災厄封印ゲート『イゾルデ』⑩/深度4~名前のない魔獣~
ハイセたちは、走りながら魔獣の相手をし、森を進んだ。
「ひぃ、ひぃ……ぼ、ボクの体力、もつのだろうか、ひぃぃ」
走り始めてニ十分……走りっぱなし、魔法での援護、周囲の観察、そして植物採集をしながらの移動でタイクーンは限界が近かった。そもそも、深度4の地形をメモしつつ、見慣れない植物を採取という『余計なこと』をしなければまだ走れるだろうが、タイクーンの学者性分がどうしても抑えきれなかった。
サーシャは、目の前に現れた巨大な『シカ』と対峙する。
「くそ、本当に数が多い。ハイセ、走りながらの戦闘は想像以上に体力を使う!!」
「わかってる。なんとか森から出ないと……」
「……任せて」
すると、シズカが急上昇。
大量の黒鳥がシズカを追う。
ハイセは援護しようとしたが、頭上が木々で見えにくいのと、射程から離れつつあるシズカを見て舌打ちした。
クレアも、サーシャと同じシカと対峙する。
枯れた枝のような大きなツノ、骨と皮だけのようにやせ細っているが、その殺意は全く衰えていない。
「せ、青銀剣、『青の波動』!!」
闘気を刀身に纏わせ、一気に接近して両断しようとしたが、枯れ枝のようなツノで受け止められた。
「うええええ!? 師匠、こいつ強いですー!!」
「クレア!! ツノはオリハルコン以上に硬い。狙うのは──」
サーシャはツノと鍔迫り合いしていたが、一瞬で離れて真横へ移動。胴体を両断した。
「胴体を斬れ!!」
「わ、わかりましたぁ!! とりゃあああ!!」
クレアはサーシャの指示に従う。
すると、木々の隙間を縫うように、キラキラした翅を持つ『蚊』が飛んで来た。
とんでもない大きさだった。一メートル以上ある緑色の『蚊』だ。
プレセアは矢を番え、『風の精霊』を鏃に載せて放つ。
だが、プレセアの矢は輝く翅に弾かれてしまった。
「嘘!?」
「離れてください」
ロウェルギアは、人差し指を蚊に向け、黒い玉を放つ。
「『黒玉』」
ポポポポ!! と、黒玉が蚊に命中する……が、全て翅で弾かれる。
雷も、同じように弾かれた。
「ほほう。どうやら、魔力を弾く翅のようですネェ」
「落ち着いてる場合じゃないでしょう!!」
珍しく、プレセアが怒鳴る。
ハイセがプレセアの前に出ると、散弾銃を連射。
散弾が、蚊の羽を弾き飛ばし、身体も引き裂いた。
「物理が効くな。ここは任せろ」
ハイセが散弾銃を肩に担いで蚊を迎え撃つ。
クレアは、森の奥からさらにやってきた枯れ枝のツノを持つシカを見て言う。
「師匠ぉぉ~!! もう数が半端ないですぅ~!!」
「泣き言は後にしろ。今は、とにかく倒しまくれ。どうしても無理なら、ヒジリと交換していいぞ」
「むー!! まだまだいけます。師匠、終わったらいっぱい甘えさせてもらいますからね!!」
「意味わからん。プレセア、タイクーン、ロウェルギアはサーシャとクレアの援護を」
戦いが終わる気配はない。
それからしばらく戦闘を続けていると、傷を負ったシズカが着地した。
「森の出口、見つけたわ!! 案内する……っ!!」
「お前……その傷」
「あとにして。さあ、ついてきて!!」
再びシズカが飛び、サーシャが言う。
「全員、シズカに続け!! 襲って来る魔獣だけ対処、あとは全て無視しろ!!」
サーシャたちは、低空で飛ぶシズカを追い、走り出すのだった。
◇◇◇◇◇◇
走り、戦い、逃げること二時間が経過。
ハイセ、サーシャ以外の体力が限界に近付いた頃、ようやく森の出口に出た。
そして、その先に広がる光景を見て、ハイセもサーシャも足を止める。
森の魔獣ですら、森の出口に近づくと追って来るのをやめ、森の奥へ引き返した……魔獣は理解しているのだ。森の方が安全だと。
「……これは」
「なるほど。これが深度4……ロウェルギア、お前はここまで踏み込んだのか?」
「ええ。ハイセ様、未熟とはいえ『魔王』であるワタクシが、ここで引き返した理由、おわかりでしょうか」
そこは、生きとし生けるものすべてが沈黙を強いられる大地だった。
陽は昇れど、光は地に届かない。濃密な瘴気が空を覆い、木々はねじれ、枝の先に黒ずんだ果実のような屍骸を吊るしている……名前のない魔獣の習性だろうか。
地を這うのは、血を吸い尽くした灰色の苔だ。
その上を、名前のない魔獣がく横切る。
聞こえるのは、風でも鳥でもない――骨と牙が擦れ合う、鈍く湿った音。
強烈なニオイがした。それが腐臭と気付くのはすぐだった。その腐臭がまた新たな魔獣を呼び、絶え間なく大地を肥やしていく。
夜とも昼とも知れぬ薄闇の下、黒く濁った沼が無数に広がる。
呻くような風が吹けば、どこからともなく低い嘆きがこだまする。
誰が名付けたか、この地を人々はこう呼ぶ。
「深度4――ワタクシは『獣哭の荒原』と名付けました」
そこに足を踏み入れる者は、もはや冒険者でも、魔族の探索者でもない。
ただのエサ……それくらい、恐ろしさしか感じない大地だった。
ハイセは仲間たちに言う。
「見ての通り、ここを超えないと先に進めない。アイテムボックスに避難するなら、今ここで言え」
「ハイセの言う通りだ。どうする」
誰も、何も言わない。
その沈黙は覚悟ができていないからではない。とっくに覚悟は決まり、先へ進むための沈黙だ。
サーシャは頷く。
「よし……プレセア、周囲を探索して魔獣の気配を確認してくれ。上空はもちろん、地中もだ。確認後、アイテムボックスにいるエクリプスに地中に空間を作ってもらう。そこを、本日の宿とする」
サーシャの指示で、今日は『獣哭の荒原』入口で野営をすることになった。
◇◇◇◇◇◇
地中。
そこは、この深度4でも比較的安全な隠れ場所だ。
エクリプスの地魔法で大地を掘り固めた空間は、快適とは言えないが広かった。
天井には呼吸ができるように穴を空け、煙突のようにしてある。外から見ると草で覆われているのでカモフラージュも完璧だ。
室内は、魔法によるライトが設置されているので非常に明るい。そこに、各々がテントを張り休んでいた。
現在、アイテムボックスから出て来たピアソラが、全員の傷を治療する。
「ああ、サーシャ……こんなに傷付いて」
「私は問題ない。それより、シズカ……上空でかなり無茶をしたようだな」
シズカの治療はすでに終え、現在はベッドで寝ている。
正直、かなり危険な状態だった。
「身体中、魔獣につつかれたようでしたわ。内臓も傷付いていましたし、もう少し遅ければ死んでいた可能性もありますわ。まあ、わたくしなら死んでも蘇生できますけど!!」
ピアソラが胸を張る。ちなみに蘇生できるのは一人だけ。しかも時間経過次第では蘇生できないという制約もあった。
サーシャの治療を終え、ピアソラはプレセア、クレア、タイクーン、ロウェルギアと治療。最後はハイセの元へ。
「さ、治療しますわ。怪我はしていますの?」
「……ん」
ハイセは、左腕を出した。
魔獣の接近を許し、左腕で攻撃を受け流した時による傷だった。
手首から肘にかけてごっそり抉れ、黒い血が出ていた。
ピアソラは言う。
「おばか!! なぜ最初に言わないの!? もう……」
ピアソラの叫びに全員が驚く……それは、心配から出た怒りの声だったので、いつもの険悪さからくる叫びではないとすぐに理解した。
ピアソラは、ハイセの腕を取り、治癒の光を当てる。
「あなたなら、自分の怪我がどれだけ重いかすぐ理解できると思いますけど」
「……死んでも、蘇生してくれるんだろ?」
「それとこれとは別ですわ。いい? 次からは、ちゃんと言いなさい。わたくしが必ず治しますわ」
「……ああ、感謝するよ」
ハイセは素直に礼を言うと、ピアソラは頬を染めそっぽ向いた。
治療を終えると、他にも怪我をしていないか、ハイセに質問責めする。ハイセはめんどうくさそうだったが、ピアソラの問いに答えていた。
その様子を、プレセアが見ていた。
「いつの間にか、仲良しね……」
すると、クレアが間に割り込む。
「師匠、ピアソラさんと仲直りして、すっごく仲良しになりましたね!! えへへ、私、師匠が皆さんと仲良しでうれしいですっ!!」
「…………」
どこまでも純粋なクレアに、プレセアは何も言えないのだった。





