禁忌六迷宮/サーシャの場合④
サーシャたちが『ディロロマンズ大塩湖』に入り、七十日が経過した。
最初こそ元気なメンバーだったが、やはり疲労の色が濃くなっている。
特に、ピアソラ。
「はぁ……」
もう何十日も、似たような道を下っている。
横長、縦長の広い曲がりくねった道を進み、現れる魔獣を倒し、休憩し、また歩く。
これの繰り返しが、もう七十日だ。
さすがのピアソラも、サーシャに構う元気がない。
逆に、タイクーンが生き生きしていた。
「ここは階層というモノがない。ただひたすら下るだけの道だ。魔獣がどこから現れ、どこで生活してるのか……独自の生態系が築かれているようだが、気になるな」
アイテムボックスから羊皮紙を取り出し、メモをしながら歩く。
見たことのない魔獣をスケッチしたり、独自の考えをメモしたり、もう本一冊分くらいのメモはしているようだが、タイクーンに疲れはない。
ロビンは活発さこそ失われていたが、ピアソラよりは元気だった。
「ねー、そろそろ休憩しない?」
「そうだな。恐らく、お昼だろう」
サーシャが立ち止まり、仲間たちに休憩の用意をさせる。
ほぼ無口なピアソラを見て、レイノルドがサーシャに耳打ちした。
「な、サーシャ。そろそろピアソラのストレスがヤバい。ここらで提案したいんだが」
「ん? なんだ?」
「ごにょごにょ……」
「……なるほどな、それはいい考えだ。ぜひやろう」
「ああ、じゃあ飯食ったら用意するぜ」
レイノルドは張り切って準備を始めた。
◇◇◇◇◇
昼を食べ、少し進み、野営の準備をする。
いつもはテントを出したりするレイノルドだが、今日は少し離れた場所に物干し用の竿や台を用意し、紐をかけてシーツで目隠しを作っていた。
タイクーンが首を傾げる。
「レイノルド、それは何だ?」
「いいから、お前も手伝え」
「な、なんだいきなり。ん? これは……」
「『賢者』様の魔法、頼むぜ」
「……なるほどな」
女性陣が夕食の支度をしている間、男二人で準備をする。
食事を終え、ほぼ無言のピアソラは、テントへ戻ろうとした。
だが、サーシャが止める。
「待てピアソラ。みんなに提案がある。明日は休みにして、一日ここで休憩しよう」
「オレは賛成だぜ」
「ボクもだ。少し、これまでの考えをまとめたい」
「あたしも~……一日ぐっすり寝たい」
「私もです。さすがに、もう……」
明日の休日が決まった。
そして、レイノルドが言う。
「じゃ、女性陣にプレゼントがある。こっち来い」
案内したのは、シーツの目隠し。
そこにあったのは、三つの樽。
樽の中には、ちょうどいい湯が張られており、入浴にピッタリだった。
「風呂だ。お湯に浸かってゆっくり身体をほぐせば、ゆっくり寝られる。身体拭くだけじゃ疲れは取れないし、オレとタイクーンが見張ってるから、女三人でゆっくり浸かりな」
「……あなたにこんな気遣いができるなんて」
ピアソラが、驚いたようにレイノルドを見る。
すると、バツが悪そうに言った。
「あー……この樽風呂、ハイセが考えたんだよ。長期依頼で風呂に入りたい時とか、使えるかもってな。結局、使わなかったけど……オレは話を聞いてたから知ってたんだ」
「……ハイセが」
ピアソラは、複雑そうだった。
サーシャは、初めて聞いたのか驚いている。
「ハイセが、考えたのか?」
「ああ。まぁ、当時使ってたアイテムボックスの容量は小さかったからな。風呂だけのために樽を持ち歩くのはもったいないって言うだろうし。今回のは、空いた樽に、タイクーンの魔法で湯を入れたから問題ない。っと……それより、湯が冷めるから入りな」
レイノルドは、距離を取った。
「じゃあ入ろっ!! 一人一個、樽風呂なんて贅沢かも」
ロビンが素早く服を脱ぎ、お湯を身体にかけて顔を洗う。
そして、樽に飛び込んだ。
「っっ~~~~~~っっ、あぁぁぁ……きんもち、いいぃぃ」
とろ~んと溶けた。
ピアソラも同じように湯へ。すると、とろーんと蕩ける。
サーシャも蕩け、湯の温かさを全身で感じていた。
「はぁぁ……気持ちいいですわ。くやしいですが、ハイセに感謝しないと」
「そうだな……全く、こんなのがあるなら、教えてくれればいいのにな」
「えぇ~? たぶん、当時のサーシャなら『そんなの無駄だ』って言いそう」
「ろ、ロビン。私はそんなことは言わない」
「言う言う。絶対言うって」
三人は、樽風呂を満喫しながら、キャッキャと騒いでいた。
◇◇◇◇◇
「こんな時でも、話題はハイセか……」
距離はあるが、声は聞こえてしまう。
レイノルド、タイクーンの話題は一切出ず、どこか寂しいレイノルドだった。
すると、羊皮紙をまとめていたタイクーンが言う。
「……やはり、このダンジョンは」
「ん? おいタイクーン、どうした?」
「いや。ディロロマンズ大塩湖について、いくつか仮説をな」
「?」
「壁画、通路、魔獣……どれも、外では見ない物ばかりだ。この通路、通常のダンジョンとは造りがまるで違うし、文明のレベルも違う……未知の文明と言う方が正しいだろうな」
「未知の文明?」
「ああ。ハイセが使う武器のような、得体の知れない何かだ」
「おいおい……オレら、そんなところを進んでいるのか」
「あくまで推測だ。くくっ、これは面白い研究になりそうだ」
「楽しそうで何よりだぜ」
この日から十日後、サーシャたちは通路を抜け、全く違う景色がある場所へ到着することになる。
タイクーンの予想道通りの、『未知の文明』が待っている。
チーム『セイクリッド』のダンジョン攻略は、ようやく折り返しを迎えるのだった。