禁忌六迷宮/サーシャの場合①
ハイセの旅立ちから一ヵ月が経過。
サーシャは、クラン『セイクリッド』の執務室で、ムスッとしたプレセアに睨まれていた。
「…………」
「……なぁプレセア。あれからもう一ヵ月が経つんだ。そろそろ許してくれないか?」
「別に、怒ってないわ。ハイセの依頼だったしね」
ハイセがサーシャにした依頼は、『プレセアを気絶させる』ことだった。
そして、『できることなら、プレセアの面倒を見てやってくれ』ともあった。報酬をもらった以上、律儀なサーシャはプレセアを臨時の正規メンバーとして、傍に置いた。
が……恨まれているのか、毎日ジロっと睨まれる。
それが面白くないのか、サーシャの手伝いをしているピアソラが言う。
「サーシャ、うっとおしいなら追い出せばいいのでは? ハイセの依頼だか何だか知らないけど、うちでそのエルフを雇う必要は感じないわ。チームにも所属していないソロだしね」
「あなたには関係ないわ。というか、誰? なんでここにいるの? サーシャ、部外者……いいえ、うっとおしい猫がいるわ。追い出しなさい」
「あぁぁぁぁん!? テメェ、サーシャを呼び捨てにして、あまつさえ命令するだとォ!?」
額に青筋を浮かべ、ピアソラはブチ切れる。
だが、プレセアは知らん顔だ。
「二人とも、いい加減にしろ。ピアソラ……私は、ハイセから受けた依頼を完遂するまで、プレセアをここに置く予定だ。そしてプレセア、お前は客人だが、私の大事なチームメンバーを侮辱するような発言は控えてもらおうか」
「だ、大事!? サーシャ、私が大事って!! あぁん嬉しいぃぃ!!」
「……まぁ、いいわ。じゃ、出かけてくる」
「む? どこへ?」
「私、冒険者よ? 依頼を受けるに決まっているじゃない」
「依頼なら、ここでも受けられるぞ。実は……加入チームが増えても、持ち込まれる依頼が多くて対処できない。腕の立つ冒険者なら、手を貸してほしい」
「私、クランに加入するつもり、ないわ」
「手を貸してほしいだけだ。プレセア、お前はA級冒険者だろう?」
プレセアは、スタンピード戦を経て、A級冒険者となった。
プレセアは少し考え、小さく頷く。
「いいわよ。ギルドまで行くの面倒だしね」
「助かる。ピアソラ、プレセアを依頼掲示板まで案内してやってくれ」
「イヤ!! と言いたいけど……サーシャの頼みなら。ほら、行きますわよ」
「ええ」
二人は部屋を出た。
サーシャはため息を吐き、ポツリと言う。
「全く、ハイセめ……プレセアの世話を私に頼むとはな」
◇◇◇◇◇◇
クラン『セイクリッド』、正規メンバーによる会議が開かれた。
議題は、『禁忌六迷宮』の挑戦について。
「クラン『セイクリッド』は大きくなった。加入チームは五十を超え、持ち込まれる依頼もかなり増えた。それに、A級チームも育ち、下位チームの育成プランも確立して、ボクたち『セイクリッド』も、自由に依頼を受けることができるようにもなった……予定よりかなり早いが、禁忌六迷宮の一つ『ディロロマンズ大塩湖』に挑むなら、今がベストだ」
タイクーンが言う。
眼鏡がキラッと光ったような気もした。
レイノルドも言う。
「賛成だぜ。それに、『神聖大樹』の後ろ盾もある。クランを任せて『禁忌六迷宮』に挑むのなら、クラン『セイクリッド』が勢いのある今がベスト。大々的に『禁忌六迷宮に挑みます』って言って王都を出れば、戻った時には大英雄。S級冒険者サーシャは歴史に名を刻むぜ」
「名を刻むのはともかく……レイノルドの言う通りだと、私も思う」
サーシャが言う。
脳裏に、黒いコートを着た少年の背中が見えたような気がした。
すると、ロビンが言う。
「でもでも、西方だよね? 極寒の国フリズドにある、ディロロマンズ大塩湖って、魔族のいる魔界が近いんじゃなかったっけ?」
「あら、あなたビビッてますの? お留守番でもする?」
「ピアソラのばか! 留守番なんて嫌だし!」
ピアソラがクスクスと馬鹿にしたように笑った。
魔族。サーシャたちは、一度だけ交戦経験がある。
地の利で勝利したが、かなりの強敵だった。
「準備は入念にしていこう。全員、アイテムボックスを二つ持ち、それぞれ食料と医薬品、野営道具を大量に入れて持つことにしよう」
「それと、A級チームを二組、連れて行こうぜ。六迷宮の入口前で待機させて、連絡係にする」
「はいはい! 武器防具の手入れとかもしなきゃだし、アイテムボックスに鍛冶道具入れなきゃ。あと、あたしの場合は予備の矢をとにかくいっぱい!」
「お風呂も欲しいですわね。ヘタすれば数か月はダンジョンの中ですし」
と、それぞれ意見を出し合い、必要なものをまとめる。
クラン『セイクリッド』の資金は潤沢だ。アイテムボックスも高級品を大量に買えるし、中に入れる物資も十分に揃えられる。
話し合いが終わり、サーシャが結論を出した。
「よし……西方、極寒の国フリズドへの出発は一ヵ月後。それまで、全ての準備を分担して行うぞ」
◇◇◇◇◇◇
一ヵ月後。
クラン運営を、一番の成長を遂げたA級チーム『アイアンズ』に任せ、アイビスにクランを見守るようにお願いし、サーシャたちは西方にある極寒の国フリズドへ出発した。
移動は馬車。雪国へ向かうので、フリズドへの国境で馬車をソリへと乗り換える。
冬支度の準備も終え、ダンジョンへ挑戦する準備はバッチリだった。
「いよいよだな、サーシャ」
「ああ。禁忌六迷宮の一つ『ディロロマンズ大塩湖』……独特の生態系が築かれている、広大な湖」
レイノルドがサーシャの隣に座る。
「サーシャ」
「ん?」
「お前さ、その……断ったんだろ?」
「何をだ?」
「その、クレスの求婚だよ」
「ああ。殿下には申し訳ないが……やはり私は、冒険者だ。いくら『冒険者のままでいい』と言われても、やはり自由は制限される。それは、私が望む冒険者の姿ではない」
「そっか……安心したぜ」
「え?」
「あ、いや……サーシャはオレたちのリーダーだからな。これからも、ずっと一緒だぜ」
「ああ。レイノルド、ずっと一緒だ」
「…………ああ」
レイノルドとサーシャの距離は近い。
すぐ隣で、レイノルドに笑いかけるサーシャが、とても美しく見えた。
少し、身体を傾ければ、キスできるくらいに……。
「サーシャ!!」
「むっ!?」
だが、サーシャの反対側に座ったピアソラが、サーシャの顔を掴んで自分の方へ向けた。
「危ない危ない……もう、気を付けないとダメですわよ? ケダモノがどこにいるか、わかりませんからね……!!」
「む、むう」
ジロっとレイノルドを睨むピアソラ。
レイノルドは「ご、誤解だ!!」と叫び、馬車の中は騒がしかった。
御者席では、ロビンと、手綱を握るタイクーンがいた。
「平和だねぇ」
「そうか? 騒がしいし、とてもそうは思えんが……」
チーム『セイクリッド』の禁忌六迷宮挑戦が、近づいていた。