災厄封印ゲート『イゾルデ』⑧/深度3・氷結世界
レイノルドたちは、『ナルムクツェ』の視界に入らないよう移動。岩石の影に隠れながら進んだ。
さすがのヒジリも戦う気にならなかった。魔界最大の魔獣……ハイベルグ王城よりも巨大な生物に、ヒジリも勝てると思っていないようだ。
ロウェルギアは言う。
「さて、このまま深度3に踏み込みましょう。今は灼熱のような暑さですが、深度3に入ると今度は一気に冷え……いえ、凍り付きます。エクリプス様、凍結対策は?」
「問題ないわ。それとヒジリ、今回はあなたも私の障壁で包むから」
「……えー」
「おい、文句言うな。チーム戦である以上、これ以上勝手なことするならアイテムボックスに引きずり込むからな」
レイノルドが言うと、ヒジリはムスッとしつつも了解した。
そして、ロウェルギアはロビンとエアリアにルート説明をする。
「岩場を影にしながら進めば、深度3にはすぐ行けます。この『ナルムクツェ』の縄張りルートは基本的に死ぬか、戦闘なく進めるかのどちらかですが……今回は当たりのようで」
ナルムクツェは、ちょうど反対側を向いて座っていた。
恐らく寝ている……と、ロウェルギアは言う。
ロビンは、ロウェルギアの大まかな説明でルートを確認し、レイノルドに言う。
「レイノルド。ここ、魔獣いないみたいだし、あたしが斥候でルート確認しに行くね」
「おう。気を付けろよ」
「あたいも行くぞ、ロビン」
「ダメ。エアリアは飛んでいくつもりでしょ? あのでっかい魔獣、後ろ向いてるけど、飛んでるエアリアに気付くかもしれないからね。可能性が少しでもあるなら飛んじゃダメ」
「むぐぐ」
ロビンはフードを被り、「じゃ、行ってくる」と近くの岩場に飛び乗って行ってしまった。
あっという間に気配が消え、ロウェルギアは驚いた。
「いやはや、ロビン様……斥候としての能力は、チームで一番ですな。もう気配がありません」
「ま、ロビンと並ぶ斥候はそういないぜ。弓の腕前もだけどな」
「ふふ……この旅が終わったら、S級認定されてもおかしくないわ。というか、認定されるでしょうね」
しばし、ロビンを待つ。
三十分もしないうちに、ロビンは戻って来た。
「たっだいま。深度3へ続くルート、開拓してきたよ。あたしが案内するから行こっか」
「おう。じゃあ……さっさとここから離れて、深度3に行くぜ」
「深度3をクリアして、深度4に入れば、あとはハイセたちと交代ね」
「うー、あたいもっと飛びたいぞ」
「ククク。ワタクシは引き続き、案内をしますがネェ」
「ねーねー、深度3ではカリュブディスみたいなのいる? アタシ、もっと戦いたい!!」
こうして、レイノルドたちは灼熱地帯を抜け、深度3の『極寒地帯』へ踏み込むのだった。
◇◇◇◇◇◇
深度3、極寒地帯。
気温、マイナス28度。辺りは吹雪、視界最悪、足元最悪という、とにかく最悪なところだった。
「あがががががが……」
ヒジリは、凍り付いて死にかけていた。
髪が凍り、服が凍り、血液も凍り付きそうだった。
エクリプスが指をパチンと鳴らすと、一気に体温が上がり、凍った身体も解凍される。
ヒジリは濡れた顔を拭った。
「しし、死ぬかと思ったわ……」
「お前、馬鹿だろ」
レイノルドは呆れる。
現在、レイノルドたちは深度3『極寒地帯』の入口にいた。
ヒジリが「一瞬、一瞬だけ寒さ感じたい!!」と言うので、エクリプスが防護魔法を解除したのだが……マイナス28度の冷気が、ヒジリを凍らせた。
改めて、ヒジリは大自然の恐ろしさを知る。
「アタシでも勝てない物ってやっぱあるのねー……さっきのデカいやつとか、温度とか」
ちょっといじけるヒジリ。
エクリプスは掌に光玉を生み出し、周囲を照らす。
「猛吹雪ね。視界最悪で見えないわ……」
