクリッド』を追放された理由を知っている。だが、あえてタイクーンの口から、ハイセのいる前で聴きたかった。
ヘルミネは、プレセアの前に数種類の果実を絞り、ブランデーで割ったカクテルを出す。
タイクーンの前には、鮮やかな琥珀色のブランデーがロックで出された。
当然、二人は乾杯などしない。
「ハイセを追放したのは、サーシャの優しさだ。当時のハイセは『能力』を理解できていなかったからな。はっきり言って足手まとい。強くなり続けている『セイクリッド』でやっていくには実力不足。命の危険もあった。だが……正直にそのことを伝えて引くハイセではないと知っていたから、あえて突き放すような言い方をしたんだ。絶望し、諦めれば、故郷に帰ると思ってな」
淡々と言うタイクーン。
ハイセは何も言わず、出されたサンドイッチに手を伸ばした。
「だが、ハイセ。お前は諦めなかったな。だからサーシャは、お前の助けになるようにと、あの沼地の場所を教えたんだ。もう聞き飽きたと思うが、あれは完全な事故だ……決して、お前を陥れようなどと」
「もうわかってるよ。お前たちに……サーシャに、そんなつもりがないのは」
「……そうか」
だが……死にかけたハイセ。
その後、謝罪もせずにいなくなったことは、まだ許していない。
起きた時、サーシャはすでにいなかった……それだけは、まだ。
サンドイッチを完食し、出されたフルーツドリンクを飲む。
ようやく本題!! と言わんばかりにタイクーンが本を置く。
「さっそくだが、この文字を教えてくれ!! 古代の文字……少しは理解できるようになったが、まだわからないのが大多数だ。ハイセ、どうしてキミはこの文字を知ることができたのかも教えて欲しい。ああ、もちろんタダじゃない。一文字につき金貨一枚支払おう。キミはボクを陥れるような人間じゃないことはわかっている。虚偽の文字を教えるという心配はしていない。ではさっそくだが」
「ま、待て待て。落ち着け!!」
グイグイ迫るタイクーン。
ふと、ハイセは懐かしさを感じていた。昔、タイクーンは気になることや興味を持ったものに関し、こうやってグイグイ迫って来ることがあった。
すると、タイクーンのローブがグイッと引かれ、「ぐげっ」と変な声を出す。
「ここ、バーよ。食事とお酒を楽しむ場所」
プレセアが『精霊』に命じ、タイクーンの襟を引っ張ったのだ。
タイクーンはプレセアをジロっと睨む。
「ここはバーだ。酒と食事、会話を楽しむ場でもある。一人で飲むなら向こうに行ってくれないか」
「嫌よ。もともと私はハイセと飲むつもりだったの。あなたが割り込んで来たんじゃない」
険悪な二人。
プレセアは、ほんの少しの間だけ、チーム『セイクリッド』で過ごしたが……タイクーンとピアソラは苦手。というか嫌いだった。
タイクーンも、プレセアのことを「妙なエルフ」としか思っていない。
だが、互いに「ハイセとの時間」を邪魔する敵同士とは思っているようだ。
「ハイセ、フルーツドリンクだけじゃなくて、お酒も飲もう」
「待て。酒もいいがこっちの古文書を読むのが先だ。酔ったら正常な判断ができなくなる可能性がある」
「そんなの関係ないわ」
「関係ある。というか何だ貴様は、一人で飲んでいればいいだろう」
「それ、こっちのセリフ」
「…………」
両側からの言い合う声に、ヘルミネはクスっと笑い、ハイセはうんざりするのだった。
 





