禁忌六迷宮/ハイセの場合⑥
ハイセは、カオスゴブリンと二人で住宅街からさらに下の階層へ。
住宅街の下はまるで別世界。
巨大なモグラが掘り進んだような、とても荒く曲がりくねった道だった。
天井まで二十メートル以上あり、横幅も三十メートル以上ある。壁が発光しているのか非常に明るく、進みやすい道だった。
『何度も言うが、ここから先は上の階層のように『コンテナ』はない。踏み込んだ人間は、恐らくハイセが初めてだろう』
「それはいいけど、お前普通に付いてくるのな。しかも俺の名前呼んでるし」
ハイセは、カオスゴブリンを見る。
身長はハイセよりも高く、肌は薄い黒。
頭髪はない、というか体毛自体生えていないようだ。
耳が長く、目がギョロっとしており、かなり筋肉質。
腰布を巻いているが、今はハイセが始末したカオスゴブリンの装備をかき集め、全身鎧を装備。腰には剣を二本、丸盾を右手に、背中には槍を背負っている。完全なフル装備である。
「お前、下の階層に行きたいんだっけ」
『ああ。同族の憧れだ。我らカオスゴブリンは、上の『住宅階層』で生活していた。上層階にいる魔獣を狩って食うだけの生活……たまに、下の階層に向かう愚か者もいたが、誰一人戻ってこなかった』
「で、その同族が俺に襲い掛かり、返り討ち……」
『ああ。だが、気にすることはないぞ。我々に仲間意識などないからな』
「それはありがたいね。俺の後を付いてくるのは勝手だけど、変に仲間意識持たれてもうっとおしいからな。ま、俺の邪魔したり、襲うようなら迷わず撃つ」
ハイセは、大型拳銃をカオスゴブリンに突きつける。
カオスゴブリンはゴクリと唾を飲み、首を振った。
『お、お前に敵対するつもりはない。お前に付いて行けば、新たな世界に踏み出せると思っただけだ。もちろん、礼はする……我の知識を教える。ここに現れる魔獣なら、大抵は知っている。弱点もな』
「弱点? 知ってるなら、魔獣を倒せるんじゃないのか?」
『できない。攻撃手段がないのだ』
「ふーん……」
と───ハイセが立ち止まった。
カオスゴブリンも立ち止まる。
妙に生臭い匂いがした。そして、ズルズルと這うような音も。
『こ、こいつは───マズいぞハイセ、『掃除屋』が来る!!』
「掃除屋?」
そう聞き返すと、通路の奥から何かが現れた。
それは……巨大な、『ヤツメ』だった。
丸い口。湿ったミミズのような身体。
口の中にはギザギザの牙があり、獲物に吸い付き、肉を傷つけ血を吸う。
『こいつは、『デビルチャンドラー』!! 魔獣に吸い付き、肉と血を啜る凶悪な魔獣だ!!』
「……冒険者ギルドが発行している魔獣図鑑にも載ってないな。タイクーンが見たら『生け捕りにしろ!!』とか無茶言いそうだ」
『くそ、マズい!! 弱点は口の中にある心臓だ!! だが、攻撃手だ───』
ガシャン!! と、ハイセは巨大なライフルを具現化。
「『アンチマテリアルライフル』」
引金を引いた瞬間、ハイセの身体が後方に一メートルほど下がった。
「ッッ……いってぇ」
『え』
爆音。
ビュボン!! と、あり得ない音がした。
カオスゴブリンが見たのは、頭の部分が吹き飛び、地面にズズンと倒れたデビルチャンドラー。
弾速の速さ、威力が凄まじ過ぎて、何が起きたのか理解できなかった。
ハイセはアンチマテリアルライフルを捨て、肩を押さえる。
「威力、ありすぎる……これ、あんまり使えないな。あんまり使えない、アンチマテリアル……アンマリ、ってか? あっはっは」
『…………』
「……今の、聞かなかったことに」
ハイセはスタスタ歩きだした。
くだらなすぎて死にたくなったらしい。が……カオスゴブリンは、そんなことはどうでもいい。
確信した。
ハイセに付いていけば、間違いない。
『ハイセ!!』
「ん、なんだよ」
『頼みがある』
カオスゴブリンは、ハイセの前に回り込み、なんと跪いた。
ハイセは首を傾げる。
『我に、名をくれ。我が望むのは、ただ一つそれだけ。頼む!!』
「え、えぇ?」
『我に名を!!』
カオスゴブリンにとっても、初めての感情だった。
ずっと、食べて寝て食べて寝て、それだけの人生だった。
同族が同じ階層にいるが、ただそれだけ。
会話もないし、話そうとも思わない。ただ、餌を取り合うだけの毎日だった。
カオスゴブリン。ゴブリンの最上種族。力も知能もあるが、それだけだ。
ただ、生きる。それだけの人生。
だが……ハイセが来た。いつも通り、殺して食うだけだった。だが……逆に、喰われそうになった。
カオスゴブリンは経験した。
これが、強者。食うか食われるかではない、強き者の存在。
『ハイセ、お前は……我の人生を変えた。頼むハイセ、頼む!!』
「わ、わかったっての……ったく、何なんだよ」
ハイセは少し考え、古文書を取り出す。
そして、目を閉じてページをパラパラめくり、適当なところを指さした。
ゆっくり目を開け、そこに書かれていた文字を読む。
『チョコラテが飲みたい。カカオなんてこの世界にないし、あってもチョコレートなんて作り方わかんねぇ……ああ、チョコ、チョコレート、チョコラテ、チョコケーキ……食いたい』
ハイセは、ウンと頷いた。
「じゃ、お前の名前はチョコラテだ」
『おお……!! チョコラテ、我はチョコラテ!! 感謝する、ハイセ」
「ん」
ハイセは再び歩きだした。
その後を、カオスゴブリンことチョコラテが続く。
『ハイセ。この先にも、まだまだ危険な魔獣が存在する。気を付けろよ』
「はいはい。お前、あんま近くに寄るな。馴れ馴れしい」
『ああ、すまんな!!』
こうして、ハイセとチョコラテは下の階層へ進む。





