ギクシャク
「はぁ……」
「ハイセさん、元気ないですねー」
「ふむ、昼間にサーシャと会ったことが原因かもな」
城下町にある、ガイスト行きつけの居酒屋。
個室を借り、酒を注文。カンパイするなり、ハイセは大きなため息を吐く。
ミイナは、ハイセの腕をツンツンする。
「ハイセさん、サーシャさんと久しぶりに会ったのに、なんかギクシャクしてましたね」
「…………」
「やれやれ。禁忌六迷宮を踏破した冒険者といっても、まだ十七の子供だな」
「……むぅ」
ガイストはエールを飲み、鳥の串焼きを齧る。
ミイナは個室のドアを開け「すみませーん! おかわりくださーい!」とジョッキを掲げて店員を呼んでいた。ハイセは、煮込みの肉をフォークで刺し、口に入れる。
「……出発前は、普通に別れたんですけどね。お互い、禁忌六迷宮を攻略した冒険者として会おう、って……でも、半年ぶりに会ったら、何も言えなかった」
「あーそういうことですか。あ、串焼きもらいますね……もぐもぐ……すみませーん! 串焼き追加でおねがいしまーす! なんとなくわかりました」
ミイナは串焼きをモグモグ食べ、串をハイセに向けた。
「ずばり、ハイセさんは照れている!!」
「は?」
「あたしも経験あります。あたし、王都から西にある農村出身で、幼馴染の男の子いるんですけどー、あたしが王都でギルド受付嬢の募集に受かったら、すっごく喜んでくれたんですよ。で、王都で受付嬢やって、半年ぶりくらいに休暇で帰ったら、その幼馴染がすっごくモジモジしててキモかったんです。たぶんあれ、久しぶりに見たあたしが美少女に見えて、思春期特有の『女の子に話しかけるの怖い』みたいな状態になってるんですよ」
「ガイストさん、おかわり頼みます?」
「ああ」
「ちょ、無視!?」
ミイナの意見はともかく、話しかけにくい、というのは本当だった。
サーシャたちにハメられ、命を失いかけた。
それが故意ではなくハイセが真実を知っても、サーシャが謝罪しても、ハメられ死にかけたことは事実。そう簡単に許すことはない。
どんなきっかけで打ち解けても、ハイセの失った右目は、もう戻らない。
でも、ハイセはサーシャを冒険者として認め、互いの夢に向かって歩く『同士』とは認めた。
だが……半年が経過し、久しぶりに挨拶したら、妙に声が出ない。
サーシャも、同じように見えた。
「ハイセ」
「……はい」
「お前もサーシャも、本当に不器用だな」
「…………」
「互いに、素直に認めあうのがそんなに難しいか?」
「…………」
「ふっ……まぁ、好きにしろ。もうワシは、お前とサーシャについて何も言わんよ」
「え……?」
「確かに、お前たちにはいろいろあった。共に田舎から出て、冒険者としてワシが鍛え、チームを組み、徐々に心が離れ、決定的な決別をした。お前はサーシャを拒絶し、サーシャは罪悪感からお前との距離を測りかねている。だが、少しずつ、再び歩み寄っている……互いに禁忌六迷宮を攻略し、『同格』になったという姿を見て、距離を測り兼ねているんだろう」
「…………」
ガイストは、父親のような眼差しでハイセを見た。
追加の串焼きが届き、ミイナがガツガツ食べ、ガイストも手を伸ばす。
「だが……周りは、そうは思わんだろう」
「周り……?」
「互いに十七歳。成長の真っ最中だ。サーシャにはこれから、いい縁も増えるだろう。お前にもな」
「……俺にも?」
「ああ。周りはサーシャも、お前のことも放っておかない。このままサーシャとの距離が曖昧なままだと、自然と距離が離れていくこともある。ハイセ、お前は……サーシャとどうなりたい? また幼馴染に戻りたいのか?」
「それはあり得ません。俺は……サーシャと決別しました。今、俺とあいつの間には、禁忌六迷宮を攻略する同士って繋がりです」
「なら、それでいい」
「……え」
「それが、お前が望むサーシャとの繋がりなら、それでいい。サーシャがどういう想いでお前に接してくるかわからんが、お前は、お前の距離でサーシャと共に歩め」
「…………」
ガイストの言葉に、ハイセは完全に納得。
いや、なぜか納得したような、できないような、曖昧な気持ちになった。
◇◇◇◇◇
居酒屋から出ると、ミイナが「二軒目!! さぁ二軒目!!」と言うが、ガイストが「明日も仕事だろう」と言い、ミイナを家まで送りに言った。
ハイセは一人、夜の城下町を歩いている。
このまま宿に戻ってもよかったが、なんとなく飲み足りなかったので、一人でバーにでも入ろうかと思い、静かそうな店を探した。
「……お」
すると、ハイセが宿屋へ行く道の途中に、小さなバーがあった。