「ロウェルギア。ここの吹雪、いつ止む?」
「止みませんよ。深度3は常に猛吹雪です。太陽の光も差しませんし、ここに住む魔獣は全て、この気温、吹雪、視界に進化適応した魔獣です。お……さっそく来ましたね」
すると、吹雪の奥から何かが近づいてきた。
真っ黒な、全長二十メートル以上ある、毛むくじゃらの『水牛』だった。
デカい。だが、驚いている暇はない。
意外なことに、最初に動いたのはエアリアだった。
「あたいの獲物っ!! 『ストライク・ウンギア』!!」
光翼を背中に何枚も生やし、追い風を利用したドロップキックを繰り出した。
追い風で速度が増し、鋭い鷹の爪のようなグリーブによるドロップキックは、水牛の頭を潰し、脳を破壊して即死させる。
エアリアは着地し、ふふんと胸を張った。
「あーっ!! 出遅れた!! エアリア、次はアタシやるからね!!」
「ふふーん。ここはあたいの独壇場かもしれないぞ!! オマエら、見えるか?」
「……見えるって、何がだよ」
レイノルド、エクリプス、ヒジリ、ロウェルギアには、数メートル先しか見えない。それくらい暗く、風吹き、視界が悪い。
だが、エアリアとロビンは違った。
「あたし、少し見えるかも……」
「ふふん。あたいは昼間みたいに見える。あたいの視力は鳥並だからな!! それに、真っ暗なところでも真昼みたいに見えるんだぞ!!」
「な……マジか。てか、なんでそれ言わないんだよ」
「む? 言った方がよかったのか?」
今、初めて知った事実……エアリアは鳥並の視力があり、夜でも真昼のように見える。話によると、生まれつきらしい。
ロビンは、斥候などで鍛えた視力による恩恵だ。それでも常人より視力が高い程度で、エアリアのような特異体質ではない。
エアリアは胸を張る。
「ふふふん。ここはあたいの戦場みたいだな!! 安心しろオマエら。魔獣が出て来ても、あたいが守ってやる!!」
「ずるい!! アタシもやりたいのにぃ!! エクリプス、真夜中でも真昼みたいに見える視力強化の魔法とかないの!?」
「単純に視力を強化することはできるけど、明るさはどうにもならないわね」
「ぐぬぬ……」
「今回は、エアリアに案内頼むしかねぇな。エアリア、お前は周囲を警戒しつつ、魔獣が出たら教えてくれ。ロウェルギア、案内はできるか?」
「案内は可能ですネェ。ですが、危険個所がいくつかあるので、エアリア様の協力が必要です」
「それでいい。うし……じゃあ、行くか」
レイノルドたちは、猛吹雪の中を進み始めた。
◇◇◇◇◇◇
「あ!! あそこにでっかいシカいるぞ!! でかい!!」
「鹿……ああ、ブリザードスカイディアですねエ。ここでは数少ない温厚な魔獣です。手出ししなければ襲ってきませんので」
「あっちには……あ、トド、トドいるぞ!!」
「トド、とは?」
「知らないのかー? でっかいブタみたいな、もっちりした魔獣だ。あたいのいたスノウデーンじゃ、凍った湖とかを縄張りにしてたぞ」
「ほほう。でっかいブタ……恐らく『マガウチ』という、アザラシ系魔獣でしょうな。獲物を押しつぶして狩りをする『待ち』タイプの魔獣です。動きが遅いので、近づかなければ安心かと」
猛吹雪で何も見えないが、かなり魔獣がいるようだ。
エアリアが指差した方には何もない。だが、エアリアにはしっかり見えていた。
すると、エアリアが止まる。
「なな、なんだあれ。あっちにでっかい……ドラゴンいるぞ」
「ドラゴン、マジ!? どこどこ!!」
ヒジリが興奮するが、全く見えない。
ロウェルギアが言う。
「ここに生息するドラゴンは……『ブリザードヘルドラゴン』ですかな。四速歩行、首が長く、翼が大きい、青と白の斑模様のドラゴンで?」
「そうだ。このままいけばぶつかるぞ。戦うかー?」
「あ~、視界最悪だしな。迂回すべきだろうが……」
