災厄封印ゲート『イゾルデ』⑪/深度4・獣哭の高原
翌日。
休養を取ったハイセたちは、周囲を警戒しつつ地上から外へ。
全員、装備を再確認。これから進む血と腐臭が香る高原は、間違いなく過酷な戦いとなる。
ハイセは銃のスライドを引き、サーシャは『虹聖剣ナナツサヤ』と『国崩』を腰へ。
クレアも腰に二刀差していたが、サーシャを見てムスッとし、ハイセの腕にしがみついた。
「むー、師匠。サーシャさんも二刀流ですぅ……私が最初に二刀流だったのにぃ」
「アホか。っていうか離せ、こんな危険地帯で腕をふさぐような行動取るな」
「はぁい。うう、二刀流……」
クレアはハイセから離れると、キョロキョロしながら警戒をする。
プレセアはタイクーンに言う。
「ここ、精霊の数がすごく多い……しかもみんな、町や森の精霊と違って、かなり力があふれてる。場所による影響かもしれないわ」
「つまり、キミのサポートには期待できるということか。ボクもサポートが専門だが、今回は攻撃支援も行う必要がある。今の内に役割を再確認しておこう」
二人は話し始める。
そして、シズカは上空を見ていた。そこには、巨大な怪鳥が群れで飛行している。
「……チッ」
「くふ、餌志願はやめたほうがいいかと」
「……わかっている」
ロウェルギアが言うと、シズカはフンと鼻を鳴らした。
魔王であるロウェルギア、ヒデヨシの側近であるシズカ。立場は対等であり、上下関係はない。
ロウェルギアは言う。
「ワタクシの『冥神』のチカラも、ここの『名前のない魔獣』にどこまで通用するか。フゥム……シズカ殿、上空からの視察はあきらめ、地上でのサポートを行うほうがいいと進言します」
「わかっていると言った。貴様、私の『空神』は自分を飛ばすだけの能力と思っているようだな」
「はて、そんなことは言っておりませんが。くふ」
歯茎を見せつけるように笑い、上を向いて眼鏡をクイッと上げるロウェルギア。シズカは舌打ちをし、ハイセの元へ。
「……なぜついてくる」
「ワタクシもハイセ様にご挨拶があるので」
どこか険悪な二人を置いて、ハイセはサーシャと話す。
「戦いは避けられない。ここから見た感じ……」
「……『アレ』とは戦いたくないな」
森の入口からも見えたのは、あまりにも巨大な『鹿』だった。
森で戦った『枯れ枝の角を持つ鹿』を巨大にした魔獣が、平原を闊歩している。さらに、通常のオーガの三倍以上ある巨大オーガと、同じサイズのトロールが殴り合いし、巨大オオカミの群れが巨大猪と正面から激突している。
「さて……ハイセ、どうする」
「ここを真正面から抜けることができれば、この先の深度5も超えることができる。力を試すには最高の場所だ」
そういうと、タイクーンが来た。
「うう、ここを調査したい。魔獣の生態を知りたい。研究したい……!! ハイセ、今回は戦うことに賛成だ。ここの魔獣の一部を持って帰るぞ」
「お前が乗り気なのは嬉しいな」
「ハイセ、サーシャ……ここの精霊、かなり強いわ。今の私なら全員、姿を隠すことができる」
「ふむ……姿が見えないだけで、回避できる戦いもある。ハイセ、姿を捉えることのできない魔獣との戦いを避け、回避できない戦いだけしながら行くのはどうだ? その場合、魔獣はどう考えても強敵であるだろうしな」
「……それもそうだな」
「はいはい師匠!! 私もそれがいいですー!!」
なぜかサーシャに張り合うクレア。サーシャはクレアが腰の双剣をジーッと見て「負けませんから!!」と宣戦布告したのに驚いている。
サーシャはクレアから離れつつ言う。
「よし。ではプレセアに透明化してもらい、回避できる戦いは回避。透明化が効かない魔獣にだけ戦いつつ進んでいくぞ」
こうしてサーシャたちは、深度4『獣哭の高原』を進むのだった。
◇◇◇◇◇◇
透明化による移動。
思った以上に、サーシャたちは楽に進めた。
「いいですねぇ。あ、師匠見てください!! でっかいオオカミがこっち見てます」
「騒ぐな、気づかれるぞ」
「でもでも、ニオイはするけど見えてないから首傾げてます。あはは、なんか可愛いですね」
魔獣は、ニオイなどでハイセたちを感じつつも、『見えない』というだけで『いない』と思っているようだった。おかげで、オオカミやイノシシの群れを素通りしつつ、巨大魔獣の足元を通って進める。
タイクーンは魔獣のスケッチをしながら言う。
「ふむふむ……ここはどの魔獣も大型~中型の魔獣がほとんどだ。大脳も人間よりも大きいが知能はそれほどでもないのか? 興味深い……む? ほう、これはチャンス……」
タイクーンは、岩陰で昼寝をしているオオカミに近づくと、生物収納用アイテムボックスに収納してしまった。
さすがにサーシャも言う。
「タイクーン、お前まさか、その魔獣を連れていくつもりか?」
「ああ。研究用にな。魔界の魔獣、興味が尽きん。冒険者を初めてから貯めていた報酬の七割をつぎ込んで、生物収納用の最高級アイテムボックスをたくさん仕入れてきたからな。さすがに大型魔獣は無理だが、捕獲できる生物は捕獲し、調査をする」
「ホホウ、それは興味深いですネェ……ワタクシも協力させてください」
「構わない。魔界の王が協力してくれるのは頼もしい」
タイクーン、ロウェルギアは同時に眼鏡をクイッと上げ、レンズを光らせた。
プレセアはハイセに言う。
「すごいわ……」
「何が」
「ここの精霊。屈強というか、歴戦の猛者というか……私たちを『隠す』お願いをしているんだけど、姿だけじゃなくニオイや気配も隠そうとしてる。完璧じゃないけど、もしかしたら戦いをかなり回避できる……あら?」
「どうした?」
「……私の弓に」
プレセアの弓に、魔界の屈強な精霊が付着し、住み着いてしまった。
「ふふ。かなり居心地がいいみたいね。私の故郷にある聖木で作った弓。ふふ」
「いいことなのか?」
「ええ。この弓を依り代にして、屈強な精霊は増えてくれる。つまり……私も強くなったの。ここを進むだけで、前よりも強力な精霊を使えるわ」
「そりゃ頼もしい」
巨大な六足歩行の毛むくじゃらな魔獣を素通りすると、シズカは言う。
「……今、透明な状態ならば上空からの視察は可能か?」
「だめ。屈強な精霊といっても、私から離れすぎると効果が消える。あと、私を担いで上空へ……っていうのもだめ。ハイセたちがいきなり魔獣に囲まれるわ」
「む……では、限界距離はどこだ?」
「……せいぜい、半径五十メートルね」
「……上空ともいえんな。仕方ない」
シズカは飛行を諦めた。
それから平原を進んでいくと、大地が真っ黒に染まった場所に到着した。
「うげえ……師匠、く、くさいですー」
「酷い腐臭だな……この大地のせいか」
「……これ、魔獣の血肉が固まった大地のようね」
プレセアが言うと、タイクーンがしゃがんで確認する。
「そのようだ。いや……大地ではない。これは溶けた血肉が腐敗してできた、『腐敗血肉の沼』といったところだろうな」
「ワタクシも知らない場所ですネェ……」
タイクーンは自作の地図に『腐敗血肉の沼』と書く。
そして、次の瞬間。
「───タイクーン!!」
「っ!!」
サーシャに腕を引かれ、タイクーンは離れた。
すると、沼の中から巨大な『骨の手』が現れ、タイクーンがいた場所に叩きつけられた。
『ガガガガガガガガガガガガガ!!』
骨と骨がぶつかり合い、まるで叫びのように聞こえた。
現れたのは、あまりにもいびつな『骨の塊』だった。
ドラゴンやオーク、トロールやオオカミなどの頭蓋骨が集まって胴体のようになり、腕の骨が集まりって『腕』や『手』となっているが、その数や長さはバラバラ。そして下半身はなく、沼そのものが下半身のようになっている。
歪な骨の集合体。それが意志を持ち、沼を狩場として待ち構えていた。
プレセアはハイセに言う。
「骨の魔獣。姿が見えないことは関係ないようね……鼻や目がないから、視覚や嗅覚ではない、何を使って探知しているのかしら」
「どうでもいい。とりあえず……そろそろ戦うしかないな。ちょうどこいつのテリトリーなのか、他に魔獣の姿はない。やるぞ」
すると、クレアが気づく。
「あ!! 師匠、骨の中に何か見えます!!」
骨の中にあったのは、大きな岩石のような、綺麗なまん丸の『赤い球』だった。
サーシャは虹聖剣を抜いて言う。
「核だろう。あれを破壊すれば、この魔獣は死ぬはずだ……いや、すでに死んでいるのか」
「骨を触媒とする核だけの魔獣と定義しよう。名前は……以前読んだ古文書に、骨の怪物『オステアン』というのがいた。こいつもそう呼ぶとしよう」
すると、沼が震え、骨の魔獣……『オステアン』の全身が振動した。
まるで叫んでいるような、そんな風に見えた。
ハイセは拳銃を抜き、オステアンに向ける。
「やるしかないな。サーシャ、いいな?」
「当然だ!! 全員、構えろ!!」
深度4での戦いが始まった。





