禁忌六迷宮/サーシャの場合⑦
サーシャたち『セイクリッド』は、住宅街を下り、『チカテツ』を進む。
道中、何度も魔獣に襲われた。が……運がいいのか、チカテツが狭いおかげで、現れる魔獣は全て小~中型。群れで襲ってくるが、『セイクリッド』のチームワークで難なく対処できた。
タイクーンだけが気付いていた。
「……やはり、そうか」
「ん? タイクーン、どうしたの?」
「いや、何でもない」
間もなく、チカテツも終わる。
別に言わなくてもいいだろう。
度重なる連戦で、自分たちのチームワークがさらに洗練され、個人の実力も上がっていることなど。
レイノルドはすでにS級レベル。タイクーン、ロビン、ピアソラもA級上位か、S級認定されてもおかしくない強さだ。
能力も、間違いなく強くなっている。
タイクーンは、自分の『賢者』魔法による補助効果時間を完全に把握しているが、サーシャたちにかけた補助魔法が三十秒以上、長くなっていた。
「見ろ、出口だ」
サーシャが指さす先に、光が見えた。
センロの先に、大きな出口が見える。タイクーンは「トンネル、だったか」と言い、レイノルドは「ようやく外か……」と、安堵していた。
ロビンが背伸びして言う。
「や~っとお外だね!! あぁ~、早く行こっ!!」
そして、走り出す。
全員、疲労もあったのだろう。
ほんのわずかに、失念していた。
ここが、禁忌六迷宮……『ディロロマンズ大塩湖』ということに。
「───ッ、ロビン!!」
「え?」
ズズズ……と、チカテツの出口に、ドロドロした何かが現れた。
それは、漆黒のヘドロ。
ただのヘドロではない。
「招かれざるお客さん、しかも……可愛い子」
「───っ」
出口の壁に、いつの間にか『女』が寄りかかっていた。
褐色肌、赤い目、灰銀の髪、そして頭部のツノ……サーシャは一瞬で理解した。
「魔族……!!」
「せいか~い」
女は、指をパチンと鳴らす。すると、漆黒のヘドロがロビンの身体を包み込み、顔だけ出ている状態になった。
「ぅ、ぁっ!? なにこれ、気持ち悪いっ!! いやっ!!」
ロビンは、首だけ動かして暴れる。だが意味がなかった。
サーシャは剣を抜き、レイノルド、タイクーン、ピアソラも戦闘態勢に入る。
が、女の動きが速かった。
「動くと、溶けちゃうわよ?」
「「「「っ!!」」」」
「ひっ……」
ドロドロした黒い何かが、ペッと何かを吐き出した。
それは……ロビンが付けていた胸当て。ドロドロに溶け、原型がない。
魔族の女は言う。
「この子は『ショゴス・ノワールウーズ』……この世界最強の『スライム』にして、この古代都市を滅ぼした『七大災厄』の一つ。フフフ、今は私の可愛いしもべ」
「カタストロフィ、セブン……?」
タイクーンが警戒しつつ聞く。
女は、ニッコリ微笑んだ。
「あらいい男。そうねぇ……暇だし、答えてもいいわ。ああ~……その前にぃ」
「えっ、っきゃぁぁぁ!?」
「ピアソラ!?」
ピアソラの背後にショゴスが現れ、一気に飲みこんだ。
どこから現れたのか。
地面から湧き出るように現れ、ピアソラを引きずり込み、ロビンを拘束していたショゴスと同化した。
そして、ペッと何かを吐き出す……それは、ピアソラの衣類だった。
「うふふ。女の子なんて何百年ぶりかしら……たっぷり楽しませてもらうわ」
「いやぁぁぁ!! 私はサーシャ、サーシャがいいのぉ!! 魔族なんて嫌ぁぁぁ!!」
「よ、余裕そう……うう、気持ち悪いよぉ」
暴れるピアソラ。魔族の女はクスクス笑う。
「ああ、自己紹介ね。初めまして……私はここの番人、ノーチェスよ」
ノーチェスと名乗った魔族の女は、美しい動作で一礼した。
◇◇◇◇◇
ノーチェスは、「こっちにいらっしゃい」と言い移動する。
サーシャたちはチカテツから出ると、その先にあったのは数多くの『デンシャ』だった。
「ここは、デンシャの倉庫……か?」
「驚いた。あなた……古代文字が読めるの?」
「!!」
タイクーンの後ろにノーチェスがいた。レイノルドが丸盾をノーチェスに向かって投げるが、ショゴスが触手のように伸びて叩き落す。
丸盾が自動でレイノルドの元へ戻り、タイクーンの前に立つ。
「気を付けろ、あの女……以前の魔族とは比べ物になんねぇぞ!!」
「くっ……」
大量のデンシャが設置されており、迷路のようになっている。
すると、どこからかノーチェスの声が聞こえてきた。
「カタストロフィ・セブン……この子たちはね、古代を滅ぼした七つの悪魔なの。古代の人間はね、多くの犠牲を出しながら、七つの悪魔を封印……そのまま、滅んだ」
すると、ドロドロした漆黒のショゴスが、電車をまとめて飲み込んだ。
見通しがよくなり、部屋の中心にノーチェスと、ショゴスが現れる。
ショゴスが盛り上がると、そこから両腕と両足を拘束されたロビン、ピアソラが現れた。
服、装備が全て溶かされ、上半身裸だった。
「ふふ、綺麗な身体」
「うぅぅ……」
「みみみ、見ないでェェェェェェ!! そこの男二人!! 見たらブチ殺す!!」
ロビンは羞恥に苦しんでいるが、ピアソラは青筋を浮かべキレていた。だが、戦闘中であり裸なんて気にしている場合ではなく、レイノルドとタイクーンは見てしまう。
タイクーンは、ロビンとピアソラの裸なんてどうでもいいのか、ノーチェスに聞いた。
「七つの悪魔……まさか、禁忌六迷宮とは、その悪魔を封じる『檻』なのか?」
「…………本当に驚いた」
ノーチェスは、本気で感心した。
タイクーン。頭の回転がハンパではない。
「その通り。禁忌六迷宮は、悪魔を封じる檻。そして、私たち魔族は、その封印を守る者であり、古代の文明を魔界へ持ち帰る者。ね、知ってる? どうして人間界と魔界が分かれているのか?」
「……それは、戦争のことか? 人間と魔族の戦争があり、人間の『能力』で大陸が割れ、人間界と魔界になった。そこに海が現れ、行き来が不可能になった……」
「その通り。でも、それ……実は噓なのよねぇ?」
「なっ……」
「真実は、カタストロフィ・セブンの五体を人間界に封じるため。魔界が独立したのは、魔族に危険が及ぶのを防ぐため。七つの災厄のうち一体は魔族が完全に滅ぼし、残り一体は魔界で安全に封印っされている。でも、残り五体は人間界に封印されているのよ。いつか封印が破れても、魔界は安全なようにね」
「じゃあ、戦争というのは……」
「戦争はあった。でもね、全部魔族のお芝居なの。魔界と人間界を分ける手っ取り早い方法は、戦争に乗じて分断することだったからねぇ」
「……馬鹿な」
「でも、ちょっと失敗もあったのよ。当時は転移魔法なんてなかったから、魔界と人間界の行き来がものすごく大変で……古代の遺産を持ち帰るのに手間取ってるわぁ。最近、ようやく使えるようになってきた転移魔法も、大質量のモノは運べないし」
「ふざけるな!! 魔族は……人間を、何だと思っている!!」
「さぁ? フフ、でも安心して? 古代の封印はそう簡単に解けないわ。私が使役してるこのショゴスも、本当のショゴスの数万分の一くらいの欠片だから。本物だったら、この大塩湖どころか、雪国全体を覆っちゃうわ」
「くっ……きさ「タイクーン、もういいか?」……え?」
と、ここでサーシャが前に出た。
剣を静かに、ノーチェスへ突きつける。
「一番の美少女ちゃん。剣なんか向けてどうしたの? ふふ───」
と、サーシャの背後。ショゴスが津波のようにサーシャに覆いかぶさる。
だが、黄金の闘気を全開にしたサーシャの一閃で、ショゴスが消滅した。
「───!」
「どうでもいい」
「……ん?」
「カタストロフィ・セブン、禁忌六迷宮の意味、魔族の目的、古代人……そんなもの、私はどうでもいい」
「さ、サーシャ? いや、どうでもいいというのはむぐっ!?」
レイノルドがタイクーンの口を押さえた。
「貴様、ノーチェスとか言ったな……ぐだぐだ言ってないで、ピアソラとロビンを解放しろ!!」
「あら怖い……でも、生意気な子も、好みよ?」
ノーチェスの背後で、ショゴスが触手のように伸びてユラユラ揺れた。
レイノルドが盾を構え、タイクーンはため息を吐き「もう少し話を聞きたいが仕方ない」と呟く。
サーシャは叫んだ。
「さぁ、行くぞ!!」
チーム『セイクリッド』、禁忌六迷宮で最後の戦いが始まった。
 