「アタシ、やるからね。エアリア、アンタもでしょ」
「もち!! ふふん、ヒジリぃ、見えないなら無理しなくていいぞ? ここはあたいにお任せなのだ」
「ヤダ!! てか、まっすぐ? 近づけばカンケーないし!!」
「あ、待て!!」
ヒジリが走り出した。エアリアが飛んで後を追う。
ロビン、エクリプスはレイノルドを見る。
「……やるしかないっぽいね。レイノルド」
「はぁぁぁ……」
「ふむ……一時的なら、この吹雪をどうにかできるかもしれないわ。リーダーさん、覚悟を決めた?」
「ああ、やるよ。ったく……ロウェルギア、深度3でヤバイのは、そのドラゴンか?」
「いえ。もう一つ、危険な……」
と、ロウェルギアが言おうとした時だった。
「「ぬわーっ!!」」
ヒジリ、エアリアが叫んだ。
レイノルドたちは話を止め、まずはヒジリたちがいるところへ。
そして、そこにいたのは。
「おいおい、マジかよ……!!」
「ああ、これですネェ。これが、深度3で最も危険な魔獣……」
ヒジリたちの前にいたのは、四足歩行で、首長の生物だった。
ドラゴンではない。だが……カリュブディスと同じくらい、大きい。
そして、その生物の口元には、ブリザードヘルドラゴンがいた。
「これは、カリュブディスの亜種、『ツンドラードン』です。見ての通り、ブリザードヘルドラゴンを『捕食』する、深度3で最大の魔獣ですな……やれやれ、最大の魔獣に遭遇する確率はそう高くないのですが……アナタ方は『持って』いますネェ」
「ぜんっっぜん嬉しくねえ……クソ、またデカブツとの戦いかよ」
こうして、再び巨大魔獣との戦いが……。
『…………』
と、思ったが。
「……あれ。ねえ、レイノルド」
「……あ、ああ」
妙だった。
ツンドラードンは、ゆっくり頭を下げ……顔をレイノルドたちに近づけて来た。
そして、そのまま匂いをクンクン嗅ぎ、ブシューと大きな鼻息をレイノルドたちに浴びせると、敵意もなく明後日の方を見て、歩き出した。
「……あれ、なんで? え、戦わないの?」
「なんか、大人しいやつだぞ」
ヒジリ、エアリアがポカンとしていた。
レイノルドたちも同じだった。
すると、ロウェルギアがポンと手を叩いた。
「そういうことですか。ヒジリ様……あなた、深度1でカリュブディスを討伐しましたね。亜種ではあるが同族のカリュブディスを倒したアナタを、ツンドラ-ドンは認めたということです」
「え……なんで倒したってわかんの?」
「匂いでしょう。カリュブディスの血液、臓物、そして核に触れたアナタのニオイを感じ取り、同族を倒したと悟った……そしてアナタを強者と認めた、ということです」
「ニオイって、アタシ水浴びしたけど」
「ツンドラ-ドンの嗅覚を甘く見ない方がいいかと」
エクリプスは、去って行くツンドラ-ドンを見ながら言う。
「あの魔獣に、そんな知能が……」
「見ての通り、脳の大きさは我々の数十倍以上ありますからネェ。知能も高いのでしょう」
「でもでも、戦いにならなくてよかったよ~」
ホッとするロビン。ヒジリ、エアリアは不満そうだった。
レイノルドは仕切り直す。
「うし。深度3のボスも行っちまったし、さっさと抜けようぜ。んで、深度4……ハイセたちと交代だ」
「うううー、あたい、戦い足りないぞ」
「アタシも、アタシも!! ねれねえ魔王、深度4までどれくらい?」
「ご安心ください。徒歩だと七日はかかるかと。ツンドラ-ドンは我々を認めましたが、それ以外にも危険な魔獣は多いので」
「よーし!! 気合入ったわ」
「あたいも!!」
「あたしはヤダ……ああもう、エクリプスはあたしの味方だよね?」
「安心なさい。私も、不要な争いは嫌よ」
「ハハハ。いやぁ、楽しいですネェ」
こうして、レイノルドたちは極寒地帯のさらに奥へ踏み込むのだった。