禁忌六迷宮/ハイセの場合⑦
ハイセとチョコラテが下階層を目指して進むこと十日。
たった十日だが、ハイセがこれまで経験したことのないような、濃密な十日間だった。
まず……現れる魔獣のレベルが、とんでもなかった。
Sレート、SSレートは当たり前。酷い時にはSSレートの魔獣が群れで襲ってきた。
ガトリング砲、ロケットランチャーがなければ死んでいた可能性もある。
そして……意外と頼りになったのが、チョコラテだった。
『コイツの弱点は腹だ!! 見ろ、腹にあるくぼみ、あそこに心臓がある!!』
『待て。ハイセ、遠距離から狙撃できるなら、ここから撃て。あいつは警戒心が高い……あと数メートル近づけば襲ってくる』
『あいつは群れのボスだ。あいつを倒せば群れは散る』
と、現れる魔獣に対し、的確な弱点や戦闘法を教えてくれた。
現在、ハイセとチョコラテは、小さな洞窟のような休憩場所を見つけ、そこを宿にしている。
魔獣の死骸で洞窟の入口を塞ぎ、食事をしていた。
「ほれ」
『む、いいのか?』
「ああ。お前の知識に助けられてるからな」
ハイセはチョコラテに、串焼きを何本か渡す。
チョコラテは遠慮なくもらい、ガツガツと食い始めた。
『美味い。人間のメシは最高だな』
「……お前、何してるんだ?」
串焼きを食べながら、チョコラテは鎧の修理をしたり、魔獣の外皮や鱗を使って兜や追加装甲を作っていた。盾にも鱗を付けたり、剣を研いだりと、本職の武器屋のような手つきだ。
『ハイセが倒した魔獣の素材は、どれも装備の強化に使える。我も、知識だけでなく戦えるようにならんとな』
「……器用だな」
『そうか? 我々、カオスゴブリンは武器や防具など全て自作する。魔獣の骨、皮、鱗などの加工は朝飯前だ。よし……できた』
チョコラテは、兜や追加装甲を施した鎧などを装備した。
これにより、肌の露出が一切なくなった。完全装備である。
『よし、これならいける。ふふ、感謝するぞハイセ』
「ああ。よかったな……ふぁぁ」
『眠いのなら仮眠を取れ。ここ十日ほど、ろくな睡眠を取っていないだろう?』
「…………」
『まだ、我を信用できないようだな。仕方ないとは思うが……』
「……五時間、寝る」
それだけ言い、ハイセは目を閉じる。
チョコラテは、残った串焼きを静かに食べ始めた。
◇◇◇◇◇◇
五時間後───……それは、突然だった。
『グォォォォォォォォォォォ───……ンンン……───』
雄叫びだった。
ハイセは飛び起き、チョコラテは持っていたヤスリを落としてしまう。
「な、何だ!?」
『い、今のは……雄叫び、か?』
顔を見合わせるハイセ、チョコラテ。
地下内が振動した。ビリビリとした気配がまだ残っている。
すると、地下の奥から、大勢の魔獣が逃げ出していくのが見えた。ハイセたちのいる洞窟の傍を、ハイセたちが苦戦した魔獣が逃げるように走っていく。
『な、何が……し、下の階層に、何がいるんだ?』
「…………」
ハイセには心当たりがあった。
ダンジョンボス。
この、デルマドロームの大迷宮……最大最強最後の敵。
ダンジョンボスを倒せば、デルマドロームの大迷宮は消滅する。
存在してから数千年以上……誰も踏破することのできなかったダンジョンが、ハイセの手で攻略される。
人は、ハイセを認めるだろう。
最強の冒険者。たった一人でダンジョンを攻略した冒険者と。
『……どうした、ハイセ?』
「……いや、一人じゃないな」
『?』
チョコラテは首を傾げた。
ハイセは背伸びをし、首をコキコキ鳴らす。
五時間、たっぷり睡眠がとれた。気力、体力共に充実している。
「チョコラテ、お前は寝なくていいのか?」
『ああ。カオスゴブリンの睡眠時間は二時間、十日に一度取ればいい』
「べ、便利だな……」
『そういう進化をしたのだ。長く働けるように、長く戦えるようにな』
ハイセは立ち上がり、道具を全てアイテムボックスに収納する。
チョコラテも、装備を全て身に付けた。新しい兜を装備すると、肌の露出が一切ないため人間のようにしか見えない。
「よし、行くぞ」
『ああ……だ、だが、この下に何がいるのか』
「ダンジョンボス。このデルマドロームの大迷宮、最後の敵だ」
『うぐ……』
「ビビッてんなら、ここでお別れだ」
