変わる世界
サーシャは、久しぶりに戻ったクランホームの空気を胸いっぱいに吸った。
つい先ほど、パレードが終わり、王城で国王やクレス、ミュアネに挨拶し、再び城下町を練り歩いて戻ってきたのだ。
さすがに、サーシャは疲れていた。
「はぁ……疲れるな」
「あたしも~……」
「私もですわ……」
「オレも……」
「さて、今日は解散だな。よし!! 禁忌六迷宮での情報をまとめなければ。ククククク、しばらく忙しくなるな!! サーシャ、明日はギルドだな? ボクは明日の朝まで部屋に籠るから、行くときになったら呼んでくれ!! ではな!!」
タイクーンがやたら元気だった。
ダッシュで自室に戻り、クランの仲間たちが驚いている。
すると、『四大クラン』の一つ、『神聖大樹』のクランマスター、アイビスが階段から降りて来た。
「久しいの、サーシャ」
「アイビス様……!! この度は、留守をお任せして」
「あーあーそういうのはいい。若々しいクランを運営するのも懐かしくて楽しかった。で……ついにやったのじゃな?」
「はい……禁忌六迷宮の一つ、ディロロマンズ大塩湖を踏破しました」
「うんうん。お前といい、ハイセといい、今の若いのは本当に楽しませてくれる。もう、私も隠居しようかねぇ?」
「……え? ハイセ?」
「む、そういえば誰も知らなんだか。つい先ほど、ハイセも帰って来たぞ」
「ッ!!」
サーシャは目を見開いて驚いた。
サーシャだけじゃない。レイノルドも、ピアソラも、ロビンも驚いている。
「パレードの最中に戻って来たようじゃ。そのまま自分の宿に帰り、今はグースカ寝ておるよ」
「じゃ、じゃあ」
「うむ。まだこちらに情報は届いておらんようじゃが……デルマドロームの大迷宮も踏破された。ハイセは、たった一人でやり遂げたようじゃ」
「……っ、そう、ですか」
サーシャは、今にも泣きそうな顔をして胸を押さえた。
レイノルドは苦笑し、ピアソラは「フン」とつまらなそうにそっぽ向き、ロビンは「ハイセ……」と呟いて両手を合わせる。
「ま、私からギルドに報告しておこう。全く……禁忌六迷宮を踏破したというのに、ハイセの奴め……ディザーラ王国からさっさと帰ってくるとはな」
ちなみに、シャンテが泣きながら事後処理をしているようだ。
ただ、ヤマタノオロチの素材の換金額だけで、ディザーラ冒険者ギルドの七十年分の運営資金になったと大喜び。ギルドの大規模な建て直しもするらしい。
「ま、明日にでもギルドで会えるだろうな。さてサーシャ……忙しくなるぞ」
「え?」
「お前がここに戻るまでの間に、クラン加入希望が五百を超えた。いやはや、大変じゃの」
「ご、五百……」
「手は抜くなよ? いいかサーシャ……クラン加入したいという冒険者チームは、クランの宝だ。私は、クラン経営が忙しく、数年はまともな冒険ができなかった。だがサーシャ、お前は冒険やダンジョンでこそ輝く。だからこそ何度も言う。手を抜かず、しっかりクランを運営しろよ」
「アイビス様……」
「しばらくは忙しくなる。うちの事務員を貸してやろう。それと、三日後に王城でパーティーがある。しっかりめかしこんでくるように」
そう言い、アイビスは出て行った。
レイノルドは言う。
「ハイセのやつも踏破したのか……」
「フン。気に入りませんわね」
「まぁまぁ。アイビス様、ギルドに報告するんだよね? じゃあ、明日にでもハイセのこと、国中に伝わるんじゃない?」
ロビンの言った通りになった。
S級冒険者『闇の化身』ハイセが、禁忌六迷宮の一つ『デルマドロームの大迷宮』を踏破した。そのニュースは号外となり、国中が知ることになる。
◇◇◇◇◇◇
「ハイセ。お前……ディザーラ王国への報告、すっぽかしたな?」
冒険者ギルド。
入るなり、新人受付嬢が大騒ぎ。ギルド内がハイセに注目し始めた頃、ガイストが現れギルマス部屋へ。
「ガイストさん、久しぶりなのに、会うなりそれですか……」
「よくやった、と褒めてやりたいがな。ハイセ……ディザーラ王国が、禁忌六迷宮を踏破した冒険者として、お前をパーティーに招待したいそうだ」
「パスで」
「そう言うと思った。一応、ディザーラギルドのシャンテが「負傷により故郷のハイベルク王国へ帰った」と言い訳したようだがな」
「ええ……なにその言い訳」
「それと、『巌窟王』のクランマスターも、お前がサボったフォローをしたようだぞ? というか……普通はあり得んからな。ディザーラ王国が管理する禁忌六迷宮をクリアした冒険者が、挨拶もせずに翌日に帰るなんて」
「うぐ……」
久しぶりのガイストの説教は、やはり堪える。
だが、ガイストは笑って言った。
「だが、よくやったぞハイセ。まさか……一人で、デルマドロームの大迷宮を踏破するとは」
「…………」
ふと、ハイセの頭をよぎる……カオスゴブリンの男。
魔獣と組んで踏破した。そう言ってもいいが、面倒になる気がした。
が……ガイストにだけは、噓をつきたくなかった。
「俺だけじゃないです」
「……なに?」
「もう一人いました。そいつがいなかったら、俺は死んでたかもしれない」
「……仲間、か?」
「いえ。最初は敵でしたけど、勝手にくっついて来ました」
「は?」
説明が難しいので、ハイセはそれ以上説明しなかった。
すると、ドアがノックされる。
入ってきたのは、新人受付嬢……さすがに半年経過しているので新人ではない……だった。
ちなみに、名前はミイナ。
「失礼します!! ハイセさん、あの金色の魔獣の査定、終わったんですけど……」
「ああ」
「えーっと……その、素材がどれも未知の素材で、金額がとんでもないことになっちゃって……ディザーラ王国にも卸したんですよね? あっちではいくらだったんですか?」
「あっちは寄付したからわからん」
「き、寄付……で、ハイセさんに素材のお金を渡すと、ギルドの金庫が空っぽになっちゃうので……というか、それでも足りないというか」
「あの蛇、そんなに高いのか。全部だと四つあるけど」
「えぇぇぇぇ!?」
討伐後にヤマタノオロチの生首は六つ残っていた。
そのうち一つはチョコラテが装備として使い、二つは粉々になったようで、残りの五つはなんとか回収できたのだ。地中貫通爆弾を身体に受け、爆破の衝撃で首が千切れ飛んだ結果だった。
「えーと……そういうことなので、ギルドじゃなくてハイベルク王国が買い取ることになりました。あの蛇の鱗で、王様専用の黄金鎧と剣を作るって」
「ま、好きにしてくれ」
「なので、お金はもう少々お待ちください」
「ああ」
「あのー……人生二十回くらい遊んで暮らせるお金になりますけど、使い道は?」
「……特にない」
「じゃあじゃあ、あたしにご飯奢ってくださいよ。今話題のS級冒険者とご飯!! なんかすっごく特別な感じしません? あ、デートですデート」
「ガイストさん、今夜一杯どうです?」
「無視ぃ!? ハイセさん酷い、ひどすぎる!!」
「わ、わかった、わかったから引っ張るなっての」
ミイナに腕を掴まれグイグイ引かれる。
ガイストは苦笑していた。
ハイセはミイナに腕を掴まれたまま言う。
「ガイストさん。今夜一杯ってのは本気ですけど、どうです? こいつと二人とか普通に嫌だし」
「はぃぃぃ? ハイセさんひどい!!」
「ああ、構わんぞ。それとミイナ、玉の輿を狙うならハイセはやめておけ」
ハイセがジトーッと見ると、ミイナはパッと離れた。
「やだなぁ~、そんなわけないじゃないですか」
「ガイストさん、やっぱ二人で行きましょう」
「わーわー!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
ミイナは、ハイセの腕に掴まりガクガク揺らした。
すると、ギルマス部屋のドアがノックされる。
「失礼します。ガイストさん、S級冒険者『銀の戦乙女』サーシャ、帰還の報告、を……ぁ」
「……よう」
サーシャだった。
後ろには、レイノルド、タイクーン、ピアソラ、ロビンがいる。
ハイセは、腕にミイナがしがみついているという状態で軽く手を上げた。
サーシャは、ミイナをチラッと見る。
「……随分と、仲がいいようだな」
「そりゃマブダチですから!!」
「うるさい。というか離れろ。仕事に戻れ。消えろ」
「ひどいっ、でも仕事には戻りますー!! ではハイセさん、夜にお会いしましょうっ」
ミーナはビシッと敬礼して部屋を出た。
サーシャは、久しぶりに会うハイセを見て言う。
「半年ぶりか。ハイセ」
「ああ」
すると、ピアソラがニヤニヤしながら言う。
「ふふぅん……で? いきなり女性と夜の約束とは、ずいぶんとお盛んなことねぇ」
「ピアソラ……お前、生きてたんだな。てっきり死んだのかと。お前、弱いし」
「はぁぁぁぁぁ!? テメェ、舐めんじゃ「ピアソラ」……むぅ」
「すまないな。その……お前が生きてて、安心したぞ」
「ああ、ありがとな」
ハイセは立ち上がる。
すると、レイノルドと目が合った。
「よう、ハイセ」
「ああ、レイノルド」
「……髪、延びたな」
「一人じゃ切れない。まぁ、そのうち切る」
「そうかい。あー、サーシャ、オレの髪、また任せていいか? ダンジョンの中でやってくれたようにな」
「何? だが、私より散髪屋に任せた方が」
「いい。お前の腕が気に入ってんだよ」
「……まぁ、いいが」
「おう。っと……悪いな、会話の途中に」
「いや……じゃ、ガイストさん、また」
そう言い、ハイセが部屋を出ようとすると、ロビンがハイセの手を掴んだ。
「ハイセ、待って!!」
「っと……ロビン?」
「あのね、あたしたち、近いうちにパーティー開くの。禁忌六迷宮をクリアしたお祝い!! ね、ハイセも来て!!」
「……は?」
「ハイセも一緒にパーティーやろ!! あたしがお祝いしたいの!!」
「……お前がそうでも、他の連中が嫌がるだろ」
レイノルド、ピアソラ、そしてタイクーン。
タイクーンは、手に何かを持っていた。
「ん? タイクーン……その本、『コダイ、リョコウキ』?」
「───!? ハイセ、この本が読めるのか!?」
「あ、ああ。読めるけど……」
「……素晴らしい。ハイセ、個人的な想いはあるだろうが、ボクに古代文字を教えてくれないか? どういう経緯で、ハイセが文字を知ったのかも知りたい。ああ、もちろん報酬は支払お「待て待て待て!! ったくもう……落ち着けタイクーン」
レイノルドが割り込んだ。
そして、サーシャの隣に立ち、言う。
「悪いなハイセ。これから、ガイストさんに報告がある。席を外してくれないか」
「……わかった」
「あ……」
サーシャが手を伸ばすが、ハイセは部屋を出てしまった。
半年ぶり───この時間が、ハイセやサーシャだけではない、レイノルドたちとの関係を、再びギクシャクさせるには十分な時間だった。





