冒険者たちの帰還
ディロロマンズ大塩湖、崩落。
湖が消え、巨大な『穴』となり数日……極寒の国フリズドの宿屋で、サーシャは新聞を読んでいた。
その見出しには、『冒険者サーシャ、禁忌六迷宮攻略!!』とある。
ディロロマンズ大塩湖が崩落する前、サーシャたちは大塩湖の近くにいた。
筒に入ると浮遊感があり、なぜか地上に戻っていたのだ。
そして、その足で冒険者ギルドまで戻り、踏破を報告。冒険者たちがディロロマンズ大塩湖が崩落したことを確認し、サーシャが踏破の証として虹色の宝玉を見せ、踏破が認められた。
サーシャたちが踏破して数日。
疲労を癒すために宿屋にとどまっていたが、数多くの貴族や冒険者たちが挨拶に来て、サーシャは対応に追われ、ようやくひと段落し、仲間たちのいる宿に戻ってきたのだ。
そして、新聞を読んでいたサーシャは言う。
「疲れた……」
「大変だろうが我慢してくれ。なんせ、禁忌六迷宮の一つが攻略されたんだ。歴史的快挙だぞ。フリズド王国貴族たち、クランマスターたちが、サーシャと繋がりを持ちたくやってくる」
タイクーンが得意げに言う。
現に、クラン加入の申請が、この数日で百件以上あった。サーシャたちがこの宿屋にいるとわかるなり、宿屋の受付に加入希望者が殺到したのである。
ロビンは、つまらなそうに言う。
「ね、ね。いつハイベルク王国に帰れるの?」
「素材の換金が終わってからだろ。あの虹色の宝玉は一個だけ売りに出したけど、この町のドワーフが見て腰抜かしてたぞ。なんでも、古文書に存在が記されている伝説の石、『虹色奇跡石』とか言ってる」
「わお、すっごい」
「オレの盾、壊れちまったし、それで新しく作るのもアリだな。サーシャの剣もだろ?」
「ああ。無理が祟ったせいか、折れてしまった……」
「ハイベルク王国で打ち直せばいい。金はたんまり入ってくるからな」
レイノルドがサーシャの隣に座り、ニカッと笑う。
タイクーンが言う。
「サーシャ、つい先ほど聞いた話だが……どうやら、ハイベルク王国でボクらの凱旋パレードが開かれるらしい。やれやれ、本当に英雄扱いだ」
「パレード?」
「ああ。禁忌六迷宮の一つをクリアした英雄チームとしてね。四大クランの頂点に立つ、今代最高の冒険者チームとも言われているらしい」
「大袈裟だな……」
「大袈裟じゃありませんわ!! フフフ……ね、サーシャ、覚えてる? 私のお願い、聞いてくれるって話」
「あ、ああ」
「全員で決めましたの。私たちはサーシャにお願いを聞いてもらう。そして、サーシャは私たちに何か好きなお願いをする、って」
「私が……みんなに?」
「ええ。何でも構いませんわ。その前に……私たちのお願い、ちゃんと聞いてくださいね?」
ピアソラが笑う。
とりあえず、サーシャたちがハイベルク王国に帰れるのは、もう少し先の話になりそうだ。
◇◇◇◇◇◇
一日たっぷり寝たハイセは、冒険者ギルドにやってきた。
シャンテが出迎え、ギルマス部屋で話をする。
「一日経って、ようやく受け入れられた。ハイセ……禁忌六迷宮の攻略、おめでとう」
「どうも。とりあえず、ダンジョンはクリアしたし、俺の目的は達成された。冒険者ギルドも、俺が迷宮をクリアしたってこと、認めてくれるんだよな?」
「ああ。冒険者ギルドだけじゃない。昨日のうちに、《巌窟王》もハイセが攻略したことを認めた。ディザーラ王国にも報告したから、お前の名は歴史に残るだろう」
「そっか。じゃあ、あとはあんたに任せるよ」
「…………は?」
ハイセは立ち上がる。
そして、そのまま部屋を出ようとして、シャンテに止められた。
「ま、待て。ど、どこへ行く?」
「え、帰る。用事はもう済んだしな」
「かか、帰るって……おいおいおい、ディザーラ王国への報告や謁見は……」
「俺、そういうのパス。国のためにクリアしたわけじゃないし、ヤマタノオロチの生首一つで勘弁して」