『だ、だ、誰が!! ええい、行くぞハイセ!! 我が先に行く!!』
チョコラテは、ズンズンと歩き出した。
ハイセは、大型拳銃を片手に歩きだし、スライドを引く。
「見てろサーシャ……俺は必ず、このダンジョンをクリアして見せるからな」
ハイセのダンジョン攻略も、最終階層に差し掛かろうとしていた。
◇◇◇◇◇◇
それからさらに十日……ハイセとチョコラテは、ボロボロになりながらも、最終階層手前まで到着した。
チョコラテは、木札に刻んだ文字を確認する。
『こ、この先が最終階層……『テーマパーク』だ」
「テーマパーク……」
『ああ。魔族が言っていた。魔族の住処……長らく、放置されているようだが』
「そこに、ダンジョンボスが」
『それと、魔族の残した宝がある』
最終階層手前。
ハイセたちのいる場所には、大きな鉄格子の門があった。
門は豪華な装飾が施され、大きな看板もある。
そこには、イセカイの文字が書かれていた。
「煤けて読めないけど……一部は読める。わ、んだー……らんど?」
『ワンダーランド?』
「ああ。よくわからんけど……鉄格子に囲まれた門。どう見ても牢獄だな」
門を押すと、ギシギシ音を立てて開いた。
さっそく中に入ると、小さなガラス張りの建物がいくつかある。
そこにも文字が。
「は、っけん……じょ?」
『はっけんじょ?』
「チケット、こうにゅう、は……こちら」
『ちけっと?』
「……チケットってのは、劇場とかで見せるチケットか? テーマパークってのは、劇場なのか?」
『???』
チョコラテは首を傾げる。
ハイセにも意味が解らない。ガラス張りの小屋に、金属の箱がある。箱には小さな『四角』がいくつもついており、それを押すとカチカチ音がした。
『はっけんじょ』と通り過ぎると、長い住宅街へ出た。
「なんだ、ここ……家か?」
『どうやら、魔族の住処のようだ』
広い街道があり、両側に大きな家がいくつも並んでいる。
だが、家にしては妙に窓が大きく、いろんな道具が並んでいる。
ハイセは、これが全て『店』だと感じた。
「この先が、中央広場か?」
『む……マップか』
看板があり、テーマパークのマップが表示されていた。
中央には広場があり、その周りに大きな建物がいくつもある。
「じぇっと、コースター……だい、かんら、ん、しゃ……? なんだこれ、乗り物か?」
『テーマパーク……奥が深い』
「とりあえず、中央広場へ───……」
次の瞬間。
『『『『『『『『グォォォォォォォォォォォ───……』』』』』』』』
「「!!」」
中央広場から聞こえて来たのは、雄叫びだった。
しかも、一つじゃない。
いくつも重なって聞こえてきた、獣の雄叫びだった。
そして、ハイセは聞いた。
「招かれざる者が来たようだ」
男の声。
コツコツと、硬い靴の音が響き渡る。
中央広場から現れたのは、一人の紳士だった。
「フム……長くここにいるが、まさか……人間と、ゴブリンの組み合わせか。全くもって、この世は面白い。我輩の想像をこえ
ズドン!! と、ハイセは迷わず大型拳銃を発砲。紳士の肩に弾丸が命中した。
「ぬ、っぎ、ァァァァァッ!? なな、何ィィィィィィィ!?」
紳士は肩を押さえ、出血部を押さえる。
チョコラテは仰天していた。
『はは、ハイセ!? ななな、何を』
「ああいう、長ったらしい口上をしながら来る奴はほとんど敵」
『えぇぇぇ!?』
大型拳銃を消し、ショットガンを構え連射する。すると紳士は右手を向け、周囲の金属を引き寄せ盾を作り弾丸を防御した。散弾では貫通しないようだ。
ハイセはロケットランチャーを具現化する。
「待て!! 待て待て!! 貴様、それは銃だな!? なぜその武器を……ええい!!」
男は、近くにあった『ジドウシャ』を盾にして逃げ出した。
ロケットランチャーを発射。ジドウシャに命中し大爆発を起こす。
ハイセは、ロケットランチャーを投げ捨て再び大型拳銃を抜いた。
「あいつ、何だろうな」
『こ、ここまでしておいてその疑問……え、ええと、あいつは恐らく魔族だ。褐色の肌、灰銀の髪、真紅の瞳に、頭部のツノ……間違いない』
「なるほど……よし、行くぞ」
『……我はお前と敵対せず良かったと、本気で思っている』
ハイセとチョコラテは、中央広場に向かって歩き出した。





