禁忌六迷宮/サーシャの場合⑥
サーシャたちが住宅街で疲れを癒し、周囲の調査をすること二日。
わかったことがいくつかある。
タイクーンは、全員をリビングに集めて言う。
「ここは住宅地なのは違いない。ここに、高度な文明を持つ『古代人』が住んでいたようだが、遥か昔に絶滅……そして、長い年月をかけて、ここは塩の湖に沈み、ダンジョンとなった。禁忌六迷宮の一つ、『ディロロマンズ大塩湖』としてな」
眼鏡をくいっと上げ、得意げに言う。
するとロビンが挙手。
「はいはーい。それはわかったけどぉ……ほんとに、ダンジョンこれで終わり? お宝もないし、よくわかんない町だけで『踏破しました!』なんて、味気ない~」
「同感ですわね。ダンジョンというなら、ダンジョンボスがいるはずでは?」
「そう、そこなんだ」
タイクーンがビシッと指を立て、ニヤリと笑う。
レイノルドは「ごきげんだな……」と呟き、カップの紅茶を飲む。
サーシャは言う。
「いるのだな? タイクーン」
「ああ。ここにダンジョンボスはいる……正確には、ここから下の階層にな」
「待った! 下の階層、って……昨日、ここ一帯を調べたけど、一日で調べられるくらいの広さだし、家ばっかりで周りは塩の壁しかないよぉ?」
ロビンがつまらなそうに言った。
だが、タイクーンは首を振る。
「ふふふ、実はもう一つ見つけたんだ……見てくれ、これを」
タイクーンは、胸ポケットから地図を取り出し広げる。
ピアソラが首を傾げた。
「……読めませんわ。でも、絵はわかりますね」
「古代人の文字だ。全ては解読できないが、少しは読めるようになった。これは『エイゴ』と『ニホンゴ』を組み合わせたもので、『カンジ』という文字も使われている……恐ろしいな、古代人は日常的に、暗号のような文字をスラスラ読んで内容を理解していたようだ」
タイクーンが、好奇心を隠しきれない笑顔で言う。
ちなみに、タイクーンのアイテムボックスには、家にあった本が大量に詰め込まれている。
レイノルドは、地図を見ながら言う。
「これ……もしかして、この辺りのマップか?」
「ああ。地理的に間違いない。ちなみに、ボクたちのいる場所はここだ」
タイクーンは、地図に魔法でマークをする。
そして、指で地図をなぞり、一点を指差す。
「そして、ここ……」
地図には、地下への階段が書かれていた。
「ここから『チカテツ』という地下空間に行ける。古代人は、地上に複雑な町を築き、地下に広大な道を作り移動していたようだ。この『チカテツ』からさらに、下の階層へ進めるようだ」
「「おお~」」
レイノルド、ロビンがパチパチと拍手。
サーシャも頷いた。
「さすがタイクーンだ。では、この『チカテツ』とやらに向かえばいいんだな?」
「ああ。だが、チカテツはかなり入り組んでいる。恐らくだが……魔獣も多く生息している。全員、万全の状態で臨んだ方がいい」
「なら問題ないぜ。2日間、たっぷり休んで英気を養ったからな。なぁ?」
レイノルドが言うと、サーシャ、ロビンが頷き、ピアソラが「ふん」とそっぽ向いた。
タイクーンも頷く。そして、サーシャが言う。
「では、出発は明日。目的地は『チカテツ』で、さらに地下へ向かう。みんな、ディロロマンズ大塩湖の攻略が見えてきたぞ!!」
こうして、サーシャたちは更なる地下へ向かうことになった。
◇◇◇◇◇◇
チカテツの中は、細く長い道が続いていた。
ピアソラはさっそく文句を言う。
「なんっですの? この歩きにくい道!! 鉄の棒が延々と伸びて……もう邪魔!!」
「これは、『センロ』だな。古代人は『デンシャ』という乗り物で地下を移動していたらしい。ふむ、これは……地上でも応用できるかもしれんな。よし、覚えておこう」
「ああもう、邪魔ぁ!!」
キーキー怒るピアソラ。
レイノルドは、サーシャに言う。
「サーシャ」
「わかっている。獣臭……このセンロとやら、魔獣の通り道のようだ」
「気付かれてるな」
「ああ。そこら中から気配を感じる」
サーシャは剣を抜く。
レイノルドは大盾を使わず、右手に持つ丸盾だけを構えた。
ロビン、ピアソラ、タイクーンも気付く。
『グルルルル……』
センロの奥から現れたのは、漆黒の狼だった。
現れると同時に、ロビンが迷わず矢を放つ。
『カッ!!』
「えっ!?」
だが、狼は口から衝撃波を放ち、矢を撃ち落とした。
