禁忌六迷宮/サーシャの場合③
ディロロマンズ大塩湖。
その名の通り、『塩の湖』だ。
国一つがすっぽり入ってしまう大きさの湖で。極寒の地フリズドの気候の影響で凍り付いてしまっている。
元は遺跡だったらしい。湖の底には、財宝が山ほどあるそうだ。
だが、一度入ると二度と出られないという。
「湖の底まで凍り付いてるそうだ。真偽は不明だがな……」
入口で、タイクーンが言う。
大塩湖の入口は古い壁があり、古ぼけた門もある。
デルマドロームの大迷宮とは違い、ここは管理されていない。入るのも出るのも自由だ。現に、サーシャたち以外の足跡がいくつかある。
「誰か先に入ったようですわね」
「ね、ね、行かなくていいの? 先越されちゃうっ」
「おばか。ここは禁忌六迷宮よ? 焦って自滅するなんて御免ですわ。それに……どんなチームか知りませんが、私たち以外に攻略できるとは思えませんわ」
ピアソラは、モコモコした毛糸の帽子を深くかぶる。
寒さが酷く、全員の頬が赤い。
サーシャは、同行したA級チームに言う。
「ここから先は私たちだけでいい。攻略までどれほど時間がかるかわからんからな」
「ああ、じゃあ、打ち合わせ通りだな?」
「そうだ。六か月……百八十日経過しても戻らない場合は、チームが全滅したと考えてくれ。クラン運営に関してはアイビス様に任せてある」
「……そうならないことを祈る」
A級チームのリーダーと握手し、チームは去った。
サーシャは、残った全員に言う。
「全員、気を引き締めろ。ここから先はいつものダンジョンとは違う。禁忌六迷宮……誰も攻略したことのない、未踏破のダンジョンだ。現れる魔獣、トラップに気を配れ」
「「「「了解」」」」
全員、冒険者の顔になる。
そして、サーシャたちは湖の底に向かって進みだした。
◇◇◇◇◇
地下一階層。
辺り一面が氷で覆われているが、地面だけはしっかりした造りで滑ることはなかった。
タイクーンは、笑顔が隠し切れず言う。
「素晴らしい……!! これが禁忌六迷宮。見ろこの壁を。凍り付いてはいるが、壁画のようだ……うむむ、ボクには理解できない。これは、何だ?」
「お花かなぁ?」
「ふむ……恐らくだが、ここは建物の中だろう。ディロロマンズ大塩湖に沈んだ建物が、ダンジョンとしてここにあるのか? それとも、建物の周りに塩の湖ができたのか? むむ、研究したいな」
「おーいそこ、帰ってからにしろよ」
レイノルドに呼ばれ、タイクーンは名残惜しそうに壁から離れる。
どういう原理なのか、壁がキラキラ光り、氷に反射して灯りのようになっている。ピアソラは、持っていたランプを消し、アイテムボックスに収納した。
「灯り、いりませんわね」
「ああ。それに……広い。ここなら、敵が出ても思い切り戦えそうだ。
横一列に十人並んでも広い。天井も高く、大型の何かが通るための道のようにも見えた。
そして、その道だが……非常に面倒くさい。
「曲道、登り道、急斜面、坂道……もう!! なんですの、この道は!!」
ピアソラが文句を言う。
それもそのはず。サーシャたちが歩く道は、道幅こそ広いが曲道や登り道などの繰り返しだ。そこそこ歩いて下の方まで来たが、一向に終わりが見えない。
すると、タイクーンが言う。
「……妙だな。ダンジョンなら、迷わせるために分岐路やトラップがあるんだが、ここにはそれがない。ひたすら曲道や登り道だけがある……」
「これが序の口ってのは違いねぇが、めんどくさいぜ」
レイノルドが肩をすくめ、サーシャがクスっと笑った。
すると、ロビンが言う。
「ハイセの方はどうかな? デルマドロームの大迷宮、こっちとは違う、砂漠だよね」
「出発もボクらより速いし、ハイセのことだからもう中盤程度まで進んでいるだろうね」
「フフ、死んでいるかもしれませんねぇ?」
ピアソラが笑うと、サーシャがピアソラにデコピンした。
「いたっ」
「不謹慎だぞ。同じ冒険者なら、死を願うのではなく、生きて踏破することを願え」
「むぅ~……」
「……そろそろ昼も近い。休憩しよう」
サーシャがそう言い、曲道の途中で休憩することにした。
アイテムボックスから椅子やテーブルを出し、出店で買った串焼きなどを広げる。
「ん~、時間停止のアイテムボックス便利ですわ。お肉がホクホクです」
「確かにね。これは便利だ」
ピアソラの言葉にタイクーンが同意。
レイノルドは、周囲を見ながらサーシャに言う。
「な、サーシャ。けっこう歩いたし、今日はここまでにしないか? 今は腹具合から見て夕方手前ってところだろ。時間の感覚があやふやだが、生活リズムは崩さないほうがいい。じっくり八時間休憩してから出発しようぜ」
「……そうだな。よし、では食事が終わったら交代で休憩に入ろう」
この日、チーム『セイクリッド』はディロロマンズ大塩湖に挑戦開始。
百五十日の、長きダンジョン生活が始まったのであった。