ぎこちないダンス
ハイセは昔、ガイストからダンスを習った。
冒険者として名を上げれば、王家主催のパーティーに呼ばれるかもしれない。その時、ダンスに誘われても恥ずかしくないように、とのことだ。
もう何年も経っているが、ハイセとサーシャはステップを覚えていた。
プレセアは元王族。レイノルドは『紳士の嗜み』とやらで、ダンスを覚えている。
音楽に合わせ、四人はステップを踏んだ。
「……やるじゃない」
プレセアは、ハイセと踊りながら微笑む。
ハイセも、少しだけ微笑んだ。
「意外と、覚えてるもんだな」
チラッとサーシャを見ると、レイノルドのステップに合わせて踊っていた。
あちらも、ぎこちなさはない。流れるように、レイノルドと踊っている。
「サーシャ、いい感じだぜ」
「レイノルドが合わせてくれるから」
「へへ、男が女に合わせるのは当然だろ」
すると、曲が変わりステップも変わる。
他の貴族たちも、ダンスに参加し始める。
二曲目を踊り、ハイセとサーシャたちはダンスを終えた。
ダンスから離れ、ハイセは給仕から水をもらい、グラスをプレセアへ。
「ほら」
「ありがと」
プレセアは受け取り、ハイセの持つグラスに軽く合わせる。
水を飲み、ハイセに言った。
「あなた、狙われてる」
「……え」
「見て。貴族令嬢たち、私のこと睨んで、あなたのこと熱い眼で見てる」
「……怖っ」
「あなた。女の子に興味ないの? 私の裸には興味ありそうだったけど」
「馬鹿言うな。今は、そんな気分じゃないだけだ」
「ふーん。じゃあ、どんな時、どんな気分で?」
「……さぁな」
ハイセは水を飲み干し、グラスを置く。
プレセアが水を飲んでいる間に距離を取ると、プレセアはあっという間に囲まれた……冒険者だろうか、体格のいい男やら、貴族の令息やらが声をかけている。
「美しいお嬢さん、ぜひ一曲」
「あなたのような美しい方と踊る機会をぜひ」
「何も言わず、この手を……」
プレセアは完全無視。だが、人が多くハイセの元に行けないようだ。
ハイセは、会話をしている中年貴族の影に隠れながら、パーティー会場の外へ出た。
さすがに、息苦しいので深呼吸しに来たのだが。
「……あ」
パーティー会場の外にある、小さな噴水のそばに、銀髪の少女がいた。
綺麗な銀色のドレスは、やや露出が多いのか肩が剥き出しで、気のせいだろうか……半年ぶりに会った少女ことサーシャは、少し身長が伸びていた。
「ハイセか」
「ああ」
「ふふ、どうした? 一人でこんなところに来て」
「そりゃこっちのセリフ。レイノルドは?」
「レイノルドは、貴族令嬢たちにダンスを申し込まれて、断れずに踊っている。私は気配を消して、少し息抜きにと外に出ただけ……お前もか?」
「まぁな……でも、邪魔なら別なところに行くよ」
「待て」
サーシャは、ハイセを引き留めた。
「少し、話をしないか?」
「……いいけど」
ハイセは、サーシャが座るベンチの隣へ。
自然と座ってしまった。昔は、隣に座ることが当たり前だったが、こうして久しぶりに隣に座ったが、何の違和感もなく普通に座れた。
「「…………」」
互いの距離が近く、なんとなく黙り込んでしまう二人。
すると、サーシャが言う。
「ハイセ。その……改めて、禁忌六迷宮の踏破、おめでとう」
「ああ。その……お前も」
「……ああ」
そして、また黙り込む。
今度は、ハイセが言う。
「ああ、フェアじゃないから教えておく。デルマドロームの大迷宮の最深部で魔族と戦ったんだが……そいつが言ってた。禁忌六迷宮、魔界に一つあるとして、残りの三つは人間界にあるって」
「そ、そうか」
「ディロロマンズ大塩湖はお前が踏破したからな。あと三つ……」
「あ、ああ。そうだ、ええと……ハイセ、爵位、おめでとう」
「あ、ああ。お前も、領地、おめでとう……」
「「…………」」
会話の順番がメチャクチャだった。
ハイセは顔を押さえ、サーシャはそっぽ向いて髪をいじる。
もう、認めるしかない。
ハイセもサーシャも、妙に照れくさかった。
「……ふぅ。ハイセ」
「……ん」
「互いに、禁忌六迷宮をクリアした冒険者になったな」
「ああ」
「…………」
再び、会話が途切れた。
だが……意外と、悪くない。
パーティー会場から聞こえる音楽だけが、二人の間に流れていた。
すると、サーシャが立ち上がる。
「ハイセ。まだ曲は流れている……踊らないか?」
「……え?」
「今だけでいい。幼馴染としてじゃなく、元チームメイトでもなく、互いに禁忌六迷宮を攻略した冒険者同士として……お前に、ダンスを申し込む」
「……サーシャ」
サーシャが、ハイセに手を伸ばす。
ハイセは立ち上がった。
「…………」
不思議な気持ちだった。
ハイセはまだ、サーシャのことを完全には許していない。
互いに高みを目指す冒険者としては認めている。だが……追放され、誤った情報で右目を、命を失いかけたことは、まだ完全には許していない。
そんな相手に、ダンスを申し込まれた。
「……ハイセ」
輝く月、星空を背にするサーシャ。
綺麗なドレス、綺麗な銀髪。ハイセに手を伸ばす姿は、女神のようだ。
今だけ……ひと時の、甘い夢に酔ってもいいかもしれない。
ハイセは、サーシャの手を取った。
「俺、かなり下手くそだぞ?」
「安心しろ、私もだ……何度か、レイノルドの足を踏みそうになったよ」
流れてきたのは───円舞曲。
音楽に合わせ、ハイセはサーシャと踊りだす。
ゆっくりとした曲。スローワルツ……互いに見つめ合い、静かな足運びをする。
「なんだ、上手じゃないか」
「からかうな。お前のが上手だろう、ハイセ」
初心者向けの曲なのか、踊りやすい。
曲が終わりそうになり、フィニッシュ。すると、サーシャが足をもつれさせた。
「っあ……」
「っと」
そして、サーシャはハイセの胸に飛び込んだ。
互いに見つめ合う二人。
こんなに近づいたのは、何年振りだろうか。
ハイセは、サーシャの眼、唇を見た。
サーシャは、ハイセと見つめ合った。
「「…………」」
時間が止まったような、気がした。
サーシャは、未だにハイセの胸の中。
ハイセの胸に、サーシャの胸が触れている。
「…………ハイセ」
「……さ「おーい、サーシャ、どこだ!! おーいっ!!」
レイノルドの声が聞こえ、サーシャとハイセは高速で離れた。
ハイセは、サーシャに言う。
「先に戻る。その……またな」
「あ、ああ……また」
再会を約束し、ハイセはレイノルドに気付かれないよう、反対方向からパーティー会場へ戻った。
◇◇◇◇◇
プレセアは、ようやく人込みから抜け出した。
ハイセの様子を『精霊』を介して見たが……ハイセは、サーシャと踊っていた。
「…………」
そして、急接近……キスをするほど、距離が近い。
「…………嫌」
すると、レイノルドが現れ、二人の距離が開く。
ハイセが逃げるようにパーティー会場へ戻ってくると、プレセアはハイセの元へ。
「……っ」
「っと、お、おい?」
「……バカ」
「は?」
「あなた、私のパートナーでしょ。私を置いて行かないで」
「あ、ああ……悪い」
「……バカ」
プレセアは、ハイセの腕に抱きつく。
最後の『馬鹿』は、どこか寂し気に聞こえるハイセだった。