「…………はぁぁぁ。お前というヤツは」
「じゃ、いろいろありがとう。また来るよ」
そう言い、ハイセは部屋を出た。
部屋を出てギルドに戻ると、冒険者たちが大勢で噂していた。
「S級冒険者がソロでデルマドロームの大迷宮をクリアしたってよ!」
「それマジか? さすがにホラだろ」
「いやいや、昨日ここにすっげぇ生首あったんだよ」
「それ、ダンジョンボスって話らしいぜ」
昨日の今日で、ハイセの顔を知らない冒険者も多い。
騒がれるのは面倒なので、ハイセは冒険者ギルドを出た。
すると、プレセアがいた。
「……どこ行くの?」
「ハイベルク王国に帰る」
「昨日の今日で?」
「ああ」
「私、これから依頼なんだけど」
「そうかい。頑張れよー」
「……速攻で終わらせるから、待ってて」
そう言い、プレセアはすごい速度で走り去った。
どうやら、ハイセと一緒に帰りたいようだ……が、ハイセは歩き出す。
城下町をのんびり歩き、人の多さが妙に懐かしく嬉しいハイセは、露店を覗いたり、串焼きを買って食べながら歩いた。
そして、城下町の入口に到着し、大きく背伸びをする。
「さぁて、久しぶりに、あの宿屋の薄い紅茶が飲みたくなった」
◇◇◇◇◇◇
数日間、ハイセはのんびり歩いていた。
半年ぶりのハイベルク王国。
ハイセは、前に通った道が以前よりも整備されていることに気付いた。
半年……短いようで長い時間。
宿屋の老主人、ガイストなど、会いたい人はいる。
そして、ハイベルク王国が見え───……ハイセは気付いた。
「……なんだ?」
正門が賑わっている。
近づくと、正門から一キロほど離れた場所に兵士がいた。
「悪いな。今、パレードの最中なんだ。正門からじゃなく、西門から入ってくれ」
「パレード?」
「ああ!! 兄さん旅人かい? 聞いて驚くなよ。S級冒険者サーシャのチームが、禁忌六迷宮の一つ『ディロロマンズ大塩湖』を踏破したんだよ!!」
「えっ……」
「今、王都はパレードの真っ最中さ!! ささ、兄さんもパレードに参加しな!!」
ハイセは、西門へ迂回してハイベルク王国へ。
西門周りでも、祭りの如く賑やかだった。
すると、新聞売りの少年が叫んでいる。
「号外!! S級冒険者サーシャ、禁忌六迷宮の一つを踏破!! さぁさぁ読んで!!」
「一つ、くれ」
「はいよっ」
新聞を買い、ハイセは裏路地を通って宿屋へ。
街道や町の様子は少し変わっていたが、宿屋はいつも通り、ぼろかった。
だが、このボロさがハイセに「帰って来た」と思わせる。
いつも通り、ドアを開けると……仏頂面をした老主人が、ハイセをチラッと見た。そして、目を見開くが……小さく咳払いして、一言。
「宿賃、二か月分滞納だ……支払い、済ませな」
「ああ、悪い。じゃあ二か月分の家賃と、一か月延長で。ああ、晩飯はここで食うから」
「……はいよ」
出発前に払った金貨では足りなかったようだ。
ハイセは、主人に言う。
「また世話になる」
「…………ああ」
それだけ言い、ハイセは部屋に戻った。
部屋は、半年開けていたが、埃一つない綺麗な部屋だ。ハイセが半年前に出た状態のまま、店主がきちんと管理してくれたようだ。それが嬉しく、ハイセは座りなれた椅子に座り、新聞を広げる。
「サーシャ……あいつも、クリアしたんだ」
ディロロマンズ大塩湖の踏破。
デルマドロームの大迷宮と同じく、崩壊し消滅したらしい。
ハイセはもう挑戦できない。だが……人間界には、あと三つの禁忌六迷宮がある。
ハイセは新聞を放り、ベッドへ寝転がった。
「あー……明日、ガイストさんのところに挨拶行くか。夕飯まで時間あるし、少し寝るかな」
ハイセは目を閉じ、軋むベッドに身を任せる。
こうして、ハイセはハイベルク王国に帰って来たのだった。
第五章はここまで。
次回より新章です。