蛇が蜷局を巻いたデザインの小さな看板がかけられたバーだ。煉瓦造りの建物で、かなり頑丈そうなドアがある。
ハイセがドアを開けると、カウンターにいた女性マスターがニコッと笑った。
「いらっしゃい」
「…………」
「カウンターへどうぞ」
若い女性のマスターだ。
店内は思った以上に狭い。カウンター席が四つに、二人掛けの席が二つだけ。
女性マスターの背後には大きな水槽があり、いっぱいに満たされた水の中で何故か水色の蛇がスイスイ泳いでいる。
水槽の隣には棚があり、多くの酒が収納されていた。
「どうしたの? お客さんよね?」
「あ、ああ……」
ハイセはカウンターに座る。
すると、女性マスターは透明な器に入った煮豆を置き、小さなワイングラスを置いた。
「ウェルカムドリンク。スネークブラッドの百四十年物よ」
「……?」
「ワイン。お嫌いかしら?」
「いや、あまり度数の高いのは……」
「大丈夫。ウェルカムだから、ジュースみたいなものよ」
そう言われ、ハイセはワインを一気に飲んだ。
「───……っ!」
甘く、透き通るようなさわやかさだ。
煮豆を口に入れると、ワインの甘さと混ざり合い、お菓子のような味になる。
女性マスターは、ニコッと笑顔を浮かべた。
「おいしいでしょ?」
「ああ。すごいな……こんな店があったなんて」
「通り道なのに、気にしなかったのかしら?」
「……通り道?」
「ふふ。知ってるわよ。あなた、ホーエンハイムさんのところにいる、S級冒険者さんでしょ?」
ホーエンハイム。
ハイセは、ボロ宿の主人の名前を聞いた。
「初めまして。バー『ブラッドスターク』のマスター、ヘルミネよ。こう見えて『ナーガ』と『サキュバス』のハーフなの」
バーのマスターことヘルミネは、妖艶な笑みを浮かべた。
◇◇◇◇◇
ヘルミネ。
長いロングウェーブの黒髪を丁寧にまとめ、高級そうな髪留めで括っている。
顔立ちは間違いなく美人。二十代前半くらいだろうか。
ナーガとサキュバスのハーフ。ナーガは、下半身が蛇の種族で、男性をナーガと言い、女性はラミアと呼ばれている種族だ。
サキュバスは、コウモリの翼が生え、尻尾が生えている女性だけの種族。人の生気が食事で、ハイベルグ王国では娼館など『サキュバス組合』が運営している。男性に生気を求める対価に、いろいろサービスをする店を経営しているのだ。
ナーガもサキュバスも、エルフやドワーフと同じ異種族だが、数は少ない。
そのハーフとなると、さらに少ないだろう。
ヘルミネは、服の袖をまくる。
「安心して。ナーガの父から受け継いだのは、腕にあるちょこっとの鱗だけ。下半身はしっかり人のモノだから。ハーフだからか、サキュバスの特徴であるコウモリみたいな翼や尻尾も生えてないわ。ふふ、食事も生気じゃない、普通の食事」
「あ、ああ」
つまり、腕に少しだけ鱗の生えた人間のようなものだ。
ヘルミネは説明して満足したのか、ハイセに言う。
「ご注文は?」
「……お任せで。軽めのやつ」
「はぁい」
と───ここで、バーのドアが開いた。
入ってきたのはなんと、プレセアだった。
ハイセを見て、目を見開いている。
「ハイセ、あなた……どうしてここへ」
「あら、プレセアちゃんの知り合い?」
「ええ。ヘルミネ、食事をお願い」
「はぁい」
プレセアは、ハイセの隣に座ってジロッと見た。
「……勝手に帰るなんて、酷いわね」
「いや、お前のこと待つなんて約束してないし」
ハイセの前に、透明な三角グラスが置かれた。
中身は透明な果実酒。チェリーが一つ浸してある。
「お前、ここの常連か?」
グラスを手にし、軽く飲む。
甘く、どこか弱い酸味のある酒だ。ハイセが飲むと同時に、魚の塩漬けが出た。
「ええ。ヘルミネの料理、好きなの。というか……あなたがここに来るとは思ってなかった」
「帰り道に、ちょうどよくあったからな」
「そ」
プレセアの前に、サラダ盛り合わせとミートサンドが出された。
「ね、ハイセ」
「ん」
「砂漠の国で、あなたの噂すごく聞いたわ。たった一人で禁忌六迷宮を攻略したって」
「…………まぁ、な」
「本当に、あなたはすごいわね」
「……な、なんだ急に」
「別に。ああそうだ……あなた、ハイベルグ王国のパーティー、出るの?」
「パーティー?」
「ええ。禁忌六迷宮の踏破記念」
「出ない」
「でも、砂漠の国のギルドマスターが言ってたわ。『こっちで祝えなかったので、ハイベルグ王国で盛大に祝うように言っておいた』って」
「……は?」
翌日。
ハイセの元に、ハイベルグ王家からパーティーの招待状が届いた。