同時に、サーシャとレイノルドが飛び出す。
タイクーンが詠唱を始め、ピアソラも祈りを捧げる。ロビンは再び矢を番えた。
『ガァッ!!』
「サーシャ、五!!」
レイノルドが叫ぶと同時に、サーシャの身体が『闘気』に包まれる。
狼がサーシャに飛び掛かる。
「ドラァ!!」
『ギャンッ!?』
だが、レイノルドが割り込み───なんと、右腕の丸盾で狼を叩き落した。
地面に転がった狼の頭に剣を突き刺し、サーシャは上空に剣を振るう。
「黄金剣、『空牙』!!」
闘気が刃となって飛び、音もなく天井に張り付いていた狼を三匹、両断した。
そして、タイクーンの詠唱が終わる。
「『速度強化』、『腕力強化』!!」
「おっしゃぁ!! ドラララァ!!」
『ッゴガ!?』
タイクーンの補助で速度と腕力が強化されたレイノルドが、飛び掛かってきた狼に拳の連打を叩きこむ。最後にアッパーで吹き飛ばすと、ロビンの放った矢が三発突き刺さった。
「『祝福』」
ピアソラがサーシャに祈りを捧げる。
サーシャが対峙していたのは、狼のボス。
普通の狼の三倍ほどの大きさだ。討伐レートはSSを超えるだろう。
「来い」
『ガァァァッ!!』
狼とサーシャが同時に飛び出す。すると、ピアソラの『祝福』が、一時的にサーシャの身体能力を三倍に引き上げる。
『祝福』が発動するかは運。だが、発動すれば身体能力が三倍になる。今回は当たりを引いた。
サーシャが一気に加速し、黄金の刃で狼を一刀両断した。
縦にスッパリ割れた狼は即死。残りの狼も全て討伐された。
「ふぃぃ、ビックリしたぜ」
レイノルドが言う。
タイクーンは眼鏡をクイッと上げ、狼を見た。
「魔獣図鑑でも見たことがない魔獣だな。新種か……よし、一匹はギルドに持ち帰ろう。サーシャ、きみが倒した大物は素材だけ回収しよう。牙だけでも、かなりいい武具が作れるだろう」
「ああ、わかった」
素材を回収し、一行は再びセンロを歩く。
すると、ロビンがサーシャの隣を歩く。
「ね、サーシャ」
「どうした、ロビン」
「ん……なんとなくだけどさ、もう少しで踏破だよね」
「恐らくな」
「あのさ、踏破してギルドに戻ったら……パーティーしない?」
「パーティー?」
「うん。きっと、サーシャはお城に呼ばれて、王様とかすっごく褒めてくれるよね。そのあとは、いろんなS級冒険者やクランが挨拶に来たりで忙しくなると思う。それで……そういうの終わったらさ、パーティーやろうよ。クランで、みんなで」
「ふふ、いいな。ぜひやろう」
と、ここでピアソラが割り込んだ。
「賛成ですわ!! ね、サーシャぁ……ここを踏破したら、私のお願いを一つだけ聞いて欲しいの」
「お願い?」
「はい!!」
「お、いいな。なあサーシャ……オレの頼みも聞いてくれないか?」
「れ、レイノルド?」
「アァァァん!? テメェ、何割り込んで勝手なこと言ってやがるんっだコラぁ!?」
ドスの利いた声でピアソラが睨むが、レイノルドは無視。
タイクーンも便乗した。
「ボクも頼みがある。サーシャ……S級冒険者の権限で、王城にある図書室に入れるように取り計らってくれないか?」
「か、構わないが。それとレイノルド、ピアソラ……お前たちの頼みは?」
「オレは踏破してから言うぜ。ま、楽しみにしてくれ」
「私も!! サーシャ……私、本気のお願いをしますから!!」
「あ、ああ」
と、サーシャはロビンを見た。
「ロビン。お前は何か、願いはないか? 私にできることなら叶えてやるぞ」
「じゃあ……一つだけ、いい?」
「ああ」
「あのね、パーティーを開くとき……ハイセも呼んでいいかな」
「……ハイセを?」
「反対!! あんな不愛想な根暗男、必要もがが」
「少し黙ってようぜ」
「もががが!!」
ピアソラは、レイノルドに羽交い絞めされた。
ロビンは続ける。
「いろいろ言ったけどさ……あたし、やっぱりハイセと昔みたいに仲良くしたいな。禁忌六迷宮をクリアしたら、お話したいな」
「……ロビン」
「タイクーンだってそうでしょ? ハイセと本の話、したいよね」
「……否定はしない。ボクの知識に付いてこれるのは、ハイセくらいだからな」
「だから、いい?」
「……わかった」
「うん。ありがとう!」
ロビンは、どこまでも真っ直ぐだ。
ハイセのことが好きなのだろう。恋愛的な好きではなく、兄のように慕っていたから。
サーシャは、そんなロビンがとても可愛らしく見えた。