災厄封印ゲート『イゾルデ』②/決起会(前編)
会議を行った倉庫内は、たったの一時間で大量の食事と酒が用意された。
さらに、中央平原へ挑むための物資も十分に用意され、アイテムボックスにそれぞれ収納。
さらにさらに、宴会と聞いてベンケイが、そしてヨシツネ、ゲンパク、イエヤスの四人もやってきた。
倉庫内は、あっという間に宴会ムード……ハイセは倉庫の隅で、ヒデヨシと並んで立つ。
「……死ぬかもしれないってのに、どこまでもお気楽だな」
「いつも、こんな感じなんですか?」
「ああ。まあ……こういうのも、必要って思うようになった」
すると、着物を着た魔族が、トレイに乗ったグラスをハイセとヒデヨシへ。
決起会と聞き、シズカが手配した使用人たちだ。もはや倉庫ではなくパーティー会場と言っていい。
グラスを手渡され、なぜかヒジリが、いつの間にか用意されていた壇上に上がった。
「えー!! これからアタシたちは、ネクロファンタジア・マウンテンに挑みます!! 死んで後悔しないように、メシいっぱい食べて、お酒いっぱい飲んで、朝まで大騒ぎして気合いいれるわよ!! それじゃ、カンパーイ!!」
「「「「「カンパーイ!!」」」」」
こうして、宴会が始まった。
ハイセはグラスを掲げたりしなかったが、ヒデヨシがハイセに向かっておずおずとグラスを差しだしたので、仕方なく自分のグラスを軽く合わせた。
「えへへ……こういうの、はじめてです」
「そっか」
ハイセは微笑む。
やはり、ヒデヨシが喜ぶと、心の奥から発せられる温かな光に包まれるような気持ちになる。
ノブナガの転生体。その意味を、ハイセはもう否定するつもりはなかった。
テーブルを見ると、ヒジリやクレア、サーシャやベンケイが肉をモリモリ食べながら大笑いし、レイノルドがヨシツネを誘って酒を飲んだり、タイクーンがロウェルギアに魔法やスキルについていろいろ質問をしている。
シドラは、シズカに『オーバースキル』について質問をしていた。他のメンバーも談笑したり、食事や酒を楽しんでいる。
ハイセは、グラスに少しだけ口を付け、少しだけ驚いた。
(……警戒せず、飲んじまった)
昔のハイセならあり得ない。
得体のしれない土地で、そこで出されたものを口に入れるなど。
だが、まったくの無警戒で飲んでしまった……そして、それを許している自分がいた。
「あの、ハイセさん?」
「あ……いや、なんでもない」
「毒など、入っていませんよ」
ハイセ、ヒデヨシの元に近づいてきたのは、ゲンパクだった。
白衣を纏い、長い髪をお団子にまとめた魔界の医師だ。レイノルドと飲み比べ勝負をしているイエヤスの主治医でもある。
ハイセはゲンパクに言う。
「別に、気にしてねぇよ」
「そうですか。ヒデヨシ様、過度な飲酒はお身体に悪いので、ほどほどに」
「うん。わかってるよ、ゲンパク……あ、わたし、料理を取ってくるね。ハイセさん、お肉でいい?」
「……任せる」
ヒデヨシは、にこりと微笑んでテーブルへ。
そして、ゲンパクとハイセだけになった。
「ノブナガ様の転生体という意味、理解することができましたか?」
「……ああ。確かに、そうかもな」
「そうですか。では……ヒデヨシ様のことを、どう思いますか?」
ゲンパクは、真っすぐハイセを見てくる。
ハイセは、誤魔化さずに言う。
「優しくて、いい女だと思う。この先、何があろうと守ってみせる……そう思う」
「女性として、魅力があるということですか? ふふ……どうやら、見込みはありそうですね」
「俺と、ヒデヨシの間で子供を作って、魔界の統治者にする、ってやつか」
「ええ。私も、ヨシツネも、イエヤスも……ノブナガ様の血を引いた魔族。ですが、血が薄すぎて、果たして血縁と言えるのか……そんな時、ヒデヨシ様が生まれた。人間として」
「…………」
「その血を、絶やすわけにはいかないのです。ヒデヨシ様は、ノブナガ様に最も近い血を持つお方。そしてハイセ様……ノブナガ様と同じ能力を持ち、転生体であるあなたこそ、ヒデヨシ様に相応しい」
「…………」
「ヒデヨシ様も、あなたに気を許している。どうか……」
「興味ない、とは言い切れないな」
ハイセは、グラスの酒を飲み干して言う。
「可能性はゼロじゃない、とだけ言っておく。少なくとも今の俺は、魔界に残るつもりなんてないし、ヒデヨシとの間に子供を作るつもりなんてない」
「ヒデヨシ様は、あなたと共に、人間界に行く覚悟です」
「……そうしたいなら好きにすればいい」
「お願いいたします。魔界のために、どうか……お世継ぎを」
ゲンパクは、ハイセから目を逸らさない。
ハイセも、ゲンパクを見た。その目にあったのは『未来』だ。魔界の生末を心配している一人の魔族がそこにいた。
「ハイセさん、お肉……ゲンパク?」
「ふふ。美味しそうですね、では私はこれで」
ゲンパクはぺこりと頭を下げ、飲み過ぎてフラフラしているイエヤスの元へ。
「ハイセさん、ゲンパクが何か……あ、もしかして」
「気にすんな。今は、メシでも食おうぜ」
ハイセは、ヒデヨシが持ってきた骨付き肉に手を伸ばすのだった。
◇◇◇◇◇◇
数時間が経過しても、決起会は終わる気配がない。
ハイセは、椅子に座って静かに食事をしていた。そこに、エクリプスが隣に座る。
「ハイセ。楽しんでる?」
「ああ。ん? ……お前、飲んでるのか?」
「ええ。少しだけね……」
「酒は強くないんだろ。無茶するなよ」
「うん。ふふ……ハイセが、心配してくれるの、うれしいわ」
エクリプスは、椅子をずらして近づいてきた。
「ハイセ、聞いてくれる?」
「ん」
「……私、魔界から戻ったら、一度プルメリア王国に戻るわ」
「…………」
「校舎……クラン本部の再建、私が戻るころには終わる予定なの。一度、顔出しくらいしないとね」
「……そうか」
ハイセが破壊したクラン本部。だが、ハイセは何も言うつもりはない。
エクリプスもわかっているのか、顔を向けて言う。
「ただ言いたかっただけ。安心して、すぐ戻って来るわ」
「……ああ」
「それと、事後報告だけど……エーデルシュタイン王国に、クラン『銀の明星』の支部を作ることにしたの。私はこれから、そこをメインに活動するわ。本部は幹部である『生徒会』に任せるわ」
「俺に関係あるか、それ」
「ううん、私が言いたかっただけ」
エクリプスは、グラスをハイセに向ける。
ハイセは少しグラスを見つめ、自分のグラスを軽く合わせた。
◇◇◇◇◇◇
一人で飲んでいると、プレセアとヒジリが来た。
「辛気臭い顔で飲んでんじゃないわよ。はい、お肉」
ヒジリは、肉の乗った皿をハイセへ。
小腹も空いていたので、ハイセは焼いた肉をフォークに差して口の中へ。
咀嚼していると、ヒジリとプレセアが隣に座った。
「いやー、楽しみね!! 魔界で最も危険な地に踏み込んでの戦い、滾るわ!!」
「……お前はずっと変わらないな」
「そりゃそうよ。まあ、今はアンタよりちょ~っとだけ弱いけど、いずれアンタを超えるからね」
ヒジリはハイセに拳を向けた。反対方向を向くと、プレセアが果物を口に入れた瞬間だった。
「ん、魔界の果物も美味しいわね。パシフィス産……帰りに、お土産で欲しいわ」
「お前も変わってない。お前ら二人を相手にしてると、自分が変わったって理解できる」
「そう? まあ、あなたがいい方向へ変わったのは間違いないけど、私も変わったわ」
「……そうか?」
「ええ。あなたに影響されて、ね」
プレセアは、フォークにカットしたフルーツを差してハイセに向けてきたが、ハイセは首をひねって躱す。すると、身を乗り出してきたヒジリが喰いついた。
「んむ、おいしい。魔界の肉食べ歩きツアーとかやってみたいなー……ねえハイセ、ネクロファンタジア・マウンテンを踏破したらすぐ帰るの?」
「当たり前だろ。想像以上にハイペースで進んでるけど、早く帰るに越したことはない」
「そっかー」
ヒジリは椅子に寄りかかり、ハイセに言う。
「アタシさ、魔界から戻ったら、ダンジョン巡りしようって思ってるのよ」
「……何?」
ダンジョン。つい最近、サーシャに似たようなことを話したハイセは気になった。
プレセアも視線を向ける。
「アイテムボックスの中で、メガネとかエクリプスにいろいろ聞いたのよ。人間界にはまだ未調査のダンジョンが腐るほどあって、禁忌六迷宮に匹敵する迷宮や、SSSレートの魔獣が住むダンジョンもあるって。知ってる? 人間界って、未調査の場所がかなりあるみたい」
現在、ハイセたちの住む人間界でヒトや他種族が住む地域は、全体の四割ほど。
まだ六割が未調査、未開拓だ。
「未開区域。アタシの知らない魔獣とか、SSSレートとか、楽しさしか感じない。ワクワクするわね」
「…………」
「ん、なに?」
「……いや」
ふと、『自分も今後はダンジョン調査を主な仕事にする』と言うと、ヒジリに絡まれそうな気がした……が、それを悪く思っていない自分がいることにも気付いた。
変わった。ハイセは、この変化を悪く思っていない。
「……俺も、今後はハイベルグ王国を拠点に、未開地域やダンジョン調査をする予定だ」
「え……」
「……お前の力、借りるかもな」
これが精一杯だった。
ヒジリは目を見開き、嬉しそうに微笑み、ハイセの腕にしがみついた。
「うん!! えへへっ、やっぱアタシ、ハイセのこと大好きかも!!」
「くっつくな、離れろ、酒がこぼれる」
プレセアは、そんな二人を見て微笑んだ。
「未開地域、森の調査にはエルフがいた方がいいかもね」
「……さーな」
「よーし!! ハイセ、チーム組んで大暴れするわよ!!」
「しねーよ。ってか離れろ」
離れようとしないヒジリを何とか押しのけようとするが、今のハイセでは無理だった。
「……師匠」
そんなハイセを、クレアが何か言いたげに見つめていた